十等分して叩き割れ 作:漆さん
ダンジョン探索に置いて、ネックになるのは食糧問題。
人は食わねば生きていけない。しかし、大抵の食べ物は常温保存には対応できない。
だからこそ、保存食の技術が求められる。ただ、この保存食もまた厄介な代物だったりするのだ。
「……はぁ、味気ねぇ」
野営の準備を進める中で、ナマリがぼやく。
ダンジョンに潜って二日目。食料は余裕を持って一週間分は用意しており、滞在予定期間は五日前後。
明日への英気を養うために、食事と睡眠は必須だがその内後者に関してはダンジョン内では完璧に行う事は難しい。
というか、無理。
そもそもダンジョンに持ち込める食材など、パン系、麦、干し野菜、干し肉、辛うじてジャム系。
酢漬けや塩漬けなどの、兎に角味が濃く量を食べるには躊躇うものばかり。
一応、水はダンジョン内で汲む事が出来る。持ち運ぶに越した事は無いが。
「まあ、塩漬け肉は体に悪そうだよね」
「だろ?酒の肴なら良いんだけどさ」
隣で作業をしていたナガトは、食料を見やる。
元の世界では口にする事の無かったものばかり。この辺は、少々不便に感じる。
だからだろうか、彼は口を滑らせた。
「…………料理すれば、少しはマシになるんじゃないか?」
「あら、ナガト君は料理が出来るのかしら?」
彼の呟きを拾ったのは、女魔術師のアシビア。男性に媚びるような雰囲気があるために、どうにもパーティ内の女性陣とは折り合いの悪い彼女。
ナガトとしても少々苦手な部類だが、無視する訳にもいかない。
「人並みかな。塩漬けの豚肉も、お湯を使えばある程度は塩気が取れるだろうし。何だったら、スープのベースにしても良い。鍋は俺が持ってる。六人分も……まあ、いけるだろうし。何なら干し野菜も入れれば、そっちも出汁……スープの素が出来る、筈」
食材は限られるが、それでも出来る事がある。特にスープ類は汁の部分まで飲んでしまえばそれだけで具材の溶けだした栄養素が摂取できるため栄養価が偏りがちなダンジョン内では適した料理だろう。
ハッと気づいても、もう遅い。
「よし、これからこのパーティの料理番はナガトに決まりだな」
ダンダンが任命し、
「ただ焼くよりもマシそうだ。任せた」
ナマリが肩に手を置いてサムズアップし、
「温かなスープ、期待してるわね」
アシビアが艶やかに微笑み、
「私も手伝うね」
ファリンが満面の笑みを浮かべ、
「迷宮で栄養バランスを考えた食事がとれるのは実に良い。任せても大丈夫か?」
ライオスも特に止めない。寧ろ、推奨してくる。
右手を顔に当てて、ナガトは自身の浅慮を呪った。しかし、後悔先に立たず。賽は投げられた。
「……味が悪くても、文句言うなよ」
諦めるほか、道はない。
*
塩漬け肉は、塩気を抜かなければ食べられない程塩っ辛い事がある。
しかしこれは、裏を返せば味付けを必要としないという事。そして、この面を利用すれば調味料の消費などを一気に押さえる事が出来た。
「…………よし」
グツグツと煮える鍋の前に座り込み、薄く濁ったスープの味を確かめてナガトは頷く。
鍋の中では、豚肉とそれからスープを吸って水気を取り戻した野菜たちが踊る。ついでに、仮設竈は二つ設置していた。もう片方に乗せられているのは、パン。
(米が有ったらもう少し違うんだけどな……あと、カレー粉が有ったら、買ってみるか)
ナガトが考えるのは、次の冒険の事。
不承不承とはいえ、料理番を引き受けた身だ。それならば、美味しいものを食べてほしいと思うのは当然の事だろう。
因みにカレー粉、もっというなら海軍式のカレーをナガトは考えていた。
詳細は省くが、長い航海を行う海軍では曜日感覚を失わないために、金曜日にカレーを食べる習慣があった。何故カレーなのかというと、コレは更に時代を遡る。
冷暗所での保存が可能なジャガイモや玉ねぎ、にんじんなどの野菜類を用いた料理として、メジャーだったのがシチュー。しかし、シチューを作るためには牛乳が必要で、こちらは長期保存が利かない。つまり、長い期間の航海には向かなかった。
そこで、シチューの具材に牛乳の代わりに、カレー粉を入れたのがイギリス式のカレーの始まり、という説があるのだ。
これに倣って、長期の航海を行う海軍にも伝わり、定着した、という話が合った。
ナガトもこの慣例に倣おうと考えての事。
問題は、
(カレー粉、あるかな………)
材料の有無。料理は趣味程度の腕前であるナガトからすれば、カレー粉の調合は少々難易度が高い。
勿論、元々食事を作る予定など無かったのだから食料品を扱う店で隅から隅まで陳列された商品を見た訳ではない。希望はまだある。
今後の事を考えながら、パンの様子を確認してナガトは顔を上げた。
「一応、出来たけど」
「おっ、そうか。皆、少し来てくれ」
ライオスがそう声を掛ければ、各々くつろいでいたパーティメンバーがやって来る。
「結構、良いニオイがするのな」
木の器を受け取って、ナマリが呟く。
注がれたスープは半透明で、肉が少なく野菜が多め。それから、もう一つの器に焼き立てのパンが乗せられた。
更に、
「よいしょ、っと」
パンを退けた仮設竈の上に、小鍋を置いて放り込むのは葡萄酒。
そして始まる食事の時間。熱々のスープは、一口すすれば丁度良い塩気と各種食材から出た旨味、それからいざという時の為にナガトが揃えていた香辛料がちょうど良い味。
パンは焼き立てでバターなどは無いが、それでも塩気のあるスープと一緒に食べればちょうど良い塩梅となる。
「ん、旨い」
スープを啜り、ダンダンが頷く。他の面々も好感触。
メンバーの反応を尻目に、ナガトは小鍋に小ぶりなチーズの塊を放り込む。
柔らかくなったチーズを、葡萄酒で溶かしてしまうのだ。出来上がるのは、チーズフォンデュ。
「わぁ……!ナガト、それってチーズフォンデュ?」
「そう。試作ついでに。本当は、古くなったパンなんかを消費する時に作ればいいんだけど……まあ、ぶっつけ本番は失敗が困るから」
ファリンへと答えながら、ナガトはパンを溶かしたチーズへと潜らせた。
トロリと蕩けるチーズが絡むパン。それだけでも実に美味しそうだ。
「ん…………うん、上手くいったか」
もぐもぐと口の中に広がるチーズの味を堪能しながらナガトは頷く。
試作は大事。ぶっつけ本番の創作料理で完璧なものが仕上がる事はまずあり得ないのだから。
「私も食べて良い?」
「勿論」
「それじゃあ、俺も」
ファリンに続き、ダンダンもパンをチーズに通して頬張る。
一方で、ナマリはスープのお代わりを注いでおり、概ね好評な夕食となった。
「はぁー……食った、食った。まさか、迷宮の中で真面な食事にありつけるとは思わなかったよ」
満足そうに頷いたナマリに、一同も頷く。
限られた食材に加えて、そもそも料理する事自体が突発的だった。その上で、真面に食べられる上に、食料を計算した上で作らなければならないのだから、無茶ぶりにもほどがある。
それでも期待に応えるだけのものが出てきたのだから、評価も上がる。
「期待されてアレだけど、凝った料理は無理だぞ?保存食は長持ちするけど、その分調理の幅が狭すぎる。今回みたいなスープ系の煮込み料理か、辛うじて炒め物か。揚げ物系は無理だ。油が足りない上に、そもそも卵が無い」
チーズを溶かした鍋を洗って戻ってきたナガトが、自身の寝床に腰を下ろしながらそう告げる。
保存食は、言うまでもなく長期保存を目的とした食べ物だ。その用途は、美味しく味わうのではなく長い時間が経っても食用に堪えうる状態を保つ事。
一応、味も研究されているが、やはり重視されるのは保存期間の長さばかり。
「ダンジョンの中で、食糧確保って出来ないもんか」
「うげぇ、それって魔物を食うって事か?やめとけ、止めとけ。年に何人か居るけど。そいつら基本的に腹下してるから」
「………まあ、調理法も何もないもんな」
ダンダンの言葉を受けて、ナガトも頷く。
その頭の隅では、倒してきた魔物たちを思い浮かべており、ついでにふと思う。
(…………調理、できなくもない、か?)
後のフラグである。