TS死霊令嬢ちゃんのごたごた転生探偵日記   作:銀髪幼女

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日記をつけたことがある人ならわかるはずです。一番最初のページに後から何かを書き足したくなるあの気持ちが。


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 今でもたまに思い出す、不可解なことが一つだけある。

 それは、私がこの仕事を始めてから数えてもただの一度しかないことで、未だに答えの出ない終わらない問いでもあった。

 

 私は結局、それらの原因を理解することなく死ぬことになりそうだが、もし仮に死んだあと、彼女と同じ結末を迎えられるのなら、死ぬことも悪くはないと思う。

 

 常に絶え間なく、何者かの声が耳の中を蠢いている状況を、想像できるだろうか。

 耳朶を撫でる春風や、鼻腔をくすぐる秋香のように、延々と誰かの慟哭が脳中を木霊して回る状況を。

 

 想像できるだろうか?

 それが生きているのか死んでいるのかもわからない。ただそこにいるだけなのか、何かを訴えているのかもわからない。

 そもそも、何を言っているのかさえ、よくわからない。

 

 そんな状況を、人々は果たして、想像することができるのだろうか。

 

 ***

 

「……探偵さん、」

「ああ、言わなくてもわかっている。ここの()()は、他とは全くの別物だ」

 

 感覚的に言えば、黒い靄のような物が建物全体を覆いつくしているような感じだ。

 そこから、悲鳴とも喜劇的な叫びとも捉え難い、何者かの慟哭が響いている。

 

「中で何が起きているか、想像できますか?」

 

 隣の少女が、艶やかな白髪を小刻みに震わせた。

 その声もわずかながらに震えていて、赤い瞳は俯きがちに、その長い睫毛だけをのぞかせている。

 

「リア」

「……はい」

「私と一緒に中に入るか、ここで待っているか、選べ」

 

 無情な選択肢だろうかと、言い終えてから軽く後悔したが、リリアはそんな不安には気付かない。

 すぐに、「ついていきます」とだけ返事をして、ぎゅっと私の手を掴んだまま離さなかった。

 

「いいか、リア。彼らは、怖がる人間の心に入り込んでその精神を操る。つまり、今の君は格好の的だ」

「……わかっています。ですが、」

「別にここで待っててもいい。この屋敷は、他の場所と比べて、見るからに霊力の濃さが段違いなんだ」

「それでも、着いていきます」

「……そうか。なら、私に殺される覚悟をしておけ」

 

 大抵、霊障に精神乗っ取られた人間は、その肉体を潰さない限りこの世に帰って来たりしない。

 だがそれ以上に、霊障が体を持ち主に明け渡すのは、決まって主が完全に息絶えてからだ。つまり、霊障に精神を乗っ取られた時点で、その人の死は確定しているのと何ら変わらない。

 

 もし仮にリリアが乗っ取られれば、私は彼女を殺さなければならない。

 それは、まだ数回程度しか共に霊障の対処に向かっていないとしても酷な選択だし、何より、そんなことは決してしたくない。

 

「わかってます」

 

 彼女を守りつつ、この霊障の核、つまり、未練を残して死んだ魂を駆逐する。

 今回の対処は、決して普段通りとはいかない。きっと難しくなるだろう。

 

「何かあったら報告すること、どんな些細な事でも、だ」

「はい」

「行方不明者の数を見るに、この屋敷には既に、霊障に乗っ取られた操り人間がうようよいるはずだが、見つけ次第全員迷わず殺す。いいか?」

「……わかってます。彼らは人間ではなく、ただの幻覚です。悪い夢は、断ち切らなければなりません」

 

 ***

 

 私たちは探偵だ。主に、既に死んだ誰かに関係している不可解な現象や、それに伴う複雑怪奇な事件を解決するための。

 

 しかしそれは同時に、霊障を対処することを含ませる。

 

 そもそも死んだ人間の魂が消えずにその場に残るというのは、その魂がこの世に未練を残していることを意味している。

 ただの未練。例えば最後に一口だけ酒を飲みたかったとか。

 そういう些細な未練の場合、大抵は話が通じるし、彼らが求めている物を持って来たり、かなえてやったりすればすぐに消えてくれる。

 

 だが問題なのは、そうじゃない魂だ。

 

 例えば、誰かに殺された人間の、憎悪に染まった魂。

 あるいは、恋人に裏切られた末に死んだ人間の、同じく憎悪に染まった魂。

 

 黒い感情に染まっている魂は、決まって環境に悪影響を及ぼすのだ。

 

 しかし、人々はそれらを視認したり、把握したりはできない。

 ある日を境に頭の中に何者かの声が響くようになり、ふつと自我が消える。

 

 そのあとは、霊障に体を乗っ取られ、彼らが生前成し得なかった悲願を果たすための道具になり果てるのだ。

 

「そしてリアは、その中に属する比較的優しい霊に体を明け渡す役回りをしてもらう」

「え……?」

 

 リリアが不満そうな声を上げた。

 それもそのはずだ。よく考えたらさっき、霊障に体を乗っ取られた時点で死んだと変わらんって話をしたばかりだった。

 

「——あーいや、安心して。もし仮に完全に乗っ取られたとしても、私がどうにかできるから。ただ使いすぎると疲れて私まで乗っ取られちゃうからって理由で、一般の人には使わないだけで」

「えっと、どういう方法をとるんですか?」

「それは、ほら。簡単だよ。霊障とリアの体を無理やり引きはがすの」

 

 簡単に言えば、乗っ取った魂に対してその体に居続けるのをやめさせればいいのだ。

 つまり、乗っ取られた人間の体内に無理矢理私の魔力を注いで、霊障に自主的に離れてもらうというわけ。

 

 これに失敗すると彼女を殺さなくてはならなくなるが、そうなった場合の奥の手も用意してあるから多分大丈夫だ。

 

 まあこの辺は勝ち9割のギャンブルといったところか。

 

「まあでも、もうこの仕事を三年は続けてるけど、未だにそんな状況にはなってないから多分大丈夫だよ。もしなりそうになっても相手の出方次第ではその場で潰しちゃえばいいし」

「は、はぁ」

 

 怖がらせてしまったみたいだった。

 

 私としても、彼女がいなくなるのは少々困るから、優しくしなければならない。

 何故なら彼女は、感覚的に、霊障の核がどんな魂なのかを把握することができるからだ。

 

「大丈夫、なんですよね……?」

「……うん。じゃあ、進もうか」

 

 ***

 

 この建物は、一般的な貴族の別荘くらいの大きさだ。

 といっても伝わらないだろう。よりわかりやすく例えるなら、中規模のマナーハウスか。それでも伝わらないだろうが、日本で言う中世封建時代の屋敷の、平均よりちょっと大きい程度の大きさの屋敷だ。

 

 だが、その中はほとんど別世界だった。

 屋敷としての形は保っているものの、所々崩れたり、時折天井が落ちて来たり。

 外から見た時の印象で言えば小奇麗なのだが、手放されてからまだ数週間しか経っていないというのに、中の趣だけで言えば500年くらい経っててもおかしくない程に幽霊屋敷然としている。

 

「霊障の核はどこにいるんでしょうか」

「わからない。とりあえず声のする方向に向かって進んではいるけど、その方向があちこち変わってくから混乱する」

 

 もう中に入ってから一時間ほどは立っているのだが、未だに核の手がかりすらつかめないでいた。

 

 だが、核が定まらないのは特に問題ではない。

 どちらかというと、その核が私たちで遊んでいるような印象を覚えることの方が焦りを募らせる。

 

 もし仮に愉快的な霊障なのだとしたら、さっきから同じ道を行ったり来たりしてるのにも納得できるし、何より、ただ遊ぶことが目的ならしばらくはここから出してくれないからだ。

 

「こんな感じの霊障、前にもありましたよね……? あの子は、私たちで遊んでるのでしょうか?」

「多分ね。えっと、その核になってる子の素性ってわかった?」

「はい、ちょっと前につかめました」

「どんな子だった?」

「えっと、前の持ち主の子供で、10歳くらいの女の子です。あとは、少し寂しがり屋な印象があります」

 

 なるほど。つまりそれが本当だとしたら、この騒ぎはその子の人と触れ合いたいという欲求を満たすための物であると考えられる。

 暗がりの中を歩くには少々危険すぎるような足場の不安定さだが、リリアはひょいひょいと歩いている。

 

 怖がりであることを除けば、天性の才があるだろう。

 

「わかった。じゃあ、今からその子をおびき寄せるから、ちょっと下がってて」

「……わかりました」

 

 そういうと、リリアはおとなしく下がった。

 

 私は、地面に向けて手をかざして、反響音を伝い屋敷全体を把握していく。

 霊力という魔力の亜種みたいなのを感じ取れると、こんなこともできるらしい。

 

 貴族だった頃の私には想像すらできなかったものだ。が、使いこなせるんだからそれでいい。

 

 といっても、全てを正確に判断することができるわけではない。屋敷全体のおおまかな環境と、それぞれの場所にいるであろう霊障物、つまり霊障が関係しているであろうモノの強さを把握できるだけだ。

 

 だがそれでも、有効的ではある。

 

「うん、この屋敷には、多分あと10数人の従者と思しき人がいる。けど、全員が霊障に操られてるみたい。リアは、とりあえず私についてき、」

 

 振り返ると、リリアは既におらず、代わりに終わりのない長い廊下が暗闇の彼方まで続いているのが見えた。

 

 これはまずいと走り出したときには、既に手遅れだった。

 

 ***

 

「……あ、探偵さん」

 

 次に私が見たリリアは、体の至るところに血痕を残し、廊下にぺたりと座り込んでいるところだった。

 その周りを操られた従者の死体だらけにして。

 

「……無事だったのか」

「この通りに」

 

 さらには、霊障の主であろう齢10歳ほどの少女と一緒に座って、何かを話しているところだった。

 

「この子は霊障の主で間違いない?」

「それは……。一応特徴には一致してるけど、主かどうかまでは、」

 

 リアがそういうと、霊障の主が、紹介に預かった! とでも言わんばかりの自慢げな顔をして、私に向き直った。

 

「あたしになにかようか?」

「……いや、君に用があるわけじゃない。私はただ、君が連れ去ったこの女の子を探してただけだよ」

「ほう? それなら、あたしに感謝するんだな」

 

 一瞬、霊障の主(?)が何をいっているんだと不快になったが、次の瞬間には、その不快感は消し飛んでいた。

 リリアも満足げな顔をして、ただの零体であるその少女を人間と話すのと変わらない態度で接している。

 

「あたしがリアを連れて行かなきゃ、こいつはこの従者たちに殺されてたんだぞ」

 

 私を非難するような目を向ける霊障の主に、私はもう何がなんだかわからなくなっていた。

 

 ***

 

 結局のところ、リリアの話と霊障の主——もとい、シュナの話をまとめると、シュナはもともとあの屋敷に住み着いていた霊魂で、ある日から突然別の霊魂が屋敷の中をうろつくようになったからその対処に当たっていたらしい。

 

 それがもう少しで終わるという時に私たちが屋敷に押し入ってきて、注意を凝らしたところリアが襲われかけたから、とっさに助けたと。

 

 そういう事らしかった。

 

「つまり君は、私たちが探している霊障の主ではないと?」

「その霊障の主ってのが何なのかは知らないけど、少なくとも一番強そうなやつは最初の頃にやっつけた」

「……だから、探偵さんの言う通り、屋敷はとても危険な状況にあったけど、私たちが対処に当たる前に全部シュナが終わらせてて、私たちはその残った残滓とシュナの気配をたどって屋敷の中を歩いてたってことです」

 

 つまり、してやられたってことだ。

 でも、だとしたらまだ一つ疑問が残る。

 そもそも、霊障と呼べるような物を引き起こせるモノは、基本的には、それらが発生した場所からは離れられない。さらに言えば、それを一人で鎮圧できるような力を持ったシュナなら尚更だろう。

 

 なのに。

 

「どうしてシュナは屋敷を離れられたの?」

 

 シュナと私たちがいるのは、馴染みのある城塞都市リンネの冒険者ギルドだった。

 

「え? もしかして、普通は同じ場所を離れられないのか?」

 

 シュナが心底以外、といった顔つきで続ける。

 

「うん、霊障は恨みとかの未練が原因で起きる物だから。逆に言えば、それ以外の霊魂はそもそもこの世に残らずに魔力に変換されて消えちゃうんだ」

「んーでも、そもそもあたしは霊魂なのか? 死んだ記憶がないんだが」

「それは、」

「……探偵さん、わからないことを話しててもどうしようもないので……。えっと、シュナはこれからどうするんですか?」

 

 リアが話を変えて続ける。確かに、何もわかっていない二人が話していても、収穫できるものなんかないだろう。

 

「どうするって、決めてないけど」

「それを今決めようって言ってるんです」

 

 むすっとした声が響く。人相手なら伝わる不機嫌も、霊魂相手では伝わらないのだろうか。シュナは特に気にした様子もなく、それでいて何かに悩む様子もなく続けた。

 

「んー、せっかく外に出たんだから、しばらく周りを見て回りたいよな。その辺をぶらついた後、しばらくしたら屋敷に戻るよ」

「……そっか。まあ、シュナが誰かに危害を加えなそうってのはわかるからそれでいいよ」

「私は、考えを尊重します」

 

 ***

 

 とか、そういう感じで話がまとまった。

 思い出せるのはこの辺りまでだ。

 私が探偵として霊障をどうにかし始めてから、それなりに時間が経っているし、リリアを連れてそれらをどうにかし始めてからも、割と時間が経っている。

 

 事の詳細を思い出せるほど、記憶力がいいわけでない。

 

 ただ、一つわかっているのは、これを最後にもう何年もシュナとはあっていないし、結局、あの屋敷の霊障の主が誰だったのかも定かではないという事だ。

 

 それでも、依頼主から後日談はないし、私たちもそれを気に留めたことはない。

 

 いや、あるいは、シュナが依頼主を黙らせた可能性だってある。だが、それらをどうこう考えるのはやはり無駄だ。

 私は私として、ただ来た依頼をこなすだけに留めたい。

 

 ほら、思い返せば、次の依頼がすぐにやってくるのだ。

 

 この日記も彼らの慟哭と同じだ。

 何故なら、これから先何通もの依頼をこなす度に、増えては、絶え間なく続いていくのだから。

 

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