「……着いたわ」
「ここが…」
「ダグラス……」
九時過ぎに出て、辿り着いたのは午後を過ぎてちょっと経ったくらい。ベアトリウス人が口にする、ダグラスという町は、言われていた通り寂れ果てていた所だった。人によってはここで空気を吸うのも嫌になるくらい、どんよりとしている。
「ここは相変わらず空気が重いですねぇ……」
「……」
マイニィは唖然としていた。
「酒ぇ~……酒はどこだぁ~……?」
「今はアルコール中毒者だけか?こんなものじゃないやろ、ダグラスは」
「ああ、犯罪者が取り締まられずに当たり前にいる所だ。ここで平穏に生きている住民は基本的に自宅かどこかに非難して生活しているはずだ」
マキナが答える。きちんと兵はいるがベアトリウス内では、特にここダグラス内では軍人は何でも屋みたいに扱われているらしい。仕事が捗っていると言えば聞こえはいいが、ようは見ての通り治安がとんでもなくまずいから、善良な住民は動きにくいのだ。
「だから、外に出ているのは、ホームレスになっちゃってる不法者って思わないといけないのね」
国の人間が近づかないのも無理はないが、手を付けると言うより、ここ周辺の全てが面倒だから放置しているという状態なのだろう。見張り兵以外のベアトリウス軍も、たまに様子を見るぐらいはいくら何でもしているはずだ。しかし、今の所ここダグラスをなんとかするつもりはないのは、ベアトリウス全体がダグラスを掃き溜めにしているからではないのだろうか。
「全員捕まえて問答無用に尋問するか?へへっ」
「……やめなさい。犯罪者だからって全員が大火事事件のこと知ってるわけないでしょ」
「……そりゃそうやな」
今までヒートアップしていたマルクが、アイカの意味深な発言で冷静になる。
「昔はまだ見張りの兵士がいたんだけどねぇ……。今は数が少ないわね。半ば放置状態にあるって事かしら?あの計画的犯罪をするような人が、こんな所を隠れ蓑にしているとは思えないんだけど……」
隠れて生活しているはずの大火事事件の犯人がこんなわかりやすい所で生活しているわけないし、第一ご都合主義すぎる。ようはそう言いたいようだ。
「昔は兵士が足りてたんやろ?こんな状態なのは人手不足なあんたらベアトリウスの責任やんけ。結果的に調査を難しくしてるって事なんやで?」
「それを言ったってねぇ……どうしようもないのよ。誰もこの町をなんとかしようとなんて思ってないんだから」
犯罪者に話しかけるべきか否か。それが、ここダグラスでの重要な行動基準だ。見捨てられた土地で自由に動くべきなのかどうか、それはまだよく判別つかない。
「現に、外は好き勝手させてるし。まぁこれは関わらない方がいいからだけど」
「あまり言いたくはないが、アイカの言う通りだ。大火事事件に関係なさそうな犯罪者はすぐに候補から切り捨てなければ。でないとシグマ、この調査は難航するぞ」
「そう、みたいですね……。周囲を見る限り……」
アイカとマルクの会話を聞きつつ、シグマはマキナの発言にやむなく賛成し頷いた。
——そんな時だった。
「いやぁ~すいません、ベリアル師匠。ちょっと実家が近かったもので、寄らせてもらってありがとうございます」
「気にするな。俺も久しぶりにここを見たかった所だ……」
「(あれは……今のベアトリウスの軍人⁉なんでこんな所に……。どうやら部下の帰郷とその付き添いみたいだけど……)」
アイカがエドガーとベリアルの存在にいち早く気づいて、どうしようか頭を回転させる。もちろんこの二人は、マキナの現同僚である。アイカはその事を知らない。そして、エドガーはシグマ達の事を見かけたので知っているが、シグマ達はエドガーの事は知らないのである。
「ねえ、あの二人の軍人、誰か知ってる?」
「いや、知りませんけど……あの二人がどうかしたんですか?」
「何か気になるのよ……」
「気になる、って……」
「……」
アイカの言葉に、他の女性陣達もエドガーとベリアルの方を見やる。
「「!」」
「(バレたな)」
マルクはため息をついた。
「……」
マキナはエドガーを見るなり故郷に帰ってきていたか、とここにいるのが自然だと思っている。
「——見かけない顔だな。こんな所にそんな大勢で何をしに来た?……マキナもいるようだが」
「僕達は、大火事事件の――」
「ダメよシグマ!」
「むぐっ⁉」
「何やってんのよ、事情をむやみに言っちゃだめって言ったでしょ!(小声)」
「そ、そうでした……(小声)」
シグマが二人の方へ歩きながら説明しようとしていたのを、とっさに止めさせて距離を置くアリア。
ベアトリウス側は、シグマ達調査グループの存在を知っているが、こっちが現時点で信頼しているのは、マキナとその友人で同僚だったアイカのみである。
今の所二人がいれば十分なので、無理に話しかける必要はない。ベアトリウスには来たばかりなので、たとえ軍人だからと警戒を緩めてはいけない。
「師匠すいません、ちょっと久しぶりだから周囲を見てて……って。師匠、誰ですかこいつら?」
「(こいつはこっちに來るまで何してたんや……)」
「……」
ベリアルがシグマ達を見つけるなり近づき会話している間、エドガーはずっと町の景色を眺めていたらしく、シグマ達の存在に今気づいたようだ。自分を指さすのが何となく不快に感じる。
「ああ、エドガー。ちょっと旅の民間人と話をしててな」
「旅?」
エドガーがシグマ達の方を見る。
「……。……!」
そして、エドガーはシグマ達の中から自分が知る人物を発見し、その事をベリアルに報告しようとした。
「師匠、俺こいつら見た事あるっすよ(とくにシグマ)。こいつら(アリア達ベアトリウスグループ)は知りませんけど」
「何?」
べリアルはなんでそんな重要な事を……と思いつつも、ノーシュにいた以上、自分が知らない奴と会っていても不思議じゃないという感じだった。
「(あたし達の事を知ってる⁉)」
「(陰で誰かがついてきてた……⁉いや、そんなことは……)」
メイとアリアは、エドガーの発言に、危機感を感じ、鋭い目つきで警戒する。
「特にこいつ(シグマ)っスね。俺が修行していた時に見かけた奴っす」
「あぁ、なるほど……」
ベリアルの頭の中でパズルのピースがハマる。
「(エドガーはシグマの存在を前から知っていたか。いつもの外回りの修行でか?ふむ……)」
たまたま遠くから見ていただけでも、人を探す時には役に立つ物だ。大火事事件はシグマ達は面影さえわからないから。
「国民の悩みを解決するなんて、よくやるなと思いながら見てたよ」
「……なんだと?」
「⁉」
マキナは一人熟考していたが、エドガーの発言に、シグマが苛立ったことで、そっちに意識が集中した。
「詳しい事はそりゃあ知らねえよ?でもノーシュの騎士なんだろ?ならやる事はわかりきってる。感謝はされても、恩をあだで返されるかもしれないのに、ほんとよくやるよ。誉め言葉さ、俺達ベアトリウス人なら考えられないからな、そんなの」
「(わい達がアギスバベルから来たって事、わかってるんやろかこいつ……)」
マルクは何言ってんだこいつと思いながらエドガーを見ていた。
「……騎士なんだから人を守り助けるのは当たり前だろ」
そしてシグマは人として当然という返事をエドガーに返した。
「ああ、そうだな。でも俺達ベアトリウス人は軍人であんたらノーシュ人は騎士だ。立場が違う。……口の言い方に気を付けるんだな」
「軍人だったら、騎士より偉いのか?一般人を見捨てていいのか?反撃される可能性だってあるだろ」
エドガーの明らかな煽りに、シグマはまだ我慢して怒りを抑えながら反論していた。しかし、段々抑えきれなくなってきている自分を自覚していた。
「俺の故郷であるこの町に来ておいてよくそんな事が言えるな。辺りを見渡してみろよ?皆犯罪者に関わりたくなくてびくびくしてるぜ?」
エドガーは両手を広げ、犯罪者と警戒している貧乏な一般人の存在に意識を向けようと強調する。
「——だから、それをなんとかするのがあんた達の仕事だろ!」
ここでついに、シグマがキレた。我慢ならなかったようだ。
「いいや、違うな。面倒だったら関わらなくていい。この世界は弱肉強食だ、弱い奴なんて知らねえよ」
「……」
自分の怒りを見ても、エドガーは止まらなかった。相変わらず軍と一般人の立場の違いを自分にアピールしてくる。なぜ同じ仕事をするはずなのに自分が思っている事と正反対なのか、シグマは理解できなかった。
「(あちゃ~……これは……)」
「えっと……えっと……」
喧嘩が始まるか、と思っていたその時。
「「——その辺にしろ、エドガー」」
エドガーよりも前に出て、ベリアルは冷静に、エドガーを落ち着かせた。
マキナもほぼ同じタイミングでくぎを刺した。シグマの味方をするつもりはなかったが……と面倒くさい表情をしている。
「ベリアル師匠……」
「うちのエドガーがすまなかった。こいつは少々好戦的な所があってな……」
どうやらベリアルは、エドガーの故郷らしいここダグラスでひと悶着起こすつもりはないようだ。
「そうか。エドガーが手を出しかけた事、お詫びする。すまなかった」
「……ふんっ」
「……(イラッ)」
「(期待しても、いいのか、な?)」
エドガーとシグマが苛立っているのを横目に、アイカは久しぶりに信用できそうなベアトリウスの軍人を知れて、一人安堵していた。
「だが、ノーシュの騎士なら、ベアトリウス人とやり合う時は甘さを捨てるんだな。でないと足元をすくわれるぞ」
「師匠、なんでこいつに助言のような事を……(小声)」
「お前がどのくらいの実力かわからないくせに戦おうとしたからだ(小声)」
「す、すいません……(小声)」
「……」
ベリアルがシグマ達に謝罪した後、数秒、沈黙があった。その間、ベリアルはエドガーに反省を促そうとしていたが、シグマ達からは、ベリアルがエドガーに顔を近づけたようにしか見えない。何か会話をしているのだろうとしか認識できなかった。
「マキナがいるのだから少なくともここには案内で来たのだろう。ノーシュの人間がダグラスで何をするのか知らないが、あまり長時間いないほうがいいぞ」
少しシグマ達と距離があったエドガーとベリアルがこっちに近づいてくる。シグマ達は二人に厄介者扱いされてるようだが、こっちには引くにはいかない事情があるのだ。
「ダグラスには大火事事件の再調査で来ました」
それを、シグマは言った。
「!……そうか……」
シグマの返事に、城に戻るのをやめ、エドガーの付き添いを続ける事をベリアルは決断した。
「(そう言えば、ノーシュは大火事事件の再調査をしているんだったか。という事は、あいつ現騎士団長のランドルフと出会う可能性があるな……。あいつにも話したいことがある。久しぶりに会ってみたいが……暇が出来たら探すか……」
ベリアルは心の中で、新しく若い奴に変わったというノーシュの騎士団長の存在が気になり思いを巡らせていた。
マキナは案内を終えたので帰るつもりだったが、自分がいない間ダグラスに何があったか、エドガーが何をしていたかをベリアルから聞くため、ダグラスに残る事にした。
アリア達だけじゃなく、ベアトリウス軍人が3人も増え、シグマの再調査の旅はいよいよ大所帯となり始めた。
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