大会四日目、本戦は一旦休みとなり、今日から五日間一年生のみで行われる新人戦が開始する。一年のみと言っても、エンジニアまで一年なのでは無く、選手は一年だがエンジニアは上級生が担当するのが普通だ。
しかし一高新人戦の担当エンジニアには一年の達也が名を連ねている。これはかなり異質で、他校を大いに惑わせる事となっているのだ。
「一高のエンジニア、一年が担当する競技が三つもあるぞ」
「その競技は勝てるかもな」
「だが、九校戦のメンバーに選ばれるだけの腕を持ってると考えると、意外と厄介な相手かもしれないぞ」
このように達也の実力を知らない他校の作戦スタッフは、達也が担当する女子ピラーズ・ブレイク、女子スピード・シューティング、ミラージ・バットの点数計算を如何したものかと頭を悩ませていた。
そんな事になっているとは当然知らずに、達也は作業を終えて軽めの食事をしていた。
「ほのかは最終レースか」
「はい! 午後のレースですから、女子スピード・シューティングとは重なりません!」
ニコニコと笑顔でプレッシャーをかけてくるほのかを、達也は若干持て余しながら食事を摂っていた。
先に言ったように、達也が担当するのはスピード・シューティング、ピラーズ・ブレイク、ミラージ・バットの三競技、一方ほのかが出場するのはミラージ・バットとバトル・ボードの二競技、達也に担当してもらえないのが不満なのか、せめてレースは観てほしいと先ほどから笑顔で訴えているのだ。
達也の担当する選手が女子なのは、彼が女誑し……とかでは無く、男子からもの凄い反発があったのと、女子から熱烈なラブコールがあったからだ。例えば深雪とかほのかとか雫とか……特にこの三人が達也にエンジニアを担当してほしいとの訴えがあり、またエイミィも達也になら任せられると鈴音に訴えたのだ。
「本当はCADも診てあげたいけど、それは無理だから。せめてレースは客席から観てる事にするよ」
「本当ですね! 約束ですよ!」
「あ、あぁ……」
ほのかのはしゃぎっぷりに若干圧されながらも、達也は頷き約束を取り付ける。此処だけ見れば彼は十分女誑しに映るだろう。
女子スピード・シューティング予選、選手控え室で雫は達也の調整したCADを手に持って小さく頷いた。
「ん、完璧。自分のよりも快適」
声も表情も乏しい感じの雫と達也の意思疎通は、初めはかなり苦戦していた。しかし達也も雫の表情の変化を見て取れるくらいに、二人の関係は上手く築き上げられている。
「達也さん、やっぱり雇われない?」
「この大事な試合前に、冗談を言ってられるだけの余裕があるなら大丈夫だな」
「冗談じゃ無いよ」
達也の調整を気に入った雫は、達也を北山家のお抱えにしようと何度もアピールしているのだ。
「専属じゃなくても良いから」
何度も断っても雫は引き下がろうとしない。交渉の段階にすら入っていないのに、雫は達也に契約金と作業料を提示してきているのだ。その額は、達也がシルバーとして巨万の富を得ていない、普通の高校生だったら飛びついてもおかしく無い額だった。
「何度も言ってるように、それは俺がライセンスを取ってからな」
一般的にCADの調整をするのに、ライセンスは無くても問題無い。だが、実際にそれで生計を立てるには、やはりライセンスはあった方が良いのだ。世間的にモグリと称されるのよりかは、正式なライセンスを持っている方が仕事はやりやすい。
「分かった……じゃあ今度普段使ってるCADを調整してくれる?」
「それなら構わないが、お金は要らないからな」
「遠慮しなくても良いのに……」
「友達のCADを調整するのにお金を取ってたら、何だか感じ悪いだろ?」
「うん……」
聞き分けよく頷いた雫の頭を、達也は無意識に撫でていた。
「達也さん?」
「あっと、悪い……癖が出た」
「謝らなくて良いよ。気持ちよかったし」
深雪が良く似たような仕草や表情をするので、達也は無意識に頭を撫でてしまったのだ。気を許しすぎだと苦笑いを浮かべたが、雫本人が嫌がってなかったのがせめてもの救いだと感じていた。
「いよいよだな、雫」
「うん」
小さく頷きながらも、雫は若干震えている。
「よし、頑張れ」
「うん、頑張る!」
達也に励まされて身体の震えが止まった雫は、今度は大きく頷いて競技に向かって行った。
達也が雫の頭を撫でている頃、観客席では何故だか緊張しているほのかの姿が見られた。
「ほのかさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫、私のレースは午後からだから……」
「ほのか、今から緊張してて身体はもつの? 少しリラックスしたらどう?」
「そうね……すー……はー……よし! 落ち着いた」
深雪のアドバイスで平常心を取り戻したほのかは、漸く周りを落ち着いて見る事が出来るようになった。
「何処も必死ですね」
「半分とはいえ、新人戦の結果が総合優勝を左右する結果になる事だってあるからね」
「特に、ウチは渡辺先輩の怪我で影響が出てるから」
「そうだよね……私たちが頑張らなきゃ……」
「また緊張してる」
エリカと深雪の言葉に、再び身体を強張らせるほのかを、傍に居る二人が呆れながら見ていると、美月が止めを刺した。
「頑張って下さいね! 新人戦はウチにとって重要になってますから」
「う、うん……」
「あれ?」
「まあ、これが美月よね……」
「そうね……これが美月よね」
「あ、あの……如何言う意味でしょう?」
自分が余計なプレッシャーをかけた事に気付いていない美月は、エリカと深雪がつぶやいた言葉に意味が分からず、しきりに首を傾げていたのだった。
時を同じくして観客席、一年生たちとは少し離れた場所に生徒会役員+風紀委員長の姿があった。
「真由美、本部に居なくて良いのか?」
「そっちははんぞー君に任せてあるから大丈夫。何キロも離れてる訳じゃ無いんだし。それよりも摩利の方こそ、寝て無くて良いの?」
「別に飛んだり跳ねたりする訳でも無いし、暴れる訳でも無いんだから問題ない」
「そう言う事では無いと思いますがね」
真由美と摩利に付き合わされる形で、鈴音も観客席からの観戦となったのだ。
「そう言えばアイツが調整したCADの性能を見るのは、これが始めてかも知れんな」
「そうね、私の時は本当にお手伝い程度だったから、達也君の実力を見るのは楽しみね」
「北山さんを初め、選手の皆さんからは好評のようですよ」
「初めはあれだけ抵抗を見せてたのにね」
真由美の言うように、達也が担当する選手の内、里美スバルと滝川和美は初め達也に調整を担当されるのに抵抗を見せていた。しかし彼の調整するCADを使っているうちに、そんな抵抗はあっさりと消え去ってしまった。それはもう、飛んでいったと表現出来るくらいにあっさりとだ。
「昨夜も、司波君の部屋に自分のCADを持ち込んでる子が居たようですし」
鈴音の暴露に、二人は驚きの表情を浮かべた。
「邪魔だけはしてくれるなよな……」
「地道にファンを増やしてるのね」
達也の実力を認めてる二人は、達也が認められているのが何となく嬉しいと思えたのと同時に、そこはかとなく不安も感じていたのだった……
次回説明回ですね