皆さんもお気をつけて
~モモトークwithチナツ~
『お久しぶりです、先生。チナツです』
『私のこと覚えてらっしゃるでしょうか?』
『勿論だとも。シャーレを取り戻す際には世話になったな。ありがとう』
『いえ、私の出番はほとんどなかったですがお役に立てていたなら幸いです
...それはともかく』
『以前はバタバタしてきちんとご挨拶ができませんでしたので連絡させていただきました』
『わざわざありがとう。チナツはゲヘナ学園の生徒だったか...
近いうちに顔を出そうと思っているからその時はよろしく頼む』
『そうなんですね。その時はぜひ改めてご挨拶をさせてください』
『それではまた ~チナツ~』
『あぁ、連絡ありがとう。今後もよろしく頼む』
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チナツと連絡を取り合った翌日、いくつかの用事を済ませるためにゲヘナ学園の自治区を訪れていた。キヴォトスへと召喚されてまだ日が浅いが、それでも幾つか分かってきたことがある。
そのうちの一つが――――ゲヘナ学区はキヴォトスでもトップレベルに治安が悪いという事だ。
(ただ道を歩いているだけで片手では足りない程の騒動に鉢合わせることになるとは...)
それなりに早い時間にゲヘナの学区に入ったというのに昼近くになっても一向に学園へとたどり着けない。目に入った騒動に首を突っ込まずにはいられない自分の性分とこの学区の治安は最悪の相性のようだ。
(このままでは埒が明かん)
一度見通しの悪い路地に入り霊体化して一気に跳躍。そのまま屋根伝いに直線距離で学園を目指して駆けだした。
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無事、学園に着いて所用を済ませた後、せっかくなので学園内を見て回ることにした。これから何度も訪れることになるだろうし、校内がどのようになっているのか把握しておくのもいいだろう。
機密情報などを扱っている場所や自身の背格好が目立つ広い空間は避けたり、遠目に見るだけで留めて当てもなく校内を散策していると...偶然にも見覚えのある後姿を発見することができた。
火宮チナツは大量の書類の束を重そうに抱えながら静かに呟いた。
「はぁ...全く、キリがないですね...溜まっていく一方なのに、誰一人手を付けようともしないで...んしょっと――」
「代ろうか?チナツ」
「ひゃっ...!?って、せ、先生!?どうしてここに...!」
急に声を掛けられて驚いたチナツが勢い良くこちらに振り向いた。
「おっと...すまない、驚かせてしまったな」
「い、いえ...それは構いませんが...一体どうしてゲヘナに?」
「? 昨日連絡を取り合ったときに話しただろう?『近いうちに顔を出そうと思っている』と。もちろん、チナツに会いたかったというのも理由の一つではあるが」
「!?...た、たしかに近いうちにとは言いましたが、まさか昨日の今日でお会いすることになるとは思っておらず...えーっと、とりあえず少々お待ちください。
この書類を運んだら改めてご挨拶をさせていただきますから」
「まぁ、そう慌てる必要はないさ。それより先も言ったが代わりに持とうか?」
「い、いえ!持てない重さじゃないですし、先生にそんなことをしていただくわけには――」
「そうかしこまらなくてもいいさ。生徒に荷物を持たせて自分が手持ち無沙汰なままというのは居心地が悪い。せめて半分だけでも手伝わせてはもらえないだろうか?」
「...そうまで言ってくださるのなら、これ以上お断りするのはかえって失礼かもしれませんね。では半分だけ、お願いします」
「あぁ、任された...っと、見た目以上に重量があるな。これを一人で運ぶのは大変だっただろう」
「えぇ、おかげで助かりました。いくら紙でもこれだけの量が重なると見た目以上の重さになるんですね。次からはこんなに溜まる前に処理しておかないと」
「そうだな...それでこの書類はどこに?」
「あぁ、はい。私について来ていただければ。こちらの階段を下りて...そんなに遠くはありませんが、もし疲れたならおっしゃってください。私が持ちますから」
「いや、それは大丈夫だが...むしろこちらが心配だ。これだけの重量で両手が塞がったまま階段を使ったら転ばないか、とね」
「それはまぁ、そうかもしれませんけど...ふふっ」
「? 面白いことを言ったつもりはないのだが...」
「あっ、すみません。考えてみればそんなことを言われたのは初めてだなーと思っただけでして」
「...そうか」
「あっ、勘違いをさせてしまったかもしれません。キヴォトスでは普通に銃弾が飛び交っていますから、階段程度で心配をする人の方が珍しいんです」
「あぁ、なるほど。たしかに銃弾に比べたら...いや、どちらも危ないことには変わりないだろう」
「ふふっ、そうですね。ご心配ありがとうございます。でも大丈夫です。慣れてますから...それに今日は先生も手伝ってくださいましたし」
「この程度ならお安い御用だ。それにしてもこの量だ。誰かしら助っ人を呼んでも良かったと思うが?」
「あはは...先生ももうご存じかも知れませんがゲヘナはみんな個性が強いというか、派手好きというか...ともかく、こういう地味な仕事は好まれないことが多いんです。
誰もが避ける仕事ですので、私がやるしかなく...ずっとやっていたら慣れてしまいました」
「シャーレ奪還時の姿を見る限り、チナツは救護活動を得意としていたようだが...風紀委員では事務方をしていると?」
「いいえ?私の本来の担当はおっしゃる通り救護担当です。風紀委員の中にこういった書類を専門で管理する方はいませんから...誰もやらない仕事でも誰かがやらなくてはいけませんから」
「至言だな」
「も、もぅ...からかわないでください。地味な私には似合いの仕事というだけですから」
「そう卑下することも無いだろう。それにチナツは地味ではない。周りへの気配りも出来て仕事にも責任感を持てる、強くて優しい女の子だ」
「っ!...あ、あはは...そう面と向かって褒められると照れますね...そ、それよりも!こうしていても腕が疲れてしまいますから、早く書類を片付けてしまいましょう...!」
うっすらと赤みが差した耳を見ると、つい
「ふぅ...ここです、先生。ありがとうございます」
「この程度、生徒の為とあらばお安い御用だ。ところで今更だが、この書類は部外者の私が目に触れてもいいものだったか?機密情報に触れていないといいのだが...」
「ふふっ、ご心配なく。これらは全て雑務に関する書類ですから...それでは私はこちらを片付けますので。折角お会いしたのに残念ですが、また日を改めて――「もしチナツさえよければ」――はい?」
「折角の機会だ。最後まで付き合おう」
「で、ですが...」
「こういう時は頼ってもらった方が大人としても私個人としても嬉しいのだがね」
「えっと、その...すみません、こんなに優しくされるのは珍しくて。こういう時はどうすれば...?」
「遠慮せず厚意に甘えればいい。厚意に慣れていないというのなら慣れるまで毎日手伝いに来よう。慣れた後も変わらず手伝おう」
「...ふふふっ♪ありがたい申し出です...本当に。ですが、忙しい先生のお時間を私だけが独り占めすることはできません。先生にも迷惑をかけてしまいますし」
「そんなこと――「ですから」...」
「ですから、毎日とは言いませんから。お手隙の時で構いませんから、お暇な時だけでいいので...またこうやって一緒に...その、手伝っていただいても良いでしょうか?」
「もちろんだとも」
「ふふっ、ありがとうございます。いつも退屈なだけの書類整理も、今日は先生のおかげで退屈せずに済みました。それではまた...その、お暇な時にお願いします」
その後、チナツと二人嵩張った書類を何とか処理して帰路についた。帰り際、チナツの尖った耳がほんのり赤に染まっていたのは、きっと夕日のせいだろう。
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~モモトークwithチナツ~
『今日はありがとうございました、先生』
『こちらこそ楽しい時間だった』
『そう、ですか...?いえ、おかげさまで私もいつもの書類整理よりも退屈せずに済みました』
『このご恩はいずれ...いつか絶対にお返ししますので』
『あぁ、楽しみに待っておこう』
『では...その、これからもよろしくお願いします ~チナツ~』