十等分して叩き割れ 作:漆さん
異世界。その認識を、六井長門はさらに強める事になる。
自分を見つけてくれたファリンに連れられて、路地を出た彼の目に飛び込んできたのは時代的に中世を過ぎた辺りだろうか、そんな街並み。
そして、見慣れな複数の人種。
肌の色ではなく、そもそも種族からして違うのだ。
(トールマン、ハーフフット、ドワーフ、エルフ、ノーム……肌の色で差別が無いのは良いかもしれないけど、その一方で種族間の確執あり、か)
どこでも、ヒトは争うな、と他人事の様な感想と共にナガトは顔を上げる。
彼の眼前に広がるのは様々な武器たち。
剣だけでも、片手で振るショートソードやブロードソード、グラディウス、レイピアなど。更に短ければ、マインゴーシュやソードブレイカー等といった変わり種。大型も、バスタードソードやロングソード、グレートソード等々。
ポールウェポンなども充実しており、一般的な槍や戦斧。東方大陸で見られる偃月刀なども置かれている。
ナガトが武具店を訪れたのは、ただの冷やかしではない。そもそも、彼が自発的にやって来た訳でもない。
事の発端は、少し前。彼がファリンに連れていかれた場所にあった。
@
「――――兄さん、ただいま」
「ん?遅かったな、ファリン。何か……うん?」
宿屋の二階。妹の帰還に兄であるライオス・トーデンは笑顔で出迎えて、そして首を傾げる。
彼が見つけたのは、妹の後を気まずそうについてきた黒髪の少年。
キョトンとするライオスに、ファリンはふんわりとした笑みを浮かべて後ろの少年を手で示した。
「紹介するね。彼は、ナガト。さっきそこで知り合ったの」
「どうも、六井長門です……なあ、ファリン。やっぱり悪いって。色々と教えてもらっただけでこっちとしては貰い過ぎなんだけど……」
「何言ってるの。今のナガト一人で置いていけないよ」
「でもな……」
渋るナガトを、ファリンは見た目にそぐわず結構な力でぐいぐいと引っ張る。
いまいち状況が飲み込めないライオス。しかし、今この場で押し問答を見続けても意味がない事は、鈍い彼にも分かる。
「とりあえず、中で話さないか?そこで押し問答をしていても周りに悪いしな」
「そうだね。それじゃあ、ナガト」
ライオスの提案に笑顔で手を差し伸べるファリンに対して、ナガトは絶望的な表情を浮かべる。
このおっとり女性は、見た目に反して図太い上にかなりパワフル。オマケにマイペースと来たものだ。
悪い要素ばかりのも見えるが、それらを押し通せるだけの愛嬌もあった。
あれよあれよと部屋の中へと案内されて、ナガトは椅子を勧められた。因みに、トーデン兄妹はベッドに腰掛けている。
「まずは、自己紹介かな。俺は、ライオス。ファリンの兄だ。ナガト、で良いのか?」
「あ、はい……えっと、ライオスさん」
「ライオスで良いよ。そっちの方が気楽だろ?」
「……それじゃあ、ライオス。ファリンにはさっき話してたんだけど、ソレを詳しく話させてもらう。まず、最初に言っとくのがこれからの話は、一切の虚飾も嘘も無い。疑ってもらっても、頭がイカレてると思われても良いから、とりあえず聞いてほしい」
そんな前置きをしてから、ナガトは語り始めた。
曰く、異世界の人間である
曰く、気付けばあの路地に居た
曰く、おそらく自分はこの世界で天涯孤独
曰く、戻れる目途は愚か、自分が何故こんな状況に陥ったのかも分からない
彼の話を聞いたライオスの表情は、唖然とも言うべきもの。一方で、ファリンは逆に得心がいったとばかりに何度か頷きを返していた。
「――――っと、まあこんな感じで。荒唐無稽で信じられないかもしれないけど……俺は嘘吐いちゃいないよ」
「…………スゥー……なる、ほど……いや、本気で理解できたわけじゃないんだけどな。異世界なんて言われても……ファリンはどうだ?」
「私?そうだなぁ……うん、ナガトって常識的な所も全く知らないみたいだったし、本当にそういう異世界から来たって言われた方が納得できるかな。格好も、兄さんや私とも全然違うし」
「あー……確かに」
ファリンに言われ、ライオスは改めてナガトの格好を見た。
見慣れない布地に、靴。ついでにポケットの中に入っていた
ライオスは、背中からベッドへと倒れて天井を見上げる。
「何というか、壮大だな」
消化しきれないモヤモヤを吐き出せば、そんな言葉になった。
ただ、
「うん、まあ……嘘じゃないんだろうな、と」
起き上がり、ライオスはそう判断を下す。
予め前置きをしていたのもあるが、色々と裏付け要素もあった。主に格好とか持ち物とか。
兄が頷く一方で、ファリンはずいっと前のめり。
「ナガトはこれからどうするの?」
「え?……とりあえず、冒険者に成ろうと思う」
「それは……」
「戦えるのか?」
ナガトの答えに困惑するライオスとファリン。
二人もまた、冒険者だ。そして冒険者というのは、危険が伴う。特にダンジョンへと潜る場合は、魔物との戦闘が必須。そうなれば、自衛も兼ねて一定以上の戦闘能力を必要とした。
ただ、その点はナガト自身心配してない。
「大丈夫。最低限は戦えるから」
その少年の言葉に、ジロリとライオスは彼の体つきへと目を向ける。
特別鍛えているようには見えない。体のラインが出ない様な格好であるから余計に、かもしれないがとにかく戦えるようには見えなかった。
しかし、ナガトとしてもここで引き下がるわけにはいかなかった。
戻れるにしろ、戻れないにしろ、手に職をつける必要がある。この世界では彼一人で立って生きていかねばならないからだ。
その点で言えば、元の世界よりも身を立てやすいとナガトは感じていた。
理由は、冒険者という職。何でも屋の要素が強いが、兎に角身元不明であっても何とかなるだろう、と。
故に、提案する。
「それじゃあ、証明する」
「証明?」
「魔物を連れて来いとかは言わない。そこに連れてけとも。代わりに、デッカイ岩とかぶっ壊しても良い様なものはないか?」
「急だな……うーん」
腕を組み、首をひねるライオス。
この島は、ダンジョンの出現によって多くの冒険者が流入する事で急速な発展を果たしている。だからこそ、下手な破壊行為は推奨されない。そもそも、どんな場所でも感情のままにぶっ壊す事は間違いだが。
「兄さん、迷宮の二層位までなら行けるんじゃないかな?」
「いや、無理は良くない。それに、ナガトが異世界人であると仮定してダンジョンの復活がちゃんと機能するかも分からないからな。出来れば、島内で済ませたいんだが……」
「そっか…………あ!」
何かに気付いたのか、ファリンが両手を合わせる。
「そういえば、宿の女将さんが少し前にもう少し畑を広げたい人が居るって聞いたよ」
「開墾かぁ……うん、それなら良いかもしれない。よし、ナガト……どうかしたか?」
方針が決まった、と顔を上げたライオスは首を傾げる。
というのも、ナガトが居心地の悪そうな顔をしていたからだ。
「いや、うん……俺から言い出したとはいえ、露骨に迷惑かけたのが申し訳なくて……」
「気にしないで、ナガト。私たちが心配してるだけなんだから」
「そうだぞ。出会ったのは偶然とはいえ、放り出したりしないさ」
お人好し。ライオスも対人能力が高い訳では無いが、それはそれとして良識はある。少なくとも、成人したばかりか、その前後といった子供を放り出す事はしない。
それに、妹であるファリンも気に入っている様子なのだから猶の事。
かくして、三人は村外れの耕作地へと向かう事になる。
「とりあえず、あの岩を頼むよ。退けてくれれば、水を引けるからね」
農夫に言われ連れて来られたのは、大きな岩の前。
185センチ前後のライオスをして見上げるほどの大きさだ。動かすには、文字通り骨が折れるだろう。
岩を見上げ、ナガトは自身の中にある力を練り上げる。
(問題ナシ……寧ろ、前よりも回しやすくなったか?)
なんでだ?と内心で首を傾げつつ付いてきてくれた二人へと振り返る。
「少し、離れといてくれ」
「良いけど……本当に大丈夫なのか?」
「自分で言った手前、責任は持つさ」
二人を下がらせて、ナガトは一つ息を吐き出した。
そして足を肩幅に開き、右足を一歩分後ろへと下げる。拳を握り、自身の力を練り上げながら彼は岩を見上げた。
(あそこか)
十等分して6:4の地点。そこを、渾身の力でぶっ叩く。
六井長門は知らない。彼の振るうその力は、彼の住んでいた世界で“術式”と呼称されるものであるという事を。
名を、“
彼の
本来は得物を持って行使する術式。だが、体術にも転用は出来る。そもそも、遠距離攻撃手段がない分近距離に特化していた。
拳を叩きつけられた岩は、盛大な音を立てて粉砕される。
一撃で、粉々だ。その光景には、トーデン兄妹も目を剥いた。そして先に復活したのは、ファリンだ。
「す、凄い!凄い!ナガト、魔法を使えたの!?」
「あー、いや……魔法じゃなくて、生まれつき使える力……みたいな?」
目を輝かせて詰め寄ってくるファリンに、若干上体を後ろにそらしながら両手を挙げて避けるナガト。詳しく説明できないのは、彼自身も
キラキラとした目で見てくるファリンに、ここまで女性に詰め寄られるような経験の無かったナガトはしどろもどろ。
そこに、再起動したライオスが彼の両肩に手を置いた。
「ナガト!」
「は、はい!?」
「俺はこれからパーティーを組もうと思っていたんだ!ぜひ!その力を活かしてみないか!?」
渾身の勧誘が行われる。
かくして、ナガトは勢いに押されるまま頷き、彼の装備を整えるべく冒頭へつながる。