透き通る世界の無銘の弓兵   作:矛盾ピエロ

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プロローグ 第二話 突飛な世界

 

 意識の覚醒と共に聞こえてきたのは知性を感じさせる落ち着いた声音だった。

 

「...い。先生、起きてください。先生!!」

 

「そう声を荒げなくともしっかり聞こえているとも」

 

 閉じていた瞳を開き、声の主へと視線を向ければそこには艶のある黒髪を足首の辺りまで伸ばし透明感のある眼鏡をかけた聡明さを感じさせる少女だった。

 

「それならば良かったです。少しお疲れのようですね。申し訳ありませんが事態は急を要しますから、ちゃんと目を覚まして集中してくださいね」

 

 少女の言葉の通りなのだろう。どこか余裕のない表情で少女はその先の言葉をつづけた。

 

「もう一度、あらためて今の状況をお伝えします。私は七神リン、学園都市『キヴォトス』の連邦生徒会所属の幹部です。

 そしてあなたはおそらく、私たちがここに呼び出した先生...のようですが...」

 

「恐らく、か」

 

 懐かしさを感じる名前を名乗った少女が言葉に詰まる。きっとその辺りはおぼろげに記憶に残っている人影やこちらに来る前に見た夢に存在した少女に関係するところなのだろう。

 

 現状では、彼女――リンも詳細は知らないように見える。

 

「...曖昧な表現でお話したのは、私も先生がここに来た経緯を詳しく知らないからです。混乱されているのは分かります。

 私自身、こんな状況になってしまったことは非常に遺憾に思っていますので」

 

 よく見れば横に長く鋭く伸びた耳が慌ただしそうにぴくぴくと震えている。本人にも無意識の癖なのだろう、藪をつついて蛇を出す趣味はないため指摘はしないが。

 

「しかし今はとりあえず、私についてきていただけますか?どうしても、先生にやっていただかなくてはいけない事があるのです。

 そうですね...学園都市の命運をかけた大事なこと...ということにしておきましょう」

 

「それはまた目覚めて早々にずいぶんな重役を任されたものだ」

 

「それではこちらへどうぞ」

 

 リンに案内されるがままに清潔に保たれた廊下を進んでいく。すれ違う人などは無く、ただ規則的に床を叩く硬質な音だけが廊下には響いていた。

 

 エレベーターへと乗り込むとゆっくりと上昇し始める密室の中に入って初めて、ようやく彼女は一息ついた。

 

「ふぅ...」

 

 上昇し続けるエレベータがこの世界を俯瞰するに足る高度へと到達した時、改めてリンは口を開いた。

 

「改めまして『キヴォトス』へようこそ。先生」

 

 エレベーターが目的地へと着くまでもう少し時間があるだろう。そう判断してずっと気になっていた部分を指摘することにした。

 

「すまないが、その“先生”というのは止めてくれないか?あいにくと私は誰かに物を教えられるほど偉くはないのでね。できれば別の呼び方にして欲しいのだが...」

 

 その言葉にリンは有無を言わせず拒否した。

 

「そうは言われましても連邦生徒会長があなたを招く際にそのように呼称していましたから。それに今更変更はできません。幾つかの書類にはすでに記載もされていますし」

 

 この状況で私の仕事をさらに増やすのか?と言わんばかりの視線を向けられる。しかし、こちらも中々引き下がれない。

 

「ならせめて、代理としてくれないか?それぐらいの融通は利くだろう?」

 

「断固拒否します」

 

 困ったな...経験上、彼女のような手合いは頑固になってしまうとテコでも動かなくなってしまう。さて、どうしたものか...

 

 どうにかして“先生”という呼称を止められないものか思案していると、その思考を遮るようにリンが声をかけてきた。

 

「そんなことより、今はここの説明をさせてください。きっと先生がいらっしゃったところとは色々なことが違っていて、最初は慣れるのに苦労すると思われるので」

 

「続けてくれ」

 

「キヴォトスは数千の学園が集まってできている巨大な学園都市です」

 

 その言葉を事実であると認識させるようにリンの説明する向こうでエレベーターの透き通った窓からこの世界が眼下に広がっていた。

 

 たしかに、遠目ではあるがいくつもの校舎のような建物が乱立しているのが分かる。しかし、数千とは...とてつもない規模だな。

 

「そしてこれから先生が働くところでもあります。まぁ業務に関しては先生ならそれほど心配しなくてもいいでしょう。なにせ、あの連邦生徒会長がお選びになった方ですからね」

 

 連邦生徒会長。業務についても気になるところだが、先ほどから会話の中に出てくる渦中の人物について何か分かることがあればよいのだが...

 

「...それは後でゆっくり説明することにして、今は差し迫った問題について考えましょう」

 

 リンにこちらの考えが伝わったのかは分からないが、ひとまずは後の説明を待つしかなさそうだ。

 

 エレベータが目的地到着の合図を告げる。開いたドアの向こうでは多くの少女たちが慌ただしく動き回っていた。その中にどうしても見過ごせないものがあった。

 

 白を基調とした制服?のようなものに合うように塗装された()()は少女たち個々人によって大なり小なりの違いはあるが紛れもない凶器、銃火器だった。

 

 異様な光景に足が止まってしまった私に気づかず、目的地へと向けてリンはすたすたと気にした様子もなく歩いていく。

 

 立ち止まり続けるわけにもいかず見失わないようにその背中についていくと、道中で個性的な制服?に身を包んだ少女たちの一団に遭遇した。

 

「ちょっと待って!代行!やっと見つけた。待ってたわよ!すぐに連邦生徒会長を呼んできて!...うん?隣の大人の方は?」

 

 サイエンティフィックな服装に身を包んだ気の強そうな少女の声に流石に無視するわけにもいかなかったのだろう。リンは足を止めてうんざりした表情で少女たちに目をやった。

 

「主席行政官。お待ちしておりました」

 

「連邦生徒会長に会いに来ました。風紀委員長が今の状況について納得のいく回答を要求されています」

 

 気の強そうな少女に続いて、黒と赤で統一された改造済みセーラー服に身を包み腰のあたりから大きな翼の生えた少女と、大柄なバックを持ち風紀と書かれた腕章をつけた少女も声をかける。

 

 うすうす感じてはいたのだが私が元居た世界とは様々な事情が異なるようだ。

 

「あぁ...面倒な人たちに掴まってしまいましたね」

 

 少しだけ落とした声で耳を慌ただしく動かしながらそう呟いた。触らぬ神に祟りなし、ここは静観に徹するとしよう。

 

「こんにちは、各学園からわざわざここまで訪問してくださった生徒会、風紀委員会、その他時間を持て余した皆さん。

 こんな暇そ...大事な方々がここを訪ねてきた理由は、よく分かっています。今、学園都市に起きている混乱の責任を問うために...でしょう?」

 

 明らかに喧嘩腰な様子で物腰だけは柔らかいとこんなにも怒りが強調されるのか、と嫌な気付きを得つつ言葉を向けられた少女たちに視線を向けると特に怯んだ様子もなく言い返してきた。

 

「そこまで分かってるなら何とかしなさいよ!連邦生徒会なんでしょ!数千もの学園自治区が混乱に陥ってるのよ!この前なんか、うちの学校の風力発電所がシャットダウンしたんだから!」

 

 ...学園に風力発電が設置してあるのか?エレベーターで聞いた数千の学園という言葉に半ば疑問を抱いていたのだが、いったいこの地はどれほど広いんだ...?

 

「連邦矯正局で停学中の生徒たちについて、一部が脱走したという情報もありました」

 

「スケバンのような不良たちが、登校中のうちの生徒たちを襲う頻度も最近急激に高くなりました。治安の維持が難しくなっています」

 

 灰色の制服に袖を通し頭に羽飾りのようなものがある少女の口から出た言葉に懐かしさを感じた。スケバンなんてものがまだ存在するのか...

 

 脱走であったり、治安の維持であったり、おおよそ学生生活において無縁な言葉が次々と飛び出す現状に眩暈がしそうだな。

 

「戦車やヘリコプターなど、出所の分からない武器の不法流通も2000%以上増加しました。これでは正常な学園生活に支障が生じてしまいます」

 

 もはや言葉も出ん。リンもこの状況になにを思っているのか、先程から静かに彼女たちの愚痴を聞いている。

 

「...」

 

「こんな状況で連邦生徒会長は何をしているの?どうして何週間も姿を見せないの?今すぐ合わせて!」

 

「...はぁ。連邦生徒会長は今、席におりません。正直に言いますと、行方不明になりました」

 

 ...なんとなく覚悟はしていたが想定よりも事態は深刻だな。よもや行方不明とは。はてさて、どうしたものか...

 

「...え!?」「...!!」「やはりあの噂は...」

 

「結論から言うと『サンクトゥムタワー』の最終管理者がいなくなったため、今の連邦生徒会は行政管理権を失った状態です。

 認証を迂回できる方法を探していましたが...先程まで、そのような方法は見つかっていませんでした」

 

「それでは、今は方法があるということですか?主席行政官」

 

 黒セーラーの少女の質問にリンはこちらへと視線を向けた。当然、この会話の流れでそのように意味深な視線を向けてくれば他の少女たちの視線もこちらに集中する。

 

「はい。この先生こそが、フィクサーになってくれるはずです」

 

「!?」「!」「この方が?」

 

「ここで私か...あいにくと私も事態のすべてを把握しているわけではないのだが?それと私は先生では――

 

「ちょっと待って。そういえばこの先生は一体どなた?どうしてここにいるの?」

 

 気の強そうな少女に遮られ先生であることを否定できなかった。全く...間が悪いな。

 

「キヴォトスではないところから来た方のようですが...先生だったのですね」

 

「はい。こちらの先生は、これからキヴォトスの先生として働く方であり連邦生徒会長が特別に指名した人物です」

 

「行方不明になった連邦生徒会長が指名...?ますますこんがらがってきたじゃないの...」

 

 もっともな困惑に同調するように苦笑がこぼれてしまう。そうれはそうと挨拶をしておかなければならないか。

 

「アーチャーだ。よろしく頼む。それと、私は先生という職業には向いていないので代理ということで考えておいてくれ」

 

「と、言っていますが?」

 

「そのような事実はありません。代理ではなく、れっきとした先生ですので勘違いしないように」

 

 リンの断固とした拒否に阻まれ少女たちは私の言葉に納得はしてくれなかった。

 

「こ、こんにちは、先生。私はミレニアムサイエンススクールの...い、いや、挨拶なんて今はどうでもよくて...!」

 

 気の強そうな少女は根は真面目な娘なのだろう。律儀に挨拶を返そうとして雰囲気に流されそうになってからツッコミを入れていた。どうにも気苦労の多そうな娘だ。

 

「そのうるさい方は気にしなくていいです。続けますと...」

 

「誰がうるさいって!?わ、私は早瀬ユウカ!覚えておいてください、先生!」

 

 ユウカという少女はそっけない態度のリンの言葉を遮るように自己紹介を済ませた。

 

「よろしく頼む、ユウカ」

 

 急いでいるとのことで足早のリンについていきながら他の少女たちともそれぞれ自己紹介を済ませる。

 

 黒い改造セーラー服の少女がハスミ。

 風紀の腕章をつけた大人しそうな印象の少女がチナツ。

 灰色の制服に身を包み頭に翼のようなものを持つ白髪の少女がスズミというようだ。

 

 一行がリンについていく最中にもリンは話を続ける。

 

「...先生は元々、連邦生徒会長が立ち上げたある部活の顧問としてこちらに来ることになっていました。連邦捜査部『シャーレ』。

 単なる部活ではなく、一種の超法規的機関であり連邦生徒会所属のため、キヴォトスに存在する全ての学園の生徒たちを制限なく加入させることすらできる組織です」

 

 この少女たちは生徒ではないのだろうか?先程から飛び出す不穏な単語の数々に何度話を遮りそうになったことか...

 

 こういうのは本来であれば大人が黒い腹を探りあいながら運営するはずだが...そういえばここに来てからまだ一度も成人した人物に出会っていない。

 

『透き通る世界へようこそ。神秘に満ちた彼女たちの楽園で――』

 

 一抹の不安、嫌な予感に苛まれながらもリンの話に耳を傾ける。

 

「『シャーレ』は各学園の自治区で、制約なしに戦闘活動を行うことも可能です。なぜこれだけの権限を持つ機関を連邦生徒会長が作ったのかは分かりませんが...」

 

 (中々物騒な世界に送り込まれてしまったようだな...なにが休暇(バカンス)だ。落ち着いて昼寝もできそうにないのだが?)

 

 明確に出てきた戦闘という言葉に自らの過去を想起させられる。やはり、私に先生などという大層な肩書は重すぎる。

 

「シャーレの部室はここから約30km離れた外郭地区にあります。今はほとんど何もない建物ですが、連邦生徒会長の命令で、そこの地下に“とある物”を持ち込んでいます。私たちは先生をそこにお連れしなければなりません」

 

 そういうとリンは手持ちのタブレットでどこかへと連絡を取り始めた。

 

「モモカ、シャーレの部室に直行するヘリが必要なんだけど...」

 

「シャーレの部室?...あぁ、外郭地区の?そこ、今大騒ぎだけど?」

 

「大騒ぎ...?」

 

「うん。矯正局を脱出した停学中の生徒が騒ぎを起こしたの。そこは今戦場になってるよ」

 

「...うん?」

 

 トラブルというものは往々にして押し寄せる波のように次々と襲来することがある。

 

「連邦生徒会に恨みを抱いてる地域の不良たちを先頭に、周りを焼け野原にしてるみたいなの。巡行戦車までどっかから手に入れてきたみたいだよ?

 それでどうやら連邦生徒会所有のシャーレの建物を占拠しようとしてるらしいの。まるでそこに何か大事なものでもあるみたいな動きだけど?」

 

 どうやら今がその時のようだ。

 

「...」

 

 繋がれた通話口から聞こえてくる幼さの残る声で伝えられた頭の痛い事実にリンは少しの間呆然のとしてしまった。

 

「まぁでも、もうとっくに滅茶苦茶な場所なんだから、別に大した事な...あっ、先輩、お昼ご飯のデリバリーが来たから、また連絡するね!」

 

 ブツッ

 

 こんな調子で大丈夫なのだろうか...?通話の向こうの少女のあまりにも楽観的な調子に、連邦生徒会なる組織について疑問が浮かんでくるが...

 

「...」

 

 怒りのあまり小刻みに震え出したリンに少々慎重に声をかける。

 

「...大丈夫かね?」

 

「...だ、大丈夫です。...少々問題が発生しましたが、大したことではありません」

 

 現状では強がりにしか聞こえないがそれを指摘できるほど胆力のある者はここにはいなかった。

 

「...?」「な、何?どうして私たちを見つめてるの?」

 

 そして何かを考えるように少女たちへと静かに目線をやるリンを見て私の中々に長い経験がこの先の展開を予測した。

 

「ちょうどここに各学園を代表する立派で暇そうな方々がいるので、私は心強いです」

 

「...えっ?」

 

 突然のリンの言葉に固まってしまうユウカ達。

 

「キヴォトスの正常化のために、暇を持て余した皆さんの力が今、切実に必要です。行きましょう」

 

「ちょ、ちょっと待って!?ど、どこに行くのよ!?」

 

 有無を言わせぬリンを止められる言葉を持つ者はこの場にはいなかった。

 

 

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