劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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あずさだから効果がある……


マイルドな脅し

 あずさの尾行から逃げ出した達也は、一人FLT第三課にやって来ていた。別にあずさがついてこようがきまいが問題なかったのだが、何かと面倒になりそうだったので人混みに紛れてやり過ごしたのだった。

 

「あれ、御曹司。随分とお早いご到着で」

 

「少し事情がありまして。ところで、呼び出された理由をお伺いしても?」

 

「へぇ。御曹司が本格的に四葉の人間になられた場合、あっしらはどうすればいいのかのご相談をと思いまして」

 

「特に何かが変わるわけではありませんが」

 

「ですが、御曹司がご当主になられたら、気楽にここを訪ねる事も出来なくなるんじゃ……」

 

「顔を出す事が出来なくなっても、電話なりで指示は出せますし、例の件は必ず成功させなければならないと、現当主である母上から許可を貰っておりますので」

 

「それならとりあえず安心でさぁ。あの件は御曹司がいらっしゃらないと始まらないですから。ですが、本部長が良い顔をしないんじゃないでしょうか」

 

「その件も牛山さんが気にする事ではありませんよ。しかし、電話でもよかったんじゃないですか?」

 

 

 達也の素朴な疑問に、牛山は大真面目な表情で首を横に振る。

 

「御曹司とあっしらの関係を知られるおそれがありますので、電話は出来やせんて。それに、お姫様が良い顔をしないじゃないですかい」

 

「そうですか? 別に気にしないと思いますが」

 

 

 実際深雪は第三課を訪れる時もニコニコと笑みを振りまき、作業に支障が出るくらい上機嫌なのだから、電話くらいで深雪が機嫌を損ねるとは達也には思えなかった。だが実際は、笑みを振りまくことで第三課にいる女性研究員の視線を達也に向けさせないようにしているのだ。電話でもその女性研究員が画面に移り込んだだけでムッとした表情をするのではないかと、牛山は心配しているのだった。

 

「まぁとにかく、御曹司がこれからもここに来られるというのはありがたいでさぁ。それで、この後はどうしますかい? このまま研究を見ていきますか?」

 

「いえ、今日のところは帰ります。知り合いがこの辺りをうろうろしていたので、下手に勘付かれるのはマズいですから」

 

「奥さんたちではないので?」

 

「別ですね。てか、なんですかその呼び方は」

 

「将来有望な人間なら歓迎するんですがねぇ……まぁ、人事権はあっしらには無いんですがね」

 

 

 ケタケタと笑う牛山を軽く睨んでから、達也は第三課を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真由美たちに拉致られたあずさは、どうしても抜け出したい気持ちでいっぱいだった。

 

「(司波くんが何故この辺りを歩いていたのかは分からないですけど、確かここをちょっと行った先にはFLTゆかりの研究室があったはず。司波くんがFLTに伝手があるのは聞いてますから、別にそこを訪れたとしても問題はないのかもしれませんが、もしかしたら――)」

 

「あーちゃん?」

 

「ひゃい!? な、なんですか真由美さん」

 

「難しい顔をして、何かあったの?」

 

「何でもないです……」

 

 

 真由美から視線を逸らしながら、あずさは彼女に聞けば何か分かるのではないかと考え、だけど聞いたところで答えてくれるかも分からないしと、はっきりしない気持ちでうつむく。

 

「なにか悩みがあるなら相談に乗るわよ?」

 

「どうせ中条はさっきの事が気になってるんだろ? 達也くんがトーラス・シルバーなんじゃないかって」

 

「何故そのような考えに至ったのか、詳しく聞いてみましょう」

 

 

 さっきも言ったのだが、あずさは何故達也がシルバーなのではないかと思い至ったのかを三人に話す。何か確証があるわけでも無いのだが、あずさは何故か絶対にそうだと確信している様子だった。

 

「まぁ、あの設定のやり方には驚かされたが、別に他の研究員が出来ないわけでもないんだろ?」

 

「それは――そうですけど……」

 

「その研究所というのは、いわゆるシルバーモデルを担当している部署なのか?」

 

「そこまでは分かりません……ですが、司波くんはその伝手を使って発売前の飛行デバイスを譲ってくれましたし、恐らくはシルバー様ゆかりの場所だとは思います」

 

「一ついいかしら?」

 

「はい、なんでしょうか」

 

 

 いつになく真剣な声音の真由美に、あずさも無意識に姿勢を正した。

 

「あーちゃんはシルバーの正体を知ってどうしたいの? 誰かに言い触らしたりする子じゃないというのは分かってるんだけど、それじゃあ何のために知りたいのかが分からないのよ」

 

「確かにそうですね。中条さんは何故シルバーの正体を知りたがったのですか?」

 

「言われれば確かにそうだな……秘密にされたら暴きたくなる、という気持ちは分かるが、中条のキャラとはかけ離れてる気がするぞ」

 

「特に何かをするわけではないんです。ですが、知りたいと思わないんですか? あのシルバー様ですよ!?」

 

「あーちゃんがデバイスオタクなのは知ってるし、その理由も前に聞いたことがあるわ。でも、残念ながら私たちは何も知らないし、あーちゃんの力じゃ達也くんを尾行するのも不可能だと思うわよ。そもそも、FLTが厳重に正体を隠してるトーラス・シルバーの情報を知ろうとすれば、あーちゃんが狙われる可能性だってあるんじゃないのかな?」

 

 

 その可能性を失念していたあずさは、真由美の言葉に顔を蒼ざめさせる。

 

「好奇心も大事だけど、それ以上に自分の身の安全の方が大事よ」

 

「そうですね……」

 

 

 納得は出来てない様子だが、とりあえずはシルバーの正体を探ることを諦めた様子のあずさに、真由美は安堵の息を吐くのだった。




知ったところで一円の利益にもならないんですけどね……むしろ消される確率が上がるだけ

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