「着いた!!」「はい」
『『シャーレ』の部室の奪還完了を確認しました。私も、もうすぐ到着予定です。周囲に注意しつつ地下へ向かってください。後ほど合流しましょう』
ユウカ達が任務達成を喜ぶ声とほぼ同時に無線越しにリンからも同じ報告が伝えられて、到着準備に移るために無線での連絡が切れる。
意識を無線から眼前の建物へと移す。外観的な特徴は特にないな。周囲の建物と比較しても、多少高さがあるぐらいか。長い間使われていなかったのか少し汚れが目立つ部分もあるが、まぁ事態がひと段落した後にでも掃除をすれば問題ないだろう。
人の気配は
「一度、手分けしてブレーカーを探さないか?幸いにもここを根城にしている不良生徒はいないようだし単独行動でも問題はないだろう」
「まぁ、たしかにがらんとしてますし...大丈夫かしら?」
「そうですね。道中で先生に単独行動が可能なだけの戦闘力があることも分かりましたから。私は問題ありません」
「ではいったん各自で探索に移ろう。リンがもうすぐ到着するとのことなので15分後には地下に集合してくれ」
『はい』
皆がそれぞれに行動し始めるのを確認して真っ直ぐに地下へと降りる。ここを根城にしている生徒はいないだろうが、地下に一人いる。恐らく、さきほどリンに教えてもらった今回の騒動の元凶だろうな。
薄暗い地下への道を足音を殺しつつ進んでいく。歩を進めるにつれて英霊として強化された聴覚がこれまでに聞いた覚えのない少女の声を拾い始めた。
「うーん...これが一体何なのか、まったく分かりませんね。これでは壊そうにも...あら?」
隠れて様子を見るべきかとも思ったのだが、屋内では派手な行動に移りづらいだろう。
当然、少女にもすぐに気づかれるわけだが、すぐに敵対されるようなことにはならなかった。
「こんにちは。こんな所に何か用かね?」
突然の遭遇に余程驚いたのか、少し呆然とした様子で立ち尽くしてしまっている。さて、どう声をかけるべきか...
「あら、あららら...あ、あぁ...し、し...」
「し?」
続きを促すように尋ねてみると――
「失礼いたしましたー!!」
「む...?」
随分と慌てた様子で狐面の少女は部屋から逃げ出してしまった。聞きたいことがあったんだが...リンから聞いた情報から推測する限り、ある程度好戦的な少女だと思っていたので逃げられるとは思っていなかったな。少女の行動に疑問を抱いていると、リンが部屋へと入ってきた。
「お待たせしました...何かありましたか?」
「...いや、問題ない。件のワカモという生徒は既にここを後にしたようだな」
「そうですか。そちらの件は私たちで対処しますから先生は心配なさらないでください。それよりも...」
スッとその場で保管されていたタブレットを差し出される。部屋に入った時から気にしてはいたが、ひときわ厳重に保管されていた
「こちらが連邦生徒会長が残したものです...幸い、傷一つなく無事ですね。受け取ってください」
差し出されたタブレットを受け取る。見た限り特殊なものではなさそうに見える。
「ただのタブレット端末のように見えるが?」
「はい。これが、連邦生徒会長が先生に残した物。『シッテムの箱』です」
(シッテムの箱、か...)
夢に出てきた聞き覚えのある単語だった。
「普通のタブレットに見えますが、実は正体の分からないものです。製造会社も、OSも、システム構造も、動く仕組みのすべてが不明。連邦生徒会長は、この『シッテムの箱』は先生の物であり先生がこれでタワーの制御権を回復させられるはずだと言っていました。
私たちでは起動すらできなかった物ですが、先生ならこれを起動させられると考えているのですが...」
リンの声音には不安の色が多く含まれていた。彼女たちがこれまで何度試してみても起動すらできなかったのなら、疑心暗鬼になってしまうのも仕方のないことだろう。
(まぁ、私自身かなり不安ではあるが...)
本来であれば私はここに存在しえないはず。こちらへ来る前に話したあの人影こそが、本来ここへ来るはずだった人物と仮定するならばリンたちにとって失望する結果にもなりうる。
「...では、私はここまでです。ここから先は、すべて先生にかかってます。邪魔にならないよう離れていますので、何かあったらお知らせください」
そう言うとこちらの返事も待たずに退室し、部屋には私だけが取り残される形となった。
「ひとまず
魔術による解析を試みる。こちらの世界に来てまだ半日ほど、製造会社などは見当もつかないが何か特異な構造があればすぐに理解るだろうと踏んでいたが...
「ハズレだな。少なくとも現状解析できる範囲では特出すべき点は見つからないか」
まぁ、悲観することでもあるまい。時間に追われているわけでもなし、謎があるならじっくりと調べていくだけだ。まずはこの「シッテムの箱」とやらを起動してみるか。電源ボタンを押すと、画面に以下の文章が表示された。
システム接続パスワードをご入力ください
「...パスワードか」
瞬間、脳裏に身に覚えのない文章が浮かんでくる。
「まったく...至れり尽くせりだな」
浮かんだ文章をそのまま入力する。
...我々は望む、七つの嘆きを。
...我々は覚えている、ジェリコの古則を。
「シッテムの箱」へようこそ、先生
生態認証及び認証書生成のため、メインオペレートシステムA.R.O.N.Aに変換します
瞬間、私の意識は抵抗する間もなく闇に沈んでいた。
「ここは...」
(固有結界!...いや、魔力反応が見られないということは違うな。そういえば召喚前に人影と会った時の空間に似ているか?あの場所とは別物と考えるべきなのか...?まぁ、それよりも気になるのは...)
教室のような空間で、ひとりの少女が机の上にうつ伏せになって眠っている。青と白のセーラー服に水色の頭髪、大きく白いリボンを頭頂部で結んだ少女は気持ちよさそうに寝言を言っている。
「くううぅぅ...Zzzz...くううぅぅ...Zzzz...むにゃ、カステラにはぁ...イチゴミルクより...バナナミルクのほうが...くううぅぅ...Zzzzzz...えへっ...まだたくさんありますよぉ...」
「幸せな夢の途中で申し訳ないが、起こす他ないだろうな」
肩に触れて軽く揺らしてみる。
ゆさゆさ
「うへ...うへ...ひへ!?」
ガタッという音と共に思いのほか、早く少女は目覚めた。むくり、と起き上がった少女だがまだ少し寝ぼけているようだな。寝ぼけ眼でこちらを見ている。
「むにゃ...んもう...ありゃ?ありゃ、ありゃりゃ...?え?あれ?あれれ?」
見慣れない男の登場に少女の脳がようやく動き出す。さて、なんと説明したものか。と、どのように口火を切るか悩んでいると少女の方からアクションがあった。
「せ、先生!?この空間に入ってきたっていうことは、ま、ま、まさか先生...?!」
しかし説明の必要もなくこちらのことをなんとなく認識している...のか?それとも発言の内容から察するにこの空間に入ることができる者を先生として認識するようになっているのか?
「その呼称には物申したいところだが...まぁ今はいい。それよりも君について教えてもらっても?」
「う、うわあぁぁ!?そ、そうですね!?もうこんな時間!?うわ、わあぁ?」
「落ち着きたまえ」
膝を曲げ、目線を合わせて諭すように声をかける。
「そ、そうですよね?!落ち着いて、落ち着いて...えっと...その...あっ、そうだ!まず自己紹介から!私はアロナ!この『シッテムの箱』に常駐しているシステム管理者であり、メインOS、そしてこれから先生をアシストする秘書です!」
どことなく音程の調子がずれたような声をしているがそれ以外は普通の少女のように感じる。
(彼女の今の言葉から察するにここはあのタブレット端末の中、ということになるのか?となると今の私は意識だけの存在?...まだ分からないことが多すぎるな)
現状をはっきりと把握できずに眉間にしわを寄せるこちらとは対照的にアロナと名乗った少女は嬉しそうに言葉を続けた。
「やっと会うことができました!私はここで先生をずっと、ずーっと待っていました!」
「...寝ていたのではなく?」
「あ、あうう...も、もちろんたまに居眠りしたりしたこともあるけど...」
「軽いジョークだ。そんなに重く受け止めないで欲しい。よろしく頼むよ」
「はい!よろしくお願いします!まだ身体のバージョンが低い状態でして、特に声帯周りの調整が必要なのですが...これから先、頑張って色々な面で先生のことをサポートしていきますね!」
なるほど、声に違和感を感じたのはそういう理由か。詳細は不明だが特殊な装置である『シッテムの箱』のメインOSである彼女がサポートしてくれるというのなら、デジタル方面では百人力と考えてもいいだろう。
「あ、そうだ!ではまず、形式的ではありますが、生態認証を行います♪うぅ...少し恥ずかしいですけど手続きだから仕方ないんです。こちらの方に来てください」
「これぐらいか?」
「もう少しです」
言われるがままに拳三つ分程度まで互いの距離を詰める。
「さぁ、この私の指に先生の指を当ててください」
指紋認証のようなものだろうか?目の前に出された指に重ねるように指を当てると画面のようなシステムチックなエフェクトが接触している指同士の間に現れる。認証が開始され、一連の行為についてアロナが説明してくれる。
「うふふ。まるで指切りして約束するみたいでしょう?実は、これで生体情報の指紋を確認するんです!画面に残った指紋を目視で確認するのですが...すぐ終わります!こう見えても目は良いので。どれどれ...」
思っていたよりもアナログな確認方法に少し不安がよぎるが水を差さずに見守る。
「うぅ...うーん...まぁ、これでいいですかね?...はい!確認終わりました♪」
「待ちたまえ」
流石に見過ごせなかった。
「え?」
「あー、その、なんだ...もう少しちゃんと確認すべきではないかね?どうにも手抜きのように感じられるんだが...」
「て、手抜きしてるみたいですって?えっと...そんなことありません!」
少し目を泳がせながらそう言われても...
「詳しくは知らないが、最近の機械は指紋認識ぐらいは自動でできるはずだ。そういう機能を使えばいいのではないか?」
「最近の機械は指紋認識ぐらいは自動って...え、1秒もかからないんですか?わ、私にはそんな最先端の機能はないですが...」
先程の言葉を撤回する必要があるかもしれない。この子、大丈夫だろうか?
「...そうか」
「そ、そんな能力なくてもアロナは役に立ちますから!?目でも十分確認できますから!...全然信じてないって顔ですね」
先程までは頼もしく見えていたが雲行きの怪しくなってきた現状に思わずアロナに疑いの視線を向けてしまったらしい。そこから少しの間、沈黙が流れる。
「...うぅ...」
ウルッ
潤んだ瞳に罪悪感を刺激される。
「だったらその最先端のナントカさんのところに行ってしまったらどうですか...?」
「...いや、すまない。恐らく私の勘違いだろう。謝るから機嫌を直してもらえないか?」
「くすん...」
それからはなんとか機嫌を直してもらえるように少し脱線して色々な話をした。年端もいかない少女の機嫌を取るなど、あまり慣れていないのだが...なんとか機嫌を直してくれた彼女にここへ来た目的について話ができたのは30分程の時間が経過してからだった。
「というわけなんだが...」
「なるほど...先生の事情は大体わかりました。連邦生徒会長が行方不明になって、そのせいでキヴォトスのサンクトゥムタワーを制御する手段がなくなったと...」
「連邦生徒会長についてなにか知ってることは?」
「私はキヴォトスの情報の多くを知っていますが...連邦生徒会長についてはほとんど知りません。彼女が何者なのか、どうしていなくなったのかも...お役に立てず、すみません」
「いや、謝ることはない。私もこちらに来たばかりだからな。これから協力して調べていけばいいだけの話さ」
「ありがとうございます先生!連邦生徒会長に関してはお役に立てませんでしたけど、サンクトゥムタワーの問題は私が何とか解決できそうです」
「ではよろしく頼む、アロナ」
「はい!分かりました。それでは、サンクトゥムタワーのアクセス権を修復します!少々お待ちください!」
ウイィィィィン――
どこか遠くで機械の駆動音のようなものが聞こえてきた。
「...サンクトゥムタワーのadmin権限を取得完了...先生。サンクトゥムタワーの制御権を無事に回収できました!今サンクトゥムタワーは、私アロナの統制下にあります。つまり今のキヴォトスは、先生の支配下にあるも同然です!」
「それは物騒な話だな。余所者の私が持っていても仕方がないだろう。制御権を連邦生徒会に移すことは?」
「はい。先生が承認さえしてくだされば、サンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管できます。でも...大丈夫ですか?連邦生徒会に制御権を渡しても」
「まぁ、それが目的だしな。頼む」
「分かりました。これよりサンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管します!」
「では、私も一度シャーレの方に戻ろうと思うんだが...」
「? どうかしましたか?」
「どうやって戻ればいい?」
「あぁ!それでしたら目を閉じて、こう...「戻れ~戻れ~」って感じで念じたら戻れますよ?」
「そうか...ありがとう。気になることはいろいろあるが...今は戻ることにするよ。では、また後でな」
「はい、先生!これから一緒に頑張りましょうね!」
言われた通りに試してみると、次に目を開いた時そこはシャーレの地下室だった。どうやらソファに座って気を失っていたらしい。傍らには『シッテムの箱』もある。天井に目をやれば照明がその存在を誇示するかのように煌々と室内を照らしていた。
皆を探しに行くために部屋を出ようとしたところ、無線越しに通話をしているリンが入ってきた。
「...はい。分かりました」
無線を切ると、リンは安心した様子で息をついた。
「サンクトゥムタワーの制御権の確保が確認できました。これからは連邦生徒会長がいた頃と同じように行政管理を進められますね。お疲れさまでした、先生。キヴォトスの混乱を防いでくれたことに、連邦生徒会を代表して深く感謝いたします」
「私は指示に従っただけだ。気にすることはない。それに、ここからが大変だろう?」
「えぇ、その通りです。ですがサンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に付与していただけたので後始末は私たちで対処します。あぁ、それとここを攻撃した不良たちと停学中の生徒たちについてはこれから追跡して討伐いたしますので、ご心配なく」
「まぁ、程々にな」
耳の震えが恐れではないことはすぐに分かった。ストレスの原因である不良生徒たちに対する風当たりが強くなることは想像に難くない。私はこれから地獄を見るであろう不良生徒たちに心の中で合掌した。
「それでは『シッテムの箱』は渡しましたし、私の役目は終わったようですね...いや、もう一つありますね」
「別件か?」
「いえ、シャーレについて説明しないといけないと思いまして。ついてきてください。連邦捜査部『シャーレ』をご紹介いたします」
そういうことなら、と言われるがままにリンの後をついていく。ユウカたちと違ってほとんど探索をせずに地下に向かったためじっくりと内部を観察してはいなかったが、多少埃っぽいぐらいで蜘蛛の巣が張るほど放置されていたわけではないらしい。これなら掃除も多少は楽だろう。
「ここがシャーレのメインロビーです。長い間空っぽでしたけど、ようやく主人を迎えることになりましたね」
「代理だがね」
「その冗談はもう聞き飽きました」
一縷の望みをかけて放った一言はバッサリと切り捨てられた。
ガチャッ、バタン
「そして、ここがシャーレの部室です。ここで先生のお仕事を始めると良いかと」
書類作業に向いた構造の部屋にはすでにいくつかの家具が設置されており、模様替えを一から考える必要はなさそうだ。しかし、こちらに来たばかりの私に仕事などあるはずもなく、これから何をすべきなのかは説明を受けていない。
「私はこれから何をすればいい?」
その問いにリンは少し考えこむそぶりを見せた後、こう答えた。
「...シャーレは、権限だけはありますが目標のない組織なので、特に何かをやらなきゃいけない...という強制力は存在しません。
キヴォトスのどんな学園の自治区にも自由に出入りでき、所属に関係なく先生が希望する生徒たちを部員として加入させることが可能ではありますけど...捜査部という名前に反して捜査する対象などは存在しないんですよね。その部分に関しては連邦生徒会長も特に触れていませんでしたし」
「つまり?」
「つまり、何でも先生がやりたいことをやって良い...ということですね。生徒会長本人に聞いて見たくても、連邦生徒会長は相変わらず行方不明のままですし...しいて言えば私たちは彼女を探すのに全力を尽くしているため、キヴォトスのあちこちで起こる問題に対応できるほどの余力がありません。
今も連邦生徒会に寄せられてくるあらゆる苦情...支援物資の要請、環境改善、落第生への特別授業、部の支援要請などなど...」
「凄い量の苦情だな...」
「もしかしたら、時間が有り余っている『シャーレ』なら、この面倒な苦情の数々を解決できるかもしれませんね」
正直、仕事に追われる経験はあまりないので勘弁してほしいところだが、このまま何もせずにのんびり過ごすという選択肢を取ることはできないのだろうな。
「まぁ、その辺りに関する書類は先生の机の上に後ほどたくさん置いておきますので。気が向いたらお読みください。すべては、先生の自由ですので」
「あまり自由な感じはしないがね」
「ふふっ、それではごゆっくり。先生のお力が必要な時には、またご連絡いたします」
そう言うと、他にやるべきことが山積みなのだろう。リンは足早に去っていった。
ひとまず、やるべきことは終わった。これから何をすべきか思案しながら窓の外を眺めると、ちょうどここに来るために協力してくれた少女たちの姿を見つけたので見送りのために外に出る。
「えぇ。サンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会が取り戻したことを確認したわ」
「ワカモは自治区に逃げてしまったのですけど...すぐに捕まるでしょう。私たちはここまでです。あとは、担当者に任せます」
外に出ると、それぞれの組織に今回の件で連絡を取っている所だったようだ。私の接近に気づいた彼女たちは騒動の収束に安堵した表情をしていた。
「お疲れさまでした、先生。先生の活躍はキヴォトス全域に広がるでしょう。すぐにSNSで話題になってしまうかもしれませんね?」
「君たちの協力のおかげだ。私一人ではこうも上手くはいかなかっただろう。今回は助かった」
「これでお別れですが、近いうちにぜひ、トリニティ総合学園に立ち寄ってください。先生」
ハスミの言葉に続いてスズミもペコリとお辞儀をしてくれた。
「私も、風紀委員長に今日のことを報告しに戻ります。ゲヘナ学園にいらっしゃった時には、ぜひ訪ねてください」
「ミレニアムサイエンススクールに来てくだされば、またお会いできるかも?先生、ではまた!」
「なにかあれば相談ぐらいは乗れるだろう。困り事があったら教えてくれたまえ。では、またな」
彼女たちがそれぞれの帰路へと分かれるのを見届けると、遠巻きにこちらを見つめている少女にも右手を挙げることで軽く挨拶をしてシャーレのオフィスへと戻る。
「あぁ...これは困りましたね...フフ...フフフ、ウフフフフ♡」
部室へと戻ると、まずは今回の功労者であるアロナと連絡を取るためにシッテムの箱を起動する。すると、画面に見覚えのある景色が映し出された。その中にはもちろんアロナもいる。
「あはは...なんだか慌ただしい感じでしたが...ある程度、落ち着いたみたいですね。お疲れさまでした」
「あぁ、助かった。アロナもお疲れさま」
「はい!でも、本当に大変なのはこれからですよ?これから先生と一緒に、キヴォトスの生徒たちが直面している様々な問題を解決していくのです...!」
「リンは気が向いたらで良い、と言ってくれていたが?」
「そうはいきません!先生にはどんどん活躍してもらいます!...単純に見えても決して簡単ではない...とっても重要なことですから」
どこか遠くを見つめながらアロナは最後に呟いた。
「それではキヴォトスを、シャーレをよろしくお願いしますね、先生」
「あぁ、こちらこそ」
「それではこれより、連邦捜査部『シャーレ』として、最初の公式任務を始めましょう!」
「まずは...」
埃を被りつつある部屋を見渡して最初の任務は決まった。
「シャーレの掃除、だな」
こうして私のキヴォトスでの生活が始まった。
こちらに召喚されてからまだ一日目だというのに非常に濃密な一日だった。今後、どのようにこの世界で行動するのか、まだはっきりとした指標はない。
『...まぁ、休暇みたいなものさ――』
人影の言葉が思い出される。
『私が信じられる大人である、あなたになら、この捩じれて歪んだ先の終着点とは、また別の結果を...そこへ繋がる選択肢は...きっと見つかるはずです。だから先生、どうか...』
次いで、夢で出会った少女の言葉が思い起こされる。
どのような結末をたどるのか、いまだ定かではない。ここには、聖杯も契約者も守るべき人理もない。
抑止の守護者でもなく、無銘の弓兵でもなく、ただの理想にもがいた愚かな男の成れの果て。
「もしかしたら――」
今度こそ、理想を成すことが出来るのでは?
そんなバカバカしい考えが頭を過ぎる。酷い話だ...古い鏡を、自ら持ち出すなど...
「まぁいい。決めるのはもう少し先でも問題ない。幸い、時間はあるようだしな」
透き通る世界で無銘の弓兵は一人、この先にある未来に思いを馳せた。
これにてプロローグ終了です。少し幕間を挟んだら第一章から時系列順に進めていく予定なんですけど、イベントってどのタイミングで挟んでいけばいいのか、悩み中です。