咲が志摩家に、美智代が後藤家に嫁いだ後も、自分の趣味のアウトドアは続けている。そしてキャンプ好きは孫の一人であるリンに受け継がれている。
肇にとっての孫二人。志摩リンと後藤ひとり。二人は、どこからどういう遺伝子を継いだのかはわからないけれど、程度や質の違いはあっても孤独な世界に浸るような性格をしていた。
年に一回か二回、親戚同士で集まる時もあった。特にひとりとリンが幼い時。肇はお爺ちゃんとして他の親戚が酒盛りをする間二人の幼女にかまって庭先で肉を焼いたりもした。ただ、ひとりは当時から絶望的なまでのコミュ障だったし、リンも最初は肇に苦手意識を抱いていたから話は全然進まなかったけど。ついでに言えばひとりもリンもお互いに遊ぶことは少なかった。
そんな二人だし、志摩家は山梨、後藤家は神奈川だ。成長するにつれ二人の距離は離れていって、中学の頃には会うこともほとんどなくなって。
リンはキャンプに、ひとりはギターに。それぞれの趣味に没頭し始めた中学時代、人との関りが増えた高校時代。
二人は山中湖のキャンプ場で、五年以上の歳月を経て再会したのだ。
リンがひとりを発見したのは、《結束バンド》の虹夏と郁代が管理棟の中でチェックインの手続きをしていた時だった。ひとりはいつものコミュ障を発動して管理棟の外で待っていたところだ。ひとりとリンの出会いに気づいた虹夏がリンに話しかけて。
そうして今、リンと虹夏が話している。
「えー!? ぼっちちゃんの従姉妹なんだ~!?」
「あっはい……志摩リンっていいます」
「リンちゃん! よろしく……なのかな? 私は伊地知虹夏!」
「どうも」
リンはひとりと再会したことにも驚いているし、目の前の何が何だかよくわからない光景にだって驚いている。
虹夏が笑顔で自分と会話しているその足元で、ひとりが転がっている……? しかもなんか泥みたいに溶けてる……?
「そっかー。それで同じキャンプ場に。素敵な偶然だね!」
「は、はい」
虹夏の笑顔にタジタジ。まあ、タジタジしているのは大天使の笑顔にじゃなくて従姉妹の奇行にだけど。
「あ、あの……」
「ん~?」
「なんか、ひとりが溶けて……?」
虹夏は足元を一瞥した。
「あはっ、いつものことだよ。え、昔は違ったの?」
「え、今は溶けてるんですか……?」
私の従姉妹、どうなってるんだ……? というか溶けてるってなんだ。人間は溶けねぇよ。
「リンちゃーん!」
リンが久しぶりにコミュ障を発揮している一方、後ろから近づいてくるもう一人のピンク。
「お? なでしこが二人いるぞ?」
と、野クルの部長。いや待てよ大垣。どうして溶けてるひとりを人間だとわかった。
リンと比べれば人と話すのにためらいのない、なでしこと千明。
そして。
「ひとりちゃーん、伊知地先ぱーい、どうして入り口で集まって……あら?」
管理棟の中から赤髪の女の子が一人。言わずもがな喜多郁代。
郁代はなでしこの顔を凝視して訝しんだ。
「……ひとりちゃん? にしては顔が崩れてないし」
「え、私?」
「えーっと、誰だかわからないけどたぶん人違いですよ?」
「え?」
「え?」
「ん?」
「あぶぇ……」
最後のダミ声はひとり。
一応状況を理解している二人……リンと虹夏は困ったように笑ってしまった。
「なんか、ややこしくなりそうですね……」
「たはは、だねぇ」
────
旅は道連れ世は情け。
縁に連るれば唐の物を食う。
縁は異なもの味なもの。
この状況を表す言葉というのは、どういうものがあるのだろう。
「というわけで──改めて、私たちは結束バンド! 私はリーダーの伊知地虹夏! よろしくね!」
「私たちは高校の《野外活動サークル》っす! てまあ部員じゃないのもいるんですけど……。部の長大垣千明っす! よろしくっす!」
虹夏に千明、それぞれのまとめ役の声だ。
結束バンドと野クルのメンバー。合計九人、キャンプにしてはなかなかの規模になった。小さい焚火台を二つ並べて、持ち込んだあるいは借りた椅子に座って、仲良く囲んでいる。
結束バンド側のテント──四人全員が入れる借り物テントはまだ設営していない。はっきり言って結束バンドの四人はキャンプの経験が浅いし、手こずるので後で手伝ってもらうことになった。なし崩し的に野クル側のテントの隣になりそうだった。
ひとりとリン、従姉妹を縁にして繋がった出会いの時間だ。その二人とリョウを除けば、比較的ワイワイ集まるのが好きな人がほとんどだ。世間話には事欠かない。
「へー、東京の方でロックバンドをやっとるんですかぁ」
「そうなの! 私とひとりちゃんは今高校三年生でね、あっ伊知地先輩とリョウ先輩は別の高校出身で、もう卒業してるんだけど──」
「あれっ、それじゃあ二人とも大学に?」
「いや、私はニートだけど」
「はれ?」
「リョウ先輩は、そりゃもう素敵でパーフェクトだから! 大学なんて枠には収まらないのよー!」
リョウは自己紹介以外で初めて喋った。あおいはちょっと驚いた。
あおいと郁代が円満に話している一方で。
(キャンプだけでも大変なのに……見たこともない陽キャの人たちがたくさん……)
「それにしてもひとりちゃんかぁ。同じピンクの髪なんて家族以外は珍しいよぉ。よろしくね、ひとりちゃん!」
「えっ……あっはいぃ」
「リンちゃんの従姉妹なんだよね!? やっぱりキャンプもよくするの!?」
「いっいや、キャンプは生まれてこの方ハジメテデ……」
「そっかー! 私もリンちゃんにキャンプを教えてもらって──」
(陽キャこわいー!!)
バンッ。
「あー!? ひとりちゃんが爆発四散した!?」
「いつものことだよー」
混乱に混乱を重ねているピンクの二人もいたりする。
そんな面白空間を見つつ、恵那は頬杖を突きながら微笑んでいた。
「それにしても、リンにこんな面白い従姉妹がいるなんて知らなかったよ。どうして教えてくれなかったの?」
「いや、中学の時には疎遠になっちゃったし。ひとりも人と喋るの好きじゃないし……」
恵那とリンの話に虹夏が参加する。
「逆に、私たちはリンちゃんなんて従姉妹がいるのが驚いたよー。てっきり同じようにド陰キャなぼっちなのかと……」
「え?」
「あ、いやいや! なんでも!?」
「リンもコミュ障みたいなもんだよねー。ぼっち……とまでは言わないけど一人が好きだし」
「……まあ、ね」
「へぇ、そうなんだ?」
虹夏が言う。
「元々私が《結束バンド》に誘ったんだ。それで今は一緒に頑張ってるけど……確かにそれがなかったらぼっちちゃん、バンド組んでなかったかも……?」
恵那は笑った。
「じゃあ、リンと一緒ですね。リンもずっとソロでキャンプするばっかりだけど、なでしこちゃんとが話すようになってからいつの間にか……」
「また懐かしい話を。元々斎藤がお節介焼いたのが原因だろ」
「ソロキャンかぁ。ぼっちちゃんもね、実はソロ弾きが上手なんだぁ」
「ああ、ギター、ですか?」
「そう! そうなんだよー」
「そう聞くと、リンとひとりちゃん、確かに従姉妹みたいですね」
「うんうん! ぼっちちゃんとリンちゃん、従姉妹みたい!」
「本当に従姉妹なんだけど」
パッと見はなでしことひとりの方が従姉妹っぽい、というのは心の奥底にしまっておいた三人だった。
そして、残る千明とリョウ。
「……」
「……あの、リョウ……先輩、ですよね?」
「うん」
「……キャンプ、どうっすか?」
「悪くない」
「バンドじゃベースをやってるとか?」
「うん」
「……いーっすよねぇベース! こう、縁の下の力持ち、みたいな!」
「だね」
「…………」
誰が相手でも容赦のないめんどくさがり屋ベーシスト、山田リョウだった。
ちょっと気まずくなった千明は立ち上がった。
「とぉころで皆の衆! なでしこ隊員はそろそろ夕飯の時間だし、結束バンドの衆さんはそろそろテントを建てなけりゃぁいかん時間でないですかい!?」
まるで紋所でも持っているかのように素手をかざす千明。
季節は秋。日の入りは早い。それも山中湖はあっという間に寒くなる時間だ。
野クル部長の言葉なので、反応したのはやっぱり野クルメンバー……というか本栖高校メンバーだ。
「あっそうだね。それじゃあ、私はいつも通りに調理しよぉ」
「なでしこちゃんだけじゃあれやし、ウチが調理手伝うことにするわ~」
「じゃ、私はテント設営かな。……別に私、野クル部員じゃないんだけど」
「リンはご意見番として必要だよ。それに、私も野クルってわけじゃないし?」
「恵那もテント設営、頼むぞー。私が部長として監督してやるよぉ!」
ことキャンプに関しては、差はあっても初心者より上積みの五人だ。あっという間に行動し始める。
結束バンドメンバーは少しわたわたしていた。
虹夏が立ち上がって、それをリンが制する。
「皆さんは休んでてください。テント、私たちが建てちゃうんで」
先輩相手だからか、心なしか穏やかな顔つきのリンだった。
「えっでも野クルのみんなに任せっきりっていうのも」
「私たち慣れてますし。ひとりは疲れてるみたいですし、それに山田さんもぐでってますし」
「うーん、それで私たちが遊ぶのも……よし、それじゃあ!」
虹夏は閃いた。
「私、なでしこちゃんの料理手伝うよ! それで、食材持ち合わせて一緒に作らない?」
「えっいいんですか!?」
なでしこの眼が煌めいた。
キャンプご飯。それはなでしこがキャンプで一番力を入れていることと言っても過言じゃない。献立に使う食材、いろいろ含めて計画は立てているけど、他のキャンパーとのご飯を分け合うのは楽しいし、食材を共有してプラスアルファで作るのも発見がある。
「これでも家じゃ自堕落なお姉ちゃんに代わって家事全部やってるから! キャンプでご飯は初めてだけど……腕は期待してもらっていいからさ!」
加えて、ペアがそういうのならなおさらだ。なでしこは満面の笑みとなった。
「それじゃあ伊知地さん! 一緒に作りましょー!」
「虹夏でいいよ!」
「それじゃあ虹夏ちゃん、頑張ろう!」
『おー!』
(虹夏ちゃんが陽キャに染まった……!?)
ひとり、戦慄。ピンク髪の存在意義が危ぶまれる。
そんなひとりの背中を、郁代が押した。この中では名実ともに一番都会のギャルっぽい挙動だった。
「それじゃあ、私たちは一緒にテント設営、手伝いましょ!」
「うぇ!?」
「だって伊知地先輩の言う通り、私たちも少しは手伝わないと! それにキャンプに来たんだからやっぱり
「バエ?」
リンは思考停止した。たかがテント設営にバエってなんだ?
それはともかく。
「うん、私と斎藤、ひとりに喜多さん。四人いれば大丈夫そう。手伝ってもらえる?」
「いいわよ!」
「あっはい……」
「お前は私の従姉妹だろ」
なに怖がってんだ。
リョウはまだ椅子でくつろいでいた。途中で買ってきた煎餅食いながら。
「郁代。ひとり。私が監督してやるからな。自由にやれ」
「あっはい」
「きゃー!」
「山田ァてめーも手伝えっ!!」
遠くで虹夏が怒鳴った。さすがに手は出なかった。
────
というわけで、チームはそれぞれ分かれている。
リン、恵那、ひとり、郁代のテント設営班。夕食のためのテーブルも作る。
千明、リョウのテント設営監督班。といっても、リョウはだらける気満々だけども。
「へぇ、なでしこちゃん、元々静岡出身で? 高校から山梨来てキャンプ始めたんだー」
「そうなんです! 料理は好きだからキャンプでも担当してて」
「ちなみに野クルはウチとアキが作ったんですけど、本格的に動き出したのはなでしこちゃんが入ってからなんですよ~」
そしてなでしこ、あおい、虹夏の調理班。三人は炊事場でワイワイ調理と会話に花を咲かせている。
調理班は全員人と話すのが嫌いじゃない面々だ。特に本栖高校の五人を引き合わせたなでしこがいるし、結束バンドで一番しっかり者の虹夏がいる。なでしこが考えていたキャンプご飯を中心に、虹夏が車で持ってきた食材を付け加えた一品物を用意していく。お互い急ごしらえで予定したキャンプにしては豪華な夕ご飯になりそうだ。
「それにしてもすごいねー。あおいちゃんたち、電車で何時間もかけて山中湖まで来たんでしょ?」
「えへへー。もう慣れちゃいました」
「それにリンちゃんはまだ高校生なのに原付に乗ってか。都会のもやしっ子じゃそうはならないよ。山梨じゃ、バイク乗りの子も多いの?」
「どうでしょ? ウチは最近、ロードバイクにはまっとりますけど」
「山梨とか、静岡だと多いと思いますよぉ。静岡にいる私の友達もバイクに乗ってて。去年は一緒に大井川に行きましたっ」
「大井川って……ええ!? 静岡の奥の方まで!?」
包丁を小気味よく動かす虹夏だったけど、表情は驚きに驚いていた。社交的とはいってもインドア派の虹夏だ。郁代の無茶ぶりがなかったらそもそもキャンプだってしてなかった。自然の奥地まで旅をする、なんて考えられない。
あおいが言った。
「ウチらからしたら伊知地さんが羨ましいです~。だって、車の免許取ってるんならどこも行き放題やないですかぁ」
「といっても、私たちはバンドの機材をいれなきゃならなくてねぇ……運転できるのも私だけ、みーんなリーダーを酷使しすぎなんだよー」
「あれ? 山田さんも確か伊知地さんと同じ、大学生じゃ?」
「いや、あいつはニート。それに怖がりだから車運転できないの」
『OH……』
一瞬虹夏の包丁がギラリと光った気がして、なでしことあおいはたじろいだ。
今日のメニューは豪華も豪華、すき焼きだ。それに虹夏がパスタに使える野菜まで持ってきたので、締めのスープパスタにも期待できる。
なんとなく、虹夏はこんなことを聞いてみた。
「でも、こんな冬の時期にキャンプなんてすごいねぇ。キャンプっていったら夏じゃない?」
「あはは……ウチらキャンプ始めたのが真冬で」
「リンちゃんなんて、むしろそれまで冬にしかキャンプしてなかったみたいだし」
「えっすご」
「それを言うと、伊知地さんたちはどうしてキャンプに来たんですか?」
「ああ、それね」
虹夏は苦笑した。
「来年喜多ちゃんが大学受験でね。一、二年の時は少し成績が下がってたから勉強に集中してたんだけど、この間とうとう爆発してさ」
『爆発……?』
なでしことあおいは、『ストレスで爆発した』んじゃなくて本当に体が爆発した姿を想像した。
原因はひとりの爆発を見たからだ。郁代に風評被害が生じた。
「それで『息抜きしたい!』ってせがまれちゃって。私もぼっちちゃんもリョウも本当はインドアなんだけど、妥協して付いてきちゃったんだ」
虹夏は肩を鳴らした。『もう本当に大変だったよー』と。実際、東京の下北沢から山梨の山中湖まで運転してきた虹夏は大変だった。
ただ、なでしことあおいが反応したのはそこではなくて……。
「じゃあ、私たちと一緒ですね!」
「えっ……? あ、そっかぁ。喜多ちゃんとぼっちちゃんと同い年ってことは、みんな高三かぁ」
「そうなんです。ウチらもアキの一声で『息抜きにキャンプしよう』ってなって」
「じゃあそこも一緒なんだ。本当、面白い偶然だねっ!」
「あれ? ひとりちゃんは……」
「ああ、ぼっちちゃんは大学行かないから」
『受験勉強ないの羨ましい……』
涎を垂らすなでしことあおい。
調理は順調に続けながら、虹夏はしんみりと言った。
「でも、そっか。私とリョウは別として、みんな高校生活が最後、かぁ」
学外グループの結束バンド、郁代が大学に行っても、ひとりが卒業しても繋がりのある虹夏たちと、野クルメンバーの事情は少し違う。
野クルメンバーは、それぞれ進路が違う。大学に行けば、自分たちの野外活動サークルの繋がりはなくなる。
結束バンドは東京住まいだ。電車もバスもたくさんあって、大学もたくさんあって、学校の外でも会いに行くのは簡単だ。なんなら拠点のSTARRYがある。
山梨、身延は東京と比べてしまえば田舎だ。電車は少ない。大学も少ない。自宅を離れて一人暮らしを選択する予定のメンバーだっている。必然会う時間は減ってしまう。
「そう、なんですよね……」
「そうよねぇ……」
寂しさが、なでしことあおいにはあった。
「そっかぁ」
虹夏にはその実感はあまりなかった。
自分がもう大学生だから、というわけじゃない。リンとひとりだったり、ひとりとなでしこだったり。いろいろなことが『一緒だ』と笑い合っていたけれど、都心のガールズバンドと田舎のキャンプグループだと、いろいろなことが正反対だった。
ただ、状況も辛さの質も全く違うけれど、大切な人と会えなくなるという経験が、虹夏にはあった。だから結束バンドの他の三人よりは、少しだけ野クルメンバーの寂しさに共感できた。
なでしこたちが直接寂しさを醸し出した今。寂しさを前にして優しく笑うのは、もしかしたら年上で、そういう経験のある虹夏が適任かもしれなかった。
(……でも、そうだよね。バンドだって、何かがあれば)
メンバーの方向性の違いでバンドが解散する、なんてよくある話。少なくともリョウはそれを経験したことがある。
結束バンドのメンバーは皆仲がいい。虹夏はそう思ってるし、きっと他の三人も一緒にいたいと思っている。だから、解散なんて考えたこともなかったけど、それでも可能性はゼロじゃないのが世の常だ。
だから、もしその瞬間が訪れてしまうなら。
「……寂しいね」
でも。虹夏は、それでもなでしことあおいに向けて、天使みたいな笑顔を作った。
「だったらさ。せめて、今は楽しもうね」