十等分して叩き割れ 作:漆さん
生まれた頃から、彼は妙なものが見えた。
それは、線分。自身の視界を範囲として、対象として認識した存在を十等分にした上で比率6:4の地点に結節点を造り出す。無論、その結節点も線分も彼以外には見えないし、そもそも認識できない。
この結節点をぶっ叩く事により、対象への強制クリティカルを叩き出せた。
だから何だ、という話なのだが。そもそも、そんな事が出来たとしても
強いて挙げれば、物心ついた頃から見えていた化物共への有効手段位か。それにしたって、状況が限定的過ぎる。人間に振るえば、まず間違いなく挽肉が一つ出来上がるだろう。
そんな異能を抱えながら、彼は毎日を生きていた。
転機はそう、高校進学を控えた中学最後の夏の事。
「遠い親戚?」
「そう。アンタの直接の血の繋がりって言うと遠いんだけど、結構昔は親しかったの。それで、最近会えてないね、って話になって向こうも時間が取れたから久しぶりに会わないか、ってさ」
「へぇ……俺の知ってる人じゃないんだ」
「もう十年ぐらいは疎遠だからね」
聞き返して何だが、彼は嬉々として語る父親に気のない返事。
正直、興味は無いのだ。
「今日じゃないんでしょ。んじゃ、俺は散歩にでも行ってくるよ」
「遅くならないようにね」
「分かってるって」
適当な返事。
その散歩の中で、彼は突如蓋の割れたマンホールへと落ちる事になる。
「あれ?」
買い出しの帰り道、ファリン・トーデンはふと気が付いた。
そこは、大通りから脇に逸れた路地の一つ。時折飲んだくれや、破落戸が屯していたりとあまりいい場所ではなかった。
そんな路地に、誰かが倒れていた。
「ん~~~?」
近眼であるファリンは、どうにかこうにか目を細めてその倒れた誰かを把握しようとする。
本来は放っておくべきだろう。だが、彼女は心優しい女性だった。それこそ、困っている人がいれば放っておけない程に。
荷物を抱え直して、恐る恐る彼女は路地へと足を踏み入れた。
左右の壁が高く、若干薄暗い路地。その真ん中でうつ伏せに倒れる誰か。
見慣れない格好だ。ベージュ色のズボンに、ダボっとした黒い上着。足に履くのは、見慣れない靴。
この地にやって来てそろそろ一年ほど暮らしているファリンだが、多くの種族を見た彼女をしてこの誰かの格好は見慣れない。
更に近づけば横を向いて目を閉じている少年の顔立ちは実に幼いものだった。
左手に荷物を抱え直してから、ファリンは恐る恐る少年の肩へと手を伸ばす。
「ええっと、大丈夫?」
「うっ……」
「あ、生きてる。もしもーし」
ゆさゆさ、ゆさゆさ。ファリンが揺すれば、少年の呻き声も徐々に大きくなってきた。
揺する事、五回目を数えた頃。
「……?」
うっすらと少年の目が開いた。
琥珀色の瞳が、ぼんやりとファリンを見上げてくる。ただ、意識がハッキリしていないのかぼんやりと眺めているだけのような状態だ。
しかし、気が付いたのならこっちのもの。ファリンはもう一度少年を揺すった。
「どこか怪我してるの?痛んだりする?」
「………………………………っ?」
「え、なに?」
何やら口元が動いて、掠れた声の様なものが少年の口から零れ落ちたが、ファリンの耳にはハッキリとは聞き取れなかった。
改めて口元へと耳を寄せて聞こえたのは、
「……天使?」
「え?」
そんな掠れた呟き。
面食らったように目をぱちくりとさせるファリン。癖で細めていた目を大きく開く彼女は、僅かに頬に赤を走らせる。
しかし、その言葉の意図を問う前に寝そべっている少年の意識が覚醒した。
目を見開き、そして勢いよく起き上がる。
「こ、こは……俺、マンホールに落ちて……」
両手を見下ろし、彼は自分のさっきまでの出来事を口に出しながら思い返す。
特別何かがあった訳ではない散歩道。その道中にあった何の変哲もない、マンホール。
その上に乗った瞬間、経年劣化か或いは別の要因か。とにかく、足元のマンホールは消えて、そして少年の身体はその穴の中へと落ちていた。
(何が起きたんだ?俺は、落ちて……夢?)
そう思いいたり、少年は自分の頬をつねった。
果たして、返ってくるのは中々に鋭い痛み。
「………………夢じゃない」
呆然と、呟く。最早彼の脳ミソは状況の理解を拒もうとしていた。
少年がこの場に一人だけだったならば、そのままもう一度今度は仰向けで入眠する事になっただろう。
だが、今は彼だけではない。
「あの、大丈夫?」
「ッ!」
逃避しようとしてた意識が引き留められる。
ファリンにしてみれば、目覚めた傍から挙動不審の少年を訝しく思う。だが、その琥珀色の瞳にあった一種の恐怖が彼を放っておくという選択肢を何処かへとやってしまう。
「私はファリン。貴方の名前は?」
「えっ……六井、長門……」
「む……?ええっと、どっちが名前なの?」
「あー、えっと、長門……の方です」
「そっか、ナガトね。それで、ナガトはどうしてこんな所に寝ていたの?」
「それは………………俺も、何が何だか」
ファリンの問いに、しかしナガトは明確な答えを示せない。
彼自身、気付けばここに居たのだ。そして、最後の記憶はマンホールへと落ちて閉まった事。
反射的に空を見上げれば、屋根に阻まれほど長い青空が見えた。
「ええっと、ファリン……さん」
「ファリンで良いよ?」
「じゃあ、ファリン。ここって、何処だか分かるか?」
「え?……ここは、“島”だよ。ダンジョンがある」
「島……それじゃあ、日本って知ってるか?」
「にぽん……?どこかの地名?それとも、国とか?」
「あー……」
ファリンの答えに、ナガトは右手を手元に置いて天を仰いだ。
何一つ理解は追いつかない。それでも
彼は今、異世界に居るのだ。