開始のランプが全て点ってクレーが現れる。得点有効エリアにクレーが入った途端、それは砕け散った
「うわぁ、豪快」
「ひょっとして、有効エリア全域を魔法の作用領域に設定してるのですか?」
美月の質問に、ほのかが答える。
「そうですよ。雫は領域内に存在する固形物に振動波を与える魔法で標的を砕いてるんです。内部に疎密波を発生させる事で、固形物は部分的な膨張と収縮を繰り返して風化します。急加熱と急冷却を繰り返すと硬い岩でも脆く崩れ去ってしまうのと同じ原理ですね」
「より正確には、得点有効エリア内にいくつかの震源を設定して、固形物に振動波を与える仮想的な波動を発生させているのよ。魔法で直接に標的そのものを振動させているのではなく、標的に振動波を与える事象改変の領域を作り出しているの。震源から球形に広がった波動に触れると、仮想的な振動波が標的内部で現実の振動波になって標的を崩壊させるという仕組みよ」
ほのかの説明を引き継ぐ形で、深雪も説明を加える。だが、二人共視線はシューティングレンジに固定したままだ。
「なるほど、そう言った仕組みなんですね」
二人から聞かされた丁寧な説明に、美月はしきりに頷いた。
少し離れたところで、同じような説明が鈴音によって行われていた。
「……と、言う訳ですね」
「なるほど……」
説明役は、達也から内容を聞かされていた鈴音、摩利も真由美も今の説明を興味深そうに聞いていた。
「ご存知の通り、スピード・シューティングの得点有効エリアは、空中に設定された一辺十五メートルの立方体です。司波君の起動式は、この内部に一辺十メートルの立方体を設定して、その各頂点と中心の九つのポイントが震源になるように設定されています。各ポイントは番号で管理されていて、展開された起動式に変数としてその番号を入力すると、震源ポイントから球状に仮想波動が広がります。波動の到達距離は六メートル。つまり一度の魔法発動で震源を中心とする半径六メートルの球状破砕空間が形成される事になります」
「……余計な力を使ってるような気がするが、北山は座標設定が苦手なのか?」
「確かに精度より威力が北山さんの持ち味ですが、この魔法の狙いは精度を補う事では無く、精度を犠牲にする代わりに速度を上げる事にあります」
ポーカーフェイスのまま鈴音は説明を続けた。表情を保ってられたのは、事前に達也に説明を受けていたから……
「つまり、その気になればもっとピンポイントな照準も可能と言う事よね? 如何言うことかしら?」
「この魔法の特徴は、座標が番号で管理されていると言う点です」
鈴音の説明を聞きながら、視線を試技中の雫に戻す。未だ打ち漏らしは無く、説明通りの魔法が、有効エリアに入ったクレーを破砕していく。
「制御面で神経を使う必要がありませんから、魔法を発動する事だけに演算領域のポテンシャルをフルに活用する事が出来ます。連続発動もマルチキャストも思いのままです」
説明が一段落すると同時に、競技が終了した。結果はパーフェクト。
「魔法の固有名称は『
「……真由美の魔法とは発想がちょうど逆だな」
「……よくもこんな術式を考え付くわね」
真由美の声には感嘆の成分よりも呆れ声の成分の方が多く含まれていた。
「しかし……面白いな」
一方、摩利の声は興味の方が勝っていた。
「空中に仮想立方体を設定するのではなく、自分を中心にした円を設定して、その円周上に震源を配置すれば全方位に有効なアクティブ・シールドとして使えないか?」
「持続時間が問題ね。短すぎるとタイミングが難しいし、長すぎると自分が巻き込まれる可能性が出てくるわよ?」
真由美の呈示した問題点も、摩利の興味を殺ぐには及ばなかった。
「そこは術者の腕次第だな。お前の言う通りタイミングを見極める事が出来れば持続時間は短く出来る……よし! 早速今晩にでもアイツを捉まえてあたしのCADにインストールさせよう」
「……試合の邪魔だけはしないようにね」
今度は百パー呆れ声で真由美は応えたのだった。
雫の競技を見て、三高女子は動揺していた。彼女たちには、ほのかや深雪、鈴音のように達也から魔法の説明を受けた人が居ない為に、誰も説明してくれないからだ。
「今のは……何なんです!?」
「愛梨、落ち着いて……」
「しかし香蓮さん! あれが何か分からなければ、本戦でも苦戦を強いられるかもしれないのですよ!」
「スピード・シューティングに出るのは私と沓子、愛梨じゃ無い」
「でも、確かにあれは厄介かもね……」
既に予選突破を決めている二人も雫の魔法には警戒心を露わにしている。
「吉祥寺君なら何か分かるかもしれませんが……」
「愛梨、聞きに行く?」
「いえ、アイツには聞きませんわ。一条と仲の良いアイツには」
「愛梨の一条への敵対心はハンパ無いね~」
十師族と師補十八家の確執は、多かれ少なかれあるだろう。一条家と一色家はそれ程確執は無いのだが、将輝と愛梨の間には何故だかギスギスした空気が流れるのだ。
「香蓮さん、一高のスピード・シューティングを担当しているエンジニアは誰です? かなりの腕を持ってるようですが」
「えっと……司波達也さんですね」
達也の名前を聞いた途端、さっきまで苛立っていた愛梨の雰囲気が一気に変わった。
「達也様が担当でしたら納得ですわね! 一年生でエンジニアに選ばれるだけのお方ですもの」
「確かに、ウチにも他の高校にも一年でエンジニアに選ばれた人は居ない」
「いきなり達也さんと戦う事になるなんて思って無かったな~」
「……戦うのはあくまでも選手同士であって、達也さんと戦う訳では無いのですが」
この香蓮のツッコミは、当然のようにスルーされた。
「しかし、あの魔法は見た事も聞いた事もありませんわね……」
「達也さんが考えたのかも」
「あの北山って子にピッタリっぽい魔法だったしね」
「有効エリア全域に作用する魔法なんて……もしかしたらエルフィン・スナイパーよりも厄介かもしれません」
本戦で戦うのが早ければ早いほど、彼女たちは厳しい戦いになってしまう。出来れば終わりの方に対戦したいと願いながら、残りの予選を観察していくのだった……
予選を終えて、雫は控え室でつまらなそうにぼやいていた。
「何だか拍子抜け。もう少し楽しめるかと思ってたのに」
「まあそう言うな。死角を突いてくる事は無いと思ってたけど、そんな意地の悪い設定はされてなかったな」
「達也さん心配し過ぎだよ。死角を突かなければふるい落とせないほど、新人戦のレベルは高く無いよ」
「そうか。だが本戦では戦い方が違うからな。朝のうちに調整は済ませてあるが、一応確認しておいてくれ。後で違和感が見つかったら、可能な限り調整はするから」
三人共予選を突破した為、達也はこれから大忙しなのだ。雫は一人達也の調整したCADを確認するために天幕の中に入るのだった……
普段使わない言葉が多いから、大変です……