劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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100話&原作上巻終了! 狙った訳じゃないんですがね。


夜遅くの呼び出し

 第一高校の三日目の成績は、男女ピラーズ・ブレイクで優勝、男子バトル・ボード二位、女子バトル・ボード三位。

 第三高校が男女ピラーズ・ブレイクで二位、男女バトル・ボードで優勝と言う結果なので、前日よりは両校のポイントは接近していた。

 新人戦のポイントは大局に影響しないと言う摩利の予想は、一先ず外れた形となった。

 明日の新人戦に備えて、CADのチェックをしていた達也の端末に、真由美から呼び出しが入った。こんな遅い時間に何の用だと首を傾げながら一高に割り当てられたミーティングルームへ足を運ぶと、扉の前でバッタリと深雪に出会った。

 

「お前も会長に呼び出されたのか?」

 

「お兄様もですか?」

 

 

 真由美の用件を、妨害工作に対抗する為には如何するのが良いかの話し合いだと思っていた達也は、深雪の姿を見て自分の考えは外れたなと思った。その話し合いにおいて、深雪が参加する必要性が達也には感じられなかったからだ。

 

「行くか」

 

「はい」

 

 

 世の中には、考えれば分かる事と、考えても分からない事がある。そして考えても分からないのなら行動するしか無い。達也と深雪はミーティングルームへと足を踏み入れる事にした。

 

「失礼します」

 

 

 重々しい空気を感じながら、達也と深雪はミーティングルームへ入る。中には真由美、克人、鈴音と何故か安静にしてなければならないはずの摩利が二人を待っていた。

 

「ごめんなさい、明日の準備は終わった?」

 

「いえ、まだもう少しかかるかと」

 

「そう……達也君まで呼び出す形になっちゃってホントゴメンね」

 

 

 真由美の言い方から、この呼び出しのメインは深雪だと言う事が分かった。

 

「二人には少し大事な……少しじゃないわね。かなり大事な話があって来てもらいました。リンちゃん、説明してくれますか」

 

 

 口調は改まっていても、鈴音を呼ぶときは「リンちゃん」なんだなと、達也は内心呆れていた。だがそんな事を言って時間を無駄にするほど、彼にも余裕がある訳では無いのだ。

 

「今日の成績は二人共知ってると思います。アクシデントこそありましたが、当校のポイントはほぼ当初の計算通りです。ですが、三高が思った以上にポイント差が詰まっています。とは言っても、まだ十分なリードを保ってますので、新人戦で大差を付けられなければ本戦のモノリス・コードで優勝すれば十分総合優勝を果たせます」

 

 

 鈴音の説明を聞きながら、達也は何故この部屋に呼ばれたのかに検討が付き視線を摩利と真由美に移す。二人は若干イタズラっぽい笑みを浮かべながらも、表情そのものは真剣だった。

 

「ですが、新人戦で大差を付けられると、本戦のミラージ・バットの成績次第では逆転を許してしまう可能性があります」

 

 

 既に達也は理解してるだろうと鈴音にも分かっているので、鈴音の視線は深雪に固定されている。

 

「そこで我々作戦スタッフは、新人戦をある程度犠牲にしても、本戦ミラージ・バットに戦力を注ぎこむべきだと言う結論に達しました」

 

「やはりそうですか」

 

 

 鈴音の結論を聞いて、達也は途中から思っていた通りの結果に思わず声を漏らした。

 

「お兄様、やはりとは?」

 

「つまりな深雪、お前が渡辺先輩の代わりに本戦のミラージ・バットに参加するって事だ。ですよね、会長?」

 

「達也君の言う通りよ。深雪さん、総合優勝の為にも、本戦のミラージ・バットに出てくれませんか」

 

「あの……先輩方の中にも、一つの競技にしかエントリーしていない方は居ます。それなのに何故私が新人戦をキャンセルしてまで本戦のミラージ・バットに参加しなければいけないのでしょうか?」

 

 

 深雪の疑問はもっともなもので、達也もその気持ちは理解出来た。恐らく真由美や摩利、鈴音や克人にもその疑問は理解出来ただろう。だが、この部屋にその疑問に賛同してくれる人は存在しなかった。

 

「まず第一に、ミラージ・バットには補欠を用意してなかった」

 

 

 どんな事情があろうと、補欠などと言うものが認められてない九校戦に相応しく無い理由だと深雪は思った。

 

「事情が事情だけに大会本部もエントリー変更を認めてくれたが、今から新しく選手を準備するのは不可能だ。新人戦とは言え準備してた司波に頼むのが一番効率的だ」

 

 

 摩利はそこで一旦言葉を区切り、視線を深雪から達也に移した。

 

「それに新人戦は司波じゃなくても光井や里美が結果を残してくれるだろう。だが、君の妹なら本戦でも十分に戦えるだけの力はあるよな、達也君?」

 

 

 深雪を説得するには、搦め手が一番効率的だ。摩利は達也の意見を聞かせる事で深雪を本戦へ参加させる決心を付けさせるつもりなのだろう。

 もちろんその事は達也にも分かっているが、彼は彼の知っている事のみを正確に答えるだけで、摩利の期待に応えるつもりは無かった。

 

「可能でしょうね。ですが、自分がエンジニアとして深雪のCADの調整をさせていただけるのでしたらですがね」

 

「それは当然だ。君は司波のCADを普段から調整してるんだろ? 今更別のエンジニアとの関係を築かせるような面倒な事はしないさ。エンジニアはそのまま達也君が持ち上がりだ」

 

「そうですか。深雪、後はお前が決めろ」

 

 

 最初から分かっている事をあえて聞いたのは、深雪の決心を促す為の達也の考えだ。断ってもどうせ自分が担当する事は摩利や真由美の中で決定しているのだし、深雪が自分以外の調整では本来の力を発揮できないと豪語している以上、達也の本戦ミラージ・バットでの深雪のCADの調整は決まっているのだ。

 

「分かりました。期待に応えられるよう、精一杯努力いたします」

 

「ありがとう。これでとりあえずの不安はなくなったわ」

 

 

 全員がホッとしたところで、達也は素朴な疑問を摩利にぶつける。

 

「ところで委員長、安静にしてなくてよろしいのですか?」

 

「ある程度は回復した。歩くくらいなら問題無いさ」

 

「ですが、あれほどの怪我ですので、もう少し安静にしていた方がよろしいと思いますよ」

 

「それは俺も言った。だが聞かなかったんだ」

 

 

 今まで黙っていた克人が口を開き、呆れたような声を出したので、達也はそれ以上何も言えなくなった。

 

「真由美のヤツが君に襲い掛からないか心配でな。この女は意外と肉食だからな」

 

「ちょっと摩利!? なんて事言うのよ!」

 

「お? 照れてるのか? 顔が赤いぞ?」

 

「摩利!」

 

 

 相手が怪我人だと言う事を完全に忘れているなと思いつつ、達也は深雪を連れてミーティングルームを退出した。これ以上この場に留まるのは、深雪の精神衛生上よろしくないし、自分にも飛び火してくる可能性も大いにあるので、達也は戦略的退散を決め込んだのだ。

 

「深雪、本戦に変わっただけで、戦術は変えないからな。落ち着いてやればお前なら出来る」

 

「はい、お兄様!」

 

 

 何故いきなり自分を褒めてくれたのか疑問に思ったが、深雪は達也に認められた事で下降していた機嫌を元に戻したのだった。




次回から新人戦です! 

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