数刻前に日が沈み、街全体が夜の帳に覆われた頃エンジェル24へと足を運んでいた。少々買いたいものがあったのでソラに連絡して店を開けてもらう。
「えーと...お会計は7,058円になります」
「ありがとうソラ。それと、すまないな。こんな時間に店を開けてもらって」
「いえ!気にしないでください。本当なら毎日お店にいないといけないところを融通して貰ってるのはこっちの方ですから。これぐらいは当然というか、むしろもっと働いておきたいというか...」
「ふむ...以前話した時は事情があってお金が必要だと言っていたな。その後、どうだろうか?」
「どう...ですか?」
要領を得ないこちらの質問に?を浮かべているのを見て詳しく聞きなおす。
「あぁ、
「そ、そんな...!大丈夫です!たしかに勤務時間が減ったことで多少はお給料も下がっちゃいましたけど...先生もよく利用してくださってますし、生徒さんがお手伝いに来る日も多いですから。売り上げが増えてむしろトータルプラスです...!」
慌てた様子で大丈夫だと言い張るソラを見て、逆に心配になったが...本当に困ったときには相談してくれるだろう。そうれぐらいの信頼関係は築けていると思いたい。
「そうか...それなら良かった。また、なにか困ったことがあったら遠慮なく相談してくれ」
「はい!ありがとうございます!それにしても...珍しいですよね?先生がこの時間にお夕飯の買い出しをするなんて」
滅多に無い、どころか初めてのことに不思議そうな表情で首を傾げるソラ。
「あぁ、たまにはこういうのもいいかと思ってね」
「材料からして...すき焼きとかですか?」
「ほぅ...よく分かったな」
「えへへ...美味しいですよね、すき焼き」
以前食べた時の味を思い出したのか頬を緩めて感傷に浸るソラを見て、もしよければと誘ってみる。
「あぁ、もしよければご馳走しようか?」
「い、いえいえ!流石に悪いですよっ」
「私は気にしないさ。もっとも味の保証は出来かねるがね?料理は人並みに嗜む程度だからな...以前、台所を任されていたことがあったが」
風化しつつも確かに残っている記憶の破片に思いを馳せ、その懐かしさに僅かな痛みを感じた。
「...お料理、好きなんですか?」
なにかを悟ったのだろうか、どことなく遠慮がちに紡がれた疑問に優しく答える。
「というよりも、誰かが美味しそうに食事をする姿が好きなんだ。見ていて気持ちの良い食べっぷりだとさらに嬉しい...と、長話が過ぎたな。もう夜も更ける頃だ、帰る際は十分注意してくれ。必要なら近くまで送ってもいいが...?」
「えへへ、お気持ちは嬉しいですけど大丈夫です。うち、結構近いですから」
「そうか...ともかくありがとう。今後もよろしく頼む」
「はい、ありがとうございました」
(見た感じ一人で食べるには量が多いけど...誰かと一緒に食べるのかな?)
最近よくシャーレを訪れているらしい数人の生徒が脳裏をよぎるが、なんとなくしっくり来ず大きな背中を見送りながら、少しの時間ソラは一人考えに耽っていた。
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Side:便利屋68
グゥゥ...
「...」
グゥゥゥゥ...
「......」
グ「社長」
「...なによ、カヨコ課長」
「...言いにくいんだけどさ、“あれ”なんとかして欲しいんだけど」
困ったような、あるいは呆れたような表情でカヨコが指し示した方向では――
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
――口の端からよだれを垂らしながら鳴り止む気配のない腹の虫を必死に抑え込んでいるハルカの姿があった。
「あはは♪ハルカちゃんったらお昼のドカ盛りラーメンも私たちに遠慮してあんまり食べてなかったしねー。大丈夫?...といっても食べられそうなものって何もないんだけど。せめてカロリーバーぐらい残ってたらよかったんだけどねー...」
「うぐぐぐ...」
ムツキがアルの方を見ながら煽るように声をかける。
「い、いえ!これぐらい平気ですから。気にしないでくださ(グゥゥ...
「はぁ...どう見てもお腹空いてるのバレバレだから。別に見栄張って隠す必要ないでしょ?もうそれなりの付き合いなんだし、今更腹の虫がうるさいくらいじゃ何とも思わないよ」
カヨコの慰めにムツキも同意して言葉を続けた。
「そうそう、はぁーあ、それにしてもハルカちゃんじゃないけどお腹空いたよねー。お昼はたんまりご馳走になったけどさぁ?結局、そのあとの食後の運動が激しすぎてトントンって感じだし」
「想定よりもアビドスの連中が強かったね。バリケードとかも準備してあったし、こっちの襲撃がバレてたっぽい」
「屋上の狙撃も凄かったよねー。もしかしたらアルちゃんと同じくらいの腕前かも?」
「アルちゃんじゃなくてしゃ・ちょ・う!コホン、私の想定が甘かったのは認めるわ。まさか、あれだけ戦力差があったのにひっくり返されるなんて...でも、今回の襲撃で敵の情報は割れた。次は今日のようにはいかないわ!待ってなさい、アビドス!勝つまでやれば私たちが負けることはない...!依頼達成の日は近いわ!」
「流石ですアル様!」グゥゥ...
「...やる気があるのはいいんだけどさ、次の襲撃の計画を立てるにしても足りないものだらけだよ。前金は使い切ったし頭数も足りてない。予算も戦力もどうやって補填するの?」
「まずはハルカちゃんのお腹の虫を退治するところから始めないとねー♪」
リベンジに燃えるアルの様子を見てカヨコが冷静に返し、ムツキは楽しそうに煽る。
「あぅ...ご迷惑をおかけしてすいません...」
「うっ...社員を飢えさせるのはハードボイルドなアウトローの社長としてナンセンスだわ!待ってなさい、ハルカ!今すぐ近くのスーパーで値引きされたお弁当を買ってきてあげる!」
最早、いつもの勢いのいいネガティブさえ発揮できなくなりつつあるハルカの様子を見て、アルは事務所をひっくり返す勢いで探してようやく見つけた小銭を手にハルカを励ました。
「はぁ...もう結構遅い時間だし、ほとんどのお店は閉店後の後片付けまで終わってるよ。アビドスから帰ってくるのが思いのほか遅かったから」
「でも...ここで悩んでてもハルカのお腹はふくれないでしょ!行動あるのみ。任せなさい!これも私の想定内よ!」
「あはは♪社員が飢えるのを想定してる時点でアウトだけどねー」
「シャラップ!ムツキ室長、とにかく今は(ピンポーン)――ってこんな時間に誰かしら?」
突如として鳴り響いたチャイムの音に社長を除く全員が警戒心を抱いてドアの方に視線を向けた。ドアの向こうから続くアクションはない。今は割と切羽詰まっているので厄介ごとは後回しにして欲しいのだが...
「やっば、もしかしてもう見つかった?」
「こんな時間に?風紀委員なら包囲しやすい日中にやってくるはず。というか、インターホンなんて鳴らさずに砲撃してくると思うけど...」
「きょ、強行突破しますか?」
「...いや、とりあえず社長。ドアは開けずに応答して。ここのインターホンにはカメラが付いてたはずだから、誰が来たのか見てみよう」
「え?あぁ...うん、分かったわ...」
なにがあっても即座に戦闘に移れるように各々が静かに準備をしながらインターホンと繋がっているカメラの様子を確認する。するとそこには――
「夜分遅くに失礼。こちらは便利屋68の事務所で合っているかな?」
キヴォトスでは物珍しい大人の男性の姿があった。
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(ふむ...視たところ、特に罠の類が仕掛けられた形跡はないか。
とりあえず罠の類が確実に無いことが分かったので堂々とドアに取り付けられたインターホンを押す。暫し、沈黙の後...室内を移動する複数の気配を捉えた。おそらくインターホンに接続されているカメラを通してこちらの様子を窺っているのだろう。
「夜分遅くに失礼。こちらは便利屋68の事務所で合っているかな?」
『......こちらは便利屋68で間違いないわ。こんな夜更けにどのような用件かしら?』
ややあって帰ってきた声は昼の様子から判断するに社長を名乗っていたアルという少女だろう。
「私は最近こちらへやってきた者だ。一応、シャーレという組織で先生を名乗らせてもらっている」
『...噂の先生がこんなところまで来て何の用?』
声質が変わったな。この声はカヨコと呼ばれていた少女のものだろう。
「なに、少し聞きたいことがあってね。直接訪ねさせてもらった」
カメラにはっきりと映るように名刺を見せる。
「それと...あー、不躾も甚だしいが共に食事でもどうかと思ってね。昼の様子を見て君たちの食生活が心配になって来たというのも要件の一つだ。すき焼きなど、いかがだろうか?」
『グゥゥゥゥ...』
言葉よりも正確に正直な反応が返ってきた。微笑ましく思い、思わず笑みがこぼれる。
『...コホン、せっかく来てくれたのだから手ぶらで帰らせるわけにもいかないかしら。歓迎するわ先生、ようこそ便利屋68へ』
ガチャンと、ドアの鍵が開く音がして開けられた扉の向こうから興味、警戒、空腹と言った様々な感情を湛えた四対の瞳がこちらを射抜いた。
「こんばんは、こうして面と向かって顔を合わせたのは初めてになるかな?」
「?」
「アルちゃんアルちゃん、あれだよあれ、ほらアビドスの子達と一緒にラーメン食べてた...」
「あぁ...!なるほど、通りで見覚えがあると思ったわけね」
ひそひそと小声でフォローを入れるムツキの言葉にようやく合点がいった、と納得の声を漏らす社長。好ましくはあるが、いささか正直が過ぎるかもしれない...
「とりあえず上がってもらお社長」
「そ、そうね!...コホン、では改めて。便利屋68へようこそ、先生」
案内された室内は豪奢な調度品が華美になり過ぎない程度に揃えられており、見た者によっては威圧感を感じる事もあるだろう。
まぁ、既にこの子達の学生らしい姿を見ている身としてはこの程度のハリボテに騙されたりはしないのだが。
「ひとまず改めて自己紹介をしておこう。連邦生徒会所属 連邦捜査部シャーレに勤めているアーチャーだ。身の丈にはあっていないが、先生をさせてもらっている。よろしく頼む」
「えぇ、よろしく先生。私は便利屋68の社長をやっている
「便利屋68課長の
「便利屋68室長の
「べ、便利屋68平社員の
「よろしくお願いね先生。それで話と言うのは――」
「まぁ、待ちたまえ。それよりも先に食事にしてはどうかな?台所を貸してほしいんだが...いいかね?」
さっそく要件について催促しようとするアルを手で制してまずは食事にしようと誘う。先ほどもインターホン越しに誰かの腹の虫が鳴いていたし、すき焼きはそれほど時間のかかる料理でもない。腹を満たし、思考が正常に働くようになってから話をした方がお互い有意義に時間を使えるだろう。
「え、えぇ...あまり使っていないから凝った調理器具はないけれど、それでもいいなら」
「問題ないとも」
こちらの申し出にアルは困惑しつつも許可を出してくれた。やはり、根は真面目な娘のようだ。後ろ暗い仕事をするには根が真面目過ぎるのでは...?という疑問はいったん呑み込んで手早く調理に移った。
「...私も手伝うよ」
「助かる。少し待っていてくれ、すぐに準備する」
30分もすればぐつぐつと煮えた土鍋からは甘く、優しい上品な香りが漂ってきた。
グゥゥゥゥ...
ゴクッ
「お待ちどうさま。熱いからゆっくり食べるといい。すき焼きは逃げないからな」
蓋の開けた瞬間の皆の反応が初々しくて口角が僅かに上がる。
「こ、これが...すき焼き...!」
「うはー...すっごい美味しそう!」
「えぇ...?なんだか、昔私が食べたのより美味しそうな気が...」
「すごく手際が良かったけど、先生って料理とかするんだね?」
「嗜む程度さ。口に合うといいのだがね」
各々自由に鍋をつつく様子を静かに見守る。美味しそうに食べてくれている様子を見るに、どうやら口に合ったようだ。わいわいとはしゃぎながら楽しそうに食事をする便利屋の姿にこちらも嬉しくなる。
本当は1話でサクッと原作の流れに戻るつもりだったんですけど、思ったより長くなりそうだったので2話に分けました。
誤字脱字報告・感想等お待ちしてます