劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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下巻に出番なかったですけどね、この人たち……


戦略級魔法師同士の会話

 ドイツ連邦、首都ベルリン。現地時間四月三日十時三十分。日本時間同日十七時三十分。泉美が派手に失敗を演じている頃、ベルリン大学では魔法師排斥派の学生と魔法師共存派の学生がそれぞれでデモ隊を結成し、構内で激しく衝突していた。暴力行為は発生していない。今のところ双方とも行儀よく相手を罵っているだけだ。しかしこの熱気では何時小競り合いが発生してもおかしくない。本格的な武力闘争に発展する可能性も否定できない。

 それに、魔法師排斥派の主張だけではなく、魔法師を受け入れてやるべきだという共存派の主張も、魔法師にとっては居心地が悪いものだった。

 口論が論理的とは言えない口喧嘩に変容しているのを、カーラ・シュミット教授は苦々しい表情で自分の研究室から見ていた。ただし、モニター越しだ。窓から覗いているのではない。窓際に立とうものなら、何が飛んでくるか分からない。銃弾どころか砲弾が跳んでくるかもしれない。シュミット教授はここ数ヵ月間の経験からそれを学んでいた。

 彼女がモニターから目を離した丁度その時、ヴィジホンの呼び出しサインが瞬いた。シュミットは音声で遠隔操作するのではなく、自分の手でコンソールの応答スイッチを押した。

 

『おはよう、シュミット教授。ご機嫌は如何ですかな?』

 

「マクロード教授……ご無沙汰しています。私はお陰様で、肉体的には健康です」

 

 

 相手の名前を呼んだ後、僅かに間が開いたのは、その人物が電話を掛けてきたのが随分久しぶりで、意外だったからだ。だがすぐにシュミットは、何でもない顔で応えを返した。

 

「教授は如何ですか?」

 

『もう歳ですが、幸い特に悪いところはありません。それからシュミット教授、以前にも申し上げた通り私の勤務先は大学ではなく、今の私は大学教授ではありませんが』

 

 

 マクロードは本気で抗議しているのではない。これはジョークみたいなもので、画面の中の彼の顔も温和な笑みを浮かべている。

 

「我が国におけるヘル・マクロードの教授資格は、今も失効しておりません。当大学は、何時でも教授を歓迎申し上げると思います」

 

『我がブリテンの大学も、貴女ならばいつでも歓迎すると思いますよ。ベルリン大学は今、大変な事になっているようですね』

 

「ご存じでしたか……」

 

 

 呟くように応えたシュミットは、驚いているというよりも恥ずかしそうな表情を浮かべた。

 

『こちらでもニュースになっていますよ。今も現場の様子が中継されています』

 

「大学は取材をお断りしているはずですが……」

 

 

 シュミットが諦め混じりに抗議するが、撮影しているのはマクロードの関係者ではないので、彼に何を言っても最初から意味がない。

 

『報道の自由は民主主義の基本なのだそうです。インタビュー出来なくても、カメラに収める方法はいくらでもありますから』

 

「教授。マスコミの存在意義について私と議論するためにお電話をくださったのですか?」

 

『これは申し訳ない。少々無駄話が過ぎたようです』

 

 

 彼女が本格的に機嫌を傾けつつあると、マクロードにも分かったのだろう。彼は画面の中で居住まいを正した。

 

『シュミット教授。ブリテンに亡命しませんか?』

 

「教授」

 

『これは冗談ではありません。本気で、お誘いしています』

 

「冗談でないなら、余計に質が悪いと思いますが。貴方やワタシの立場で亡命など許されるはずが無いでしょう」

 

 

 カーラ・シュミットはウィリアム・マクロードと同じ、国家公認戦略級魔法師『十三使徒』の一人だ。

 

『今のドイツは貴女にとって居心地が良い場所ではないと思いますが。噂では、USNAのアンジー・シリウスが日本に亡命したとか』

 

「……随分とはっきり仰いますね、教授」

 

『失礼。しかし、その状況が分かっているなら、まずご自分の事を考えるべきでしょう。魔法師は純粋な人間ではないから、その権利は大幅に制限されるべきだと主張する、人種主義の亜流思想を掲げる政党が若年層に支持を広げている一方で、魔法は国家の為の力であり、魔法師はただひたすら国家に尽くすべきだという軍部の影響力が日に日に勢力を増している中で、魔法の平和的利用に本気で取り組んでいる貴女のような魔法研究者は居場所を失いつつあるのではありませんか? 幸いにして我がブリテンは、過激な反魔法主義思想を早い段階から取り締まってきたことで、国民間の対立は殆ど見られなくなっています』

 

「貴国は反魔法師主義者を地域的に隔離しただけではありませんでしたか」

 

『そうですね。一緒にいられないなら、住む場所を離すのが一番確実です』

 

 

 シュミットとしては精いっぱいの皮肉だったが、マクロードにはまるで効果が無かった。

 

『ですがそれも一時的な事です。彼らが共存を認めれば、何時でも元の家に戻ることが出来ます。我がブリテンでは、魔法師にも魔法師でない者にも、国王陛下の名の下に等しく機会が与えられているのですよ』

 

 

 マクロードの言葉は、今のカーラ・シュミットにとって、大変甘美なものに聞こえた。

 

「……結構なお話ですが、やはり私は、祖国を離れられません」

 

 

 都合が良すぎる話には、必ず裏がある。彼女を取り巻いてきた環境は、彼女が生きていた世界は、そんな教訓を彼女の心に深く刻みつけていた。

 

『そうですか。今はまだ、それでも良いでしょう。しかし、本当に研究者として生きる事が難しくなったら、何時でも私を頼ってください。決して悪いようには致しません』

 

「お気持ちだけ、頂戴します。それではこれで」

 

 

 シュミットはマクロードの返事を聞かず、逃げるようにヴィジホンを切った。デスクに戻る途中で、外の様子を映し出しているモニターが目に入る。彼女の研究室が入っている建物の外では、学生同士の取っ組み合いが始まっていた。




まぁ、この先出番はあるでしょうけども……

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