【完結】♪ぼざキャン△   作:迷えるウリボー

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4話 ひとり、よかったね。

 

 

 満天の星空が輝いている。

 日本人なんて、基本的に夜になれば建物の中に入ってしまう部類だ。それが富士山の麓、山中湖の畔、テントを並べて焚き木を囲んで物思いにふけるなんて、明らかに非日常の体験だ。しかも、冬も真っただ中ときた。慣れてる人でも苦行なくらい。

 そんな夜の一幕。夜や暗い場所は好きだけど、キャンプなんてド陽キャな遊びをすることはまずない後藤ひとりは、ギター片手に寒さとは別の理由で手をガチガチに揺らしていた。

(えっえっえっと、なななんでこんなことに……)

 右隣には、どこから持ってきたのかアコギを構えるリョウ。左隣には、自撮り棒にスマホを繋げて自分たちを楽しく撮影しようとしている郁代。リョウの向こう側には、ティッシュ箱、フライパン、木の棒など──適当な小道具をドラムの道具に見立ててスタンバイOKな虹夏が笑顔でいる。

 焚き木を囲んだ半円状に座る《結束バンド》の四人。その半円状の向こう側には、リン、なでしこ、あおい、千明、恵那の五人がいた。

 郁代がいつも以上に饒舌になる。

「それじゃあ、今日は《結束バンド》のミニライブ、in山中湖ということでっ」

「え、喜多ちゃん、映像録ってんの?」

 虹夏がぎょっとした。いつだったか、結束バンドの四人でリョウの家の別荘に旅行した時、夜長《ホラー企画》と称して郁代にたたき起こされたからだ。

 とはいえ今日はそんなつもりもなく、

「でも、配信はしてないです! あったらいいなって思って、録画してるだけですよ~」

 と相変わらずキラキラしていた。

 あおいもやんわり同意した。

「まあここ通信も弱いしな~」

 そもそも女子高生のスマホ一台で気軽に配信ができるような状況でもない。

「コホンッ……それじゃあ気を取り直して」

 どのみち何かしらの形でイソスタに投稿するつもりなんだろう。結束バンドのSNS担当大臣だけあってこのあたりは抜かりない。郁代の声は声量以外はライブの時と同じような様子だ。

「私も歌いますが……今日の主役は、ひとりちゃんですっ」

 郁代はカメラをひとりに向けた。とたん、ひとりが胞子化する。

「うーん、やっぱりひとりちゃんはいつもの通り。でも心配しないで、今日は~……ひとりちゃんのドッペルゲンガーが来てますっ!」

 郁代はカメラの対象を変えた。“ひとりちゃんのドッペルゲンガー”、改めなでしこは、満面の笑顔で挙手。

「はいはーいっ! ひとりちゃんのドッペルゲンガー、各務原なでしこでーす!」

「というように、今日は山梨から《野クル》の皆さんが来てまーす」

『いえーい!』

 野クルメンバーがカメラに向かって手を振った。一番大人しいリンも小さく手を振っている。

 郁代はカメラの向きを自分に変えた。

「今日は結束バンドと野クルの出会いを記念した、いつもとは少し違うライブ。楽しんでいってくださいっ」

 そして、スマホを固定。

「ひとりちゃん、大丈夫?」

「はっはい……」

 今日の主役はひとり。それは郁代の悪ふざけじゃない。リンの願いを聞き届けてのことだ。

 

『ひとりの演奏……聴いてみたい』

 

 従姉妹同士。でも、中学進学以降は遠のいていたという二人の距離。そして、リンの願いがある。

 今日の主役はひとり。虹夏も、リョウも、誰もそれを疑わなかった。

「けっ結束バンド、後藤、ひっひとり、です……」

 ひとりは、ぼそぼそと、それでも確かに喋る。

 高校二年の夏、学生限定のロックフェスティバル《未確認ライオット》のライブ審査以降、ひとりは少しずつ、ライブの中でMCとして喋ることを経験してきた。

 小さい声でも、拙い言葉でも、想いを確かに伝えてきた。

「今日は、いっ従姉妹が来ていて、友達も来てます……」

 MCをするとき、ライブで夢中になるとき、いつも、『頑張りたい』と思える逆境があった。

 今日は違う。前の曲が失敗したわけでも、グランプリを獲るために力を振り絞るわけじゃない。

 でも。

「みんなに……今のわたしを……見てもらうために」

 それも、ひとつの原動力になるから。

「きっ聴いてください……《星座になれたら》」

 ひとりがギターを鳴らす。

 静かな立ち上がり。夜、自分たちの焚火、遠くに微かに光る街灯。それ以外に見えるのは、満天の星空。

 遠く、遠くにある光と同じ静寂。とても心地よいこの寂しさを壊さないように、ひとりは落ち着いた音色を響かせる。

 虹夏の即席のドラムは本物のライブとは違って、本物のような拍動はない。

 でも、それでいい。リョウも音を出さないアコギで、虹夏のドラムも可愛らしい音でいい。静かなこの空気が、一番のBGMなんだから。

 郁代が静かに息を吸う。今日は郁代の役割はボーカル一つだけ。手拍子、体を揺らす。それだけを、楽しそうに。

 そして、歌う。いつかの文化祭ライブと同じ。その言葉。

「────」

 シンガーソングライターが弾き語りをするような、そんな始まり。

 《星座になれたら》。結束バンドの活動の中でも、かなり最初の頃に作った曲だ。

 星を誰かに見立てて、その星の輝きに近づきたいと、近づけないのかもしれないと思う。

 思わず。星空を見上げる。これ以上ない最高のシチュエーション。

 聴き入って、なでしこはひとりを見つめていた。

(ひとりちゃん……すごいんだ)

 リンの従姉妹。同じピンク色。爆発してなんか面白い子。それがなでしこのひとりに対する印象。

 でも、それだけじゃないんだ。

 言葉一つを喋るのにオドオドしていたのが嘘のように、ひとりの指先から生まれる音は澄んでいた。焚き木の音と一緒に、湖畔の澄んだ空気に溶け込んで、キャンパーのなでしこたちも受け入れられるような音色が耳に届く。

 本当のライブとは違うんだろう。今は夜だし、持つ楽器もひとり以外はいつもと違うらしいし、そもそも虹夏はドラムを持ってきてないから出来合いの自然楽器。

 それでも、虹夏の楽しそうな笑顔と確実なリズムが、リョウの自由気ままな演奏が、ひとりの心地よい指先が、郁代の賑やかで華やかな歌声が、少し寂しい空気を一気に変えてくる。

 サビに入る。郁代の声の張りは変わらないで、けれどトーンが高くなる。

 なでしこは思った。自然、なでしこの方がリズムに合わせて左右に揺れる。

(星座になれたら……みんなと一緒に、楽しいだろうなぁ)

 一緒にいれたら、楽しい。嬉しい。

 それでいて、寂しくない。

 曲は憧れた誰かへの曲だけど、高校三年生の冬だから、考えてしまうのはやっぱり別れについてだ。

 高校三年生、受験生。野クルは全員が大学進学を予定して、そのために勉強している。

 その後に待っているのは、やっぱり別れだ。

 仕方ないこと。誰かと二度と会えなくなるわけじゃない。でも、やっぱり寂しい。

 なでしこは、キャンプを通して野クルメンバーと友達になった。いろいろなところへ行って、いろいろな思い出を作った。

 それこそ、一緒にみんなと集まって星座になって、それぞれの輝きという思い出を作ったんだ。

 ちっぽけなことかもしれないけど、それでも私は、キャンプを通して、嬉しいも、寂しいも経験したい。

(だから、うん)

 郁代が歌う《星座になれたら》が、心に届くんだ。

 鮮やかな光を放って。つながった関係を切らないで。

(これからも、みんなと一緒に、キャンプをしよう)

 そう、思う。

 

 

────

 

 

 今日のボーカルはフルパワーじゃないから、郁代には余裕があった。満面の笑顔で

「一曲目、《星座になれたら》でした~っ」

 わー! と、野クルメンバーからの拍手。五人だから乾いて聴こえるだけで、みんな喝采だ。

 テレビやネットの大手から聴こえるのとは違う、女子高生と女子大生の四人が、田舎の夜空で奏でるミニライブ。結束バンドを知らなかった野クルメンバーにはとにかく新鮮だった。

 《星座になれたら》の余韻。

「今の曲は、ひとりちゃんとリョウ先輩が、バンド結成から半年くらいの時に作った曲なんです」

「あの時はぼっちちゃんのギターの弦が切れちゃって、大変だったよね~」

 そんなエピソードも挟む。結束バンドにとっても懐かしい思い出だ。

 一つ一つが、大事な思い出。

「では、次の曲は……私も思い入れのある曲を歌わせてください」

 今度は郁代からの曲紹介。

「元々このキャンプに来たきっかけは、受験勉強の羽休み。今、私も受験勉強中で、でも最初は大学進学をしないつもりだったんです。バンド活動に力を入れるために」

 経験の少ない郁代が仲間たちに追いつくために選んだその進路は、真面目な家族を巻き込んだ家出騒動まで発展した。でも紆余曲折を経て、郁代は家族とも和解をして、経験のために大学へ進学することを選んだ。そのきっかけとなるライブで歌った曲でもある。

 だから、郁代にとってもこの歌は印象深かった。せっかく同じ受験勉強中の野クルの前で歌うのならと、虹夏やリョウにも伝えた。

「聴いてください。《小さな海》」

 アンプ環境もない、弦から生まれるそのままの音。だから、実際のライブや、あるいはCDにレコードした音とはまるで違う音。

 リードギターのひとりと、それを支えるリョウのリズム。音はシンプル。

 でも、これでいい。これがいい。

 ひとりにとっては、いつも押し入れで聴こえていた音。

 寂しい音が、この星空の空間には似合っている。

 郁代が最初のフレーズを口ずさむ。《小さな海》は結束バンドの中でも特にローテンポな曲で、その意味でもこの夜にピッタリだと思った。

 歌詞だって……

(そうだよね)

 と、恵那は静かに思う。《小さな海》の最初のフレーズを聴いて、だ。

 今日は楽しかった。いつも通りのキャンプ。友達と過ごす夜。初めて出会った都会の女の子。

 あっという間に今日が終わってしまうんだ。

(寂しさと楽しさは、裏返しなんだね)

 恵那はチワワを飼っている。《ちくわ》というその子とはもう何年もの付き合いで、毎日が楽しくて、信頼関係だってある。

 でも、犬とだって別れの時は来る。そして大学進学とも違う、本当の別れなんだ。

 ちくわとも違うけど、寂しさは誰だって持っている。

 千明も。

(思った以上にしんみりしちゃうぜ。本当に、いい歌だな)

 野クルを創設したのは千明だ。最初はあおいと二人で自転車操業だった活動が、なでしこを加えて、リンや恵那を巻き込んで、高校生活の中心になった。

 千明も楽しかったし、みんなも楽しいと思っていたんだってわかる。

 高校が終わっても、この五人で何かを続けていきたい。

(当然キャンプだろうけど、なにかできねーかな……)

 あおいもしんみりと聴きいる。ちょうど《小さな海》のサビに入ったところだ。

 気持ちは千明と同じ。どこまでも楽しい三年間だった。

 受験勉強は順調だ。他のメンバーも上々。千明は……まあ、今後に期待だ。

 たとえ同じ場所にいれなくなっても、また戻って来れるのか。

 結束バンド。活動する場所は一緒だけど、でも学校も学年も違う四人が一緒になって活動してる。音楽、芸術活動という難しいことを続けて、これからも続けていくんだろう。

 毛色も畑も全く違う、でも、私たち野クルも、続けていきたい。

 不安はない。寂しいも、きっと楽しいに変えられる。

(だからまあ……これからのお別れは、次の楽しいのスパイス、やね)

 いつか、どこかで、また会おう。手を振ろう。

 《小さな海》の最後のフレーズを、郁代が口にするように。

 

 

────

 

 

 歌い終えて、再びの拍手が起こる。

「はいっ、《小さな海》でした~」

 いつものライブみたいな勢いじゃないから、汗はない。そもそも焚火がなければ凍えてしまうくらいだ。

 束の間のミニライブ。他にも、喋りたいこともある。

 次が、最後の曲。

「それじゃあ、最後の一曲はひとりちゃんがボーカルをします」

 おおっ! と野クルメンバーから歓声。

 郁代がにっこりと言った。

「参加できないのはちょっと寂しいけど……それでも、私も観客として楽しんじゃいますっ」

 注目がひとりに集まる。けど、さすがにひとりも、二曲を終えて指先は慣れ始めていた。

 正直なところ、次の歌は練習中の曲だった。結束バンドとしては意欲的な曲で、本来ボーカルの郁代とは違うメンバーがボーカルをしたり、あるいは作詞をしたり、という『いつもとは違う自分たち』を演じるためのもの。

 作詞がひとり、作曲がリョウであることは変わらない。けどボーカルがひとり。

 ひとりは、もうMCをすることもなくて、ただ、ただ、集中して……その曲を紡ぐ。

 

「《夢を束ねて》」

 

 虹夏のスティックで3回、軽くたたく音。そこからすぐ、弦の生音にしては少し強いギターのリズム。

 《夢を束ねて》。リンが『ひとりの演奏を聴きたい』と言ったから、ひとりの主役として……ということはあっても、結束バンドの四人全員が、この空気に似合う曲だと……そう考えていた。

 自信のない、けれど小さな野望を抱くひとりの心根を表したような曲。

 元々自信のないまま作詞を担当したひとりは、自分と正反対な性格の郁代が歌うということで、歌詞作りに悩んでいた。それはリョウとの相談で解決したけど、自分が歌うことを前提にしたこの曲はやっぱりやりやすい部分もあった。

 自信のない自分が、自信のない気持ちで、でも確かに心の奥底に溜まっていた確かな願いを口ずさむ。人並みの願い。

 そう、人並みの願いなんだよ。わたし以外の誰かもきっと、思っていることなんだよ。

 今日も、明日も、これから先も、これまでと同じようにいたいんだ。大人になっても変わらないでいたいんだ。

 音楽を奏でていようが、キャンプをしていようが。卒業しようが、進学しようが、就職しようが、なんだって。

 誰も彼もが、同じ気持ちがあるんだって。

(そんな風に……少しでも、共感してくれたらいいなぁ……)

 目をつぶって、夢中になって歌う。

 そんなひとりを見て、リンは。

(ひとりが……歌ってる)

 言葉にするなら、そんな当たり前すぎる実況内容を考えた。

 驚いた。ひとりが歌ってるから。

 新鮮だ。ひとりが歌ってるから。

 楽しい。ひとりが歌ってるから。

 寂しい。ひとりが歌ってるから。

 全部……ひとりが歌ってるからだ。

 寂しいと思ったのは、どうしてなんだろう。

 見知ったひとりが、別人みたいに歌ってるから?

 ひとりが歌った曲が、寂しさと暖かさを一緒に運んでくるから?

 わからないけれど、でも。全部、ひとりがこれを生み出しているんだ。

(すごいな。あんなコミュ障で……たまに人間じゃなくなるのに)

 自分の言っていることがよくわからないのはともかく。

 記憶の中にあるひとり。お爺ちゃんの家で集まって、同い年。子供は他にいなかったから、どうしたって二人して隣にいることが多かった。でも、話すことはほとんどなかった。

 ひとりはコミュ障。自分だって人付き合いは得意な方じゃない。世の中でみればコミュ障な方なんだろう。そんな自分たちの子供時代。会話をしろって言ったって、できるわけがないんだ。

 隣にいるひとりは、時にはぼーっとして、時にはオドオドして。

 心配していない、と言ったら嘘になる程度には、ちょっと気になっていた。

(でも……今はこんなにすごいことができるんだね)

 私がキャンプにはまったのと同じ時期に、ひとりもギターにはまった。

 時々行くキャンプとは違う、ギターという手に馴染む芸術。ずっと没頭したんだろう。

 今、キャンプがあったから私の隣になでしこたちがいるのと同じように。

 今、ギターがあったからひとりの隣に、伊地知さんに、山田さんに、喜多さんがいる。

 ひとりぼっちだったひとりは、自分で友達を作ったんだ。

 楽しい時間を過ごせて、いつかくる別れが寂しい……そんな、私にとっての野クルと同じような結束バンドという友達。

 《星座になれたら》。《小さな海》。そして、《夢を束ねて》。

 それぞれの曲は、よかった。

 キャンプの時間も、新しい出会いも、まあ楽しかった。

 でも、一番思ったのは、これだ。

 

(ひとり、よかったね)

 

 きっと、寂しくないね。

 寂しいと思った分だけ、楽しくなるね。

 私も嬉しいんだ。

 従姉妹の行く先に、少し安心できたし。

 何よりも、野クルも結束バンドも同じだから。

 

(私が感じてた寂しさも、ちょっとは吹き飛んだよ)

 

 

────

 

 

 翌日。

 早朝の山中湖は、とにかく寒かった。

 誰も油断はしなかったし、結束バンドも野クルメンバーに「死人が出ますよ?」と言わんばかりの態度で寒さを忠告されていたから、アドバイスも受けつつ万全の状態で一夜を明かした。

 結果としては、死人が出かねないくらいには寒かった。

 夜はミニライブの後も思うままに駄弁って、結局日付が変わる頃くらいまでは喋り倒していた。全員、音楽の興奮をそのままに、本当に楽しい時間を過ごした。

 朝、シュラフにくぐもっていたい気持ちを何とか乗り越えて、みんなでスープを作って体を温めた。

 結束バンドメンバーは近くで行われるライブを観るという目的がある。野クルはキャンプそのものが目的。どっちも無事に一夜を明かしてしまえば早々に撤収作業だ。

 テントを片付ける。寒さの中、太陽の光を浴びて、結露をうっとおしく思いながら、けれど清々しい気分だった。

 結束バンドの四人は虹夏が運転するハイエースで。野クルメンバーはリンが原付、他の四人はバスで出発する。

 エンジンはもうついていて、虹夏はハンドルを握っている。けれど窓を開けて、その向こう側にいる千明に声をかけた。

「それじゃあ、千明ちゃん、またね! 色々と教えてくれてありがと!」

「いえいえー! 結束バンドの新参ファンとして当然っすから! いつか、ライブ観に行きますね!」

 リョウと郁代はもう車の中にいる。でも、窓を開けているのは虹夏と同じだ。

 リョウは後部座席にいる。

「それじゃあ山田先輩、楽しかったです~」

「ん、まあ楽しめた。えっと……犬山さん」

「あっウチのこと呼んでくれましたね~?」

「……」

 ほんのりリョウの顔が赤い。

「違いますよ、私の名前は大垣いいます」

「え? それってサラトガクーガー作ってくれた方じゃ」

「嘘ですよ~」

「……」

 郁代は助手席だ。なでしこと恵那、二人とキャピキャピ話していた。

「それじゃあね! 喜多ちゃん!」

「うん、各務原さん! お夕飯もとても美味しかったし、私、今度またキャンプするわ!」

「わー!? キャンプ仲間が増えた! どーせなら一緒にやろーね!」

「斎藤も、ちくわくんとも会わせてね!」

「うんっ。冬は寒がりだけど、写真送るからね。暖かくなったら、また一緒に」

 たった一度の出会い。でもどうしてだろう。ひとりとリンのことを抜きにしても、どこか他人のようには思えない気がして、少しでもこの時間を思い出にしようとする。

 もう、ここにいる九人全員が、友達だった。

 そして、ひとりとリンは。

「リッリンちゃん、これから原付なんて……風、冷たくない?」

「まあそりゃ寒いけど、慣れたよ。それに途中の温泉がすごい気持ちいんだ」

「へ、へー……」

 ひとりとリンは、車の隣だ。そりゃリンは原付にまたがってスタンバイしているもんだから、近くで話すには車から出なきゃいけない。別に車の中から話すこともできなくはないんだけど、全員リンと話すのが『まあ後藤さん(ぼっちちゃん)小声だしな』で納得した。

 従姉妹同士の会話。

「キャンプ、楽しかった?」

「うっうん……楽しかった」

「の割には目が死んでるぞ」

「……ぅぉえ」

「吐いてんじゃねえよ。溶けてんじゃねぇよ。人間に戻れよ」

 十秒かけて人間に戻った。

「……本当に私の従姉妹か? これ」

「スススすみませんすみません」

「いや、だから従姉妹同士なんだけど」

「外に出るのも苦手だから……最近はお爺ちゃんの家にも行けてないし。リッリンちゃんは?」

「ああ、私も最近は。でも、しばらく前に一緒にツーリングしたかな」

「へ、へぇ……」

 お爺ちゃん。二人を親戚として繋ぐ人。あの時食べたお肉の味は、忘れない。

 二人の間に、ちょっとした沈黙。ひとりは相変わらず、少しずつ視線が下がっていく。

「別に、恥ずかしがるようなことじゃないのに」

「え?」

 リンは言った。ひとりは顔を上げる。

 ひとりの視界には、ほのかに笑顔のリンがいた。

「女子高生でバイクなんて、特に都心じゃなくて当たり前でしょ。別にバイクとかキャンプとか、お爺ちゃんの趣味に合わせてるわけじゃないし。たまたまだよ」

「でっでも……」

「ならさ、今度お爺ちゃんにギター、披露してあげなよ」

「あ……」

「お爺ちゃん、きっと喜ぶよ。なんなら東京までバイクで飛んでいきそう」

 なんせ、現役を引退してもバイクを愛用して日本各地を走り回ってるお爺ちゃんだ。孫のために西から東へ行くことくらいわけない。

 ひとりは、頷いた。

「……うん」

「うん」

 リンは、ますます笑った。ヘルメットをかぶる。

「それじゃ、私はそろそろ行くよ。またね」

「うっうん」

「……ひとり。昨日、ありがとね」

「えっえ?」

「演奏聴けて良かったよ。寂しい気持ちが、ちょっと楽になった」

「うんっ。わたしも……楽しかった」

 受験前の一休みの時間。楽しい気持ちの裏には、寂しい気持ちがあった。

 でも、それでいいんだ。

 楽しいことは、寂しいんだ。寂しいことが、楽しいんだ。

 寂しいことがあるから、楽しいことがあるんだ。

 キャンプにバンド。きっとそれぞれの星座は繋がり続けるんだ。

 だから。

 リンは、言った。

「ひとり、よかったね」

 ひとりも笑って返した。

「うん。リンちゃんも、楽しそうでよかった」

 

 

────

 

 

 富士山駅。

「あきちゃーん! あおいちゃーん! もうすぐ電車が来ちゃうよー!」

「おお! なでしこ、助かったぜ!」

「ほんま助かるわ~」

「ふう……今日は予定通り帰れそうだね。ちくわ、そろそろ起きてるかな」

 なでしこ、千明、あおい、恵那。四人は順調に電車に乗り込んだ。

 電車の中は幸運にも空いていて、四人全員座ることができた。

 なでしこは、スマホを操作し続ける。

「なでしこ、さっきからずっと何してんだ?」

「富士山駅でも、お土産買わずにケータイいじってたよね。なでしこちゃんが、珍しい」

「ふっふーん。実はー……これ!」

 なでしこはそれをみんなに見せた。

 あおいが最初に、ちょっと遅れて恵那も千明も。

「なるほどなぁ。今日の帰り道にピッタリやない?」

「でしょでしょ!? みんなにもロインで共有するから! 聴こうっ」

 なでしこのそれは、オーチューブのURL。

 タイトルは、《MV:青い春と西の空》。

 

 

────

 

 

 山中湖沿いの道路。

「さて、それじゃあライブ会場に行くよ~」

「はーい! 楽しみですねっ、《SICK HACH》のライブ! ひとりちゃんもそう思わない!?」

「はっはい」

「眠い……虹夏、着いたら起こして」

「コノヤロー……! 結局テント設営も夕食もほとんど働かないで……!」

 虹夏たち結束バンドはライブ会場へ移動中だ。時間はそこまでかからない。ぶっちゃけリョウが仮眠をむさぼる時間があるのかすらわからない。

 けれど、運転する虹夏にはリョウを起こす術もない。

「ちっきしょー……爆音でいつもと違う音楽流してやる! 喜多ちゃん、なんか選んで!」

「はーい! どんな曲にします? いつも伊地知先輩がかけてるのにします?」

「うーん……いつもと違う、爆音が似合う……テンションが高い……あ、そうだ!」

 郁代に向けて、虹夏は大声でその曲タイトルを伝えた。

「《SHINY DAYS》!」

 

 

────

 

 

 本栖湖。

 山中湖村から見延町に帰る途中。

 リンは、なんとなく足を延ばして、リンが初めてキャンプをしたその場所にやってきた。

 原付を止めて、近くの自販機で買った温かいミルクティーを飲んで。

 少し、感傷に浸る。

 スマホをいじる。

「……さて、と。ひとりが歌ってる曲……後藤ひとり……結束バンド……」

 音楽が聴きたくてネットの海をサーフィンするなんて、リンには初めてのことだった。いや、別に音楽はよく聴くけど、対象がテレビに出る有名人じゃなくて学生バンド、いわゆるインディーズというやつだから、音楽配信サイトでもヒットしにくい。

 それに結束バンドのメインボーカルは郁代。リンが探すそれはやっぱり見つけづらい。

 でも、ちゃんと見つかった。

「……よし」

 この旅が終わる前に、もう一度だけ、従姉妹の歌を聴きたかった。

 寂しさと、それを包み込むような楽しさを教えてくれた、独特な声色。

 スマホを操作して、もう一度。

 ひとりが歌う場面だから、ちゃんとレコーディングしたものとは少し違うらしい。ライブハウスという、キャンプ場とは真逆の閉塞感と無機質な暗さ、きらびやかなステージの中。たくさんの人のちょっと小うるさい喧騒の中で、ひとりの歌声が光っている。

「ふーん、オリジナル曲じゃないんだ」

 結束バンドでもちょっとしたお楽しみ的な空気だったのだろうか。それでもひとりは精一杯歌っていて、やっぱりそれは心地よかった。

 曲名は、《転がる岩、君に朝が降る》。

 聴きながら、リンは呟いた。

 もう一度、その言葉を呟いた。

「……ひとり、よかったね」

 

 

 








ちょっと遅れましたが、書けた!
本来ならあり得ない邂逅、その中でのそれぞれの想い。
お付き合いいただき、ありがとうございました……!
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