劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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久しぶりに登場……だっけ?


急な来客

 真由美たちと別れ帰宅した達也を出迎えたのは、何故か機嫌が悪そうな深雪と、困った顔で達也を見詰める水波の二人と、もう一人の気配があった。

 

「お待ちしておりました、達也様」

 

「深雪、帰ってたのか」

 

「はい。本家から連絡を受けまして急遽戻ってまいりました」

 

「達也さまのお客様を一人で待たせるわけにはまいりませんので」

 

 

 客といっても、盛大にもてなさなければならない相手ではないのだが、深雪としては彼女がこの家に来るのはあまり好ましくない状況なのである。

 

「お久しぶりね、達也さん」

 

「夕歌さん、どうかしたんですか?」

 

「本家からの連絡役を仰せつかったのよ。ご当主様が達也さんに内々に話したい事があるって」

 

「だったらいつものように葉山さんで良かったのではないですか。何故夕歌さんなのです?」

 

「私も良く分からないんだけど、どうやら私にも関係するかもしれない話らしいのよ」

 

 

 そう言って夕歌は達也に茶封筒を手渡す。データではなく紙媒体であることを受け、深雪も相当重要な事なのだろうと察して、夕歌に向けていた鋭い視線を少し柔らかくした。

 

「……そういう事か」

 

「何が書いてあるの?」

 

「確かにこれが実際に起これば夕歌さんの研究が役に立つでしょうが、母上は何を考えているんだか……」

 

 

 紙媒体をテーブルの上に放り、深雪と夕歌にも内容を見せる。別に誰にも見せるなとは言われていないし、この二人なら問題はないと判断しての事である。

 

「新ソ連軍の強襲の可能性か……本当にあるんでしょうか?」

 

「新ソ連軍に怪しい動きがあるとは聞いていましたし、もしそうなった場合どう動くかもだいたいは予想がつきます。ですが、その事を知っておきながら黙っておくのは一条家に恩を売りたいからでしょう」

 

「治療するのは良いんだけど、その間達也さんと離れなきゃいけないのが問題よね……まぁ、実際に起こるかは分からないんだけどさ」

 

「母上と葉山さんが確信めいた動きを見せているという事は、恐らく起こるのでしょうね。夕歌さんが今日ここに派遣された理由も、恐らくこの件と無関係ではないという事でしょう」

 

「達也様、どういう意味でしょうか?」

 

 

 何故夕歌がここに派遣されたのかが分からない深雪は、達也にその答えを求めた。

 

「もしここに書かれている事がそのまま起こったとして、石川の守りはかなり手薄になる。一条一人では攻め込むことは出来ても守り切る事は出来ないだろうからな。夕歌さんが研究している魔法は有効な手段だろうし、夕歌さんもデータが取れるからこちらにも利益はある」

 

 

 そこでいったん言葉を切ったのは、今の話を深雪に理解させたうえで夕歌が派遣された理由を話そうと考えたからであり、深雪もその事を理解しているのか頷いて達也に続きを促した。

 

「東京と石川とでは、そう頻繁に行き来出来る距離ではない。夕歌さんが車を持っているからといって、治療と移動の疲労で事故を起こすとも限らないからな」

 

「そうでしょうね」

 

「あの人がいれば運転も任せられたんだけどね。まぁ、もう当主候補でもないし、生きていたとしても解放してあげてたかもしれないけど」

 

「そういうわけで、夕歌さんはしばらく石川に滞在する事になるだろう」

 

「――つまり、達也様と離れる前にご褒美としてこの家に?」

 

「正解。もっと踏み込んで言うと、私は今日達也さんの部屋に泊まるように言われてるのよ」

 

 

 そういいながら夕歌はもう一つ封筒を取り出し、それを深雪に手渡した。

 

「ご当主様から深雪さんに渡すようにって」

 

「そうですか、叔母様から……」

 

 

 これを受け取れば夕歌を達也の部屋に泊める事を認めてしまうと思いながらも、真夜からの親書を受け取らないという選択肢は深雪の中に存在しなかった。

 

「というわけで達也さん、今晩はお世話になるわね」

 

「構いませんよ。俺は地下室にでも行ってますから」

 

「それじゃあ意味がないじゃないの。今日は一緒のベッドで寝るのよ」

 

「はぁ……」

 

 

 さすがの達也も動揺を隠せないのか、切れの悪い返事をする。そんな中水波はいつも通り三人分の飲み物を用意した後、そそくさとこの場を去り夕食の支度を進めていた。

 

「少し頭を冷やしてきます。達也様、夕歌さん、後程」

 

 

 そそくさとリビングからキッチンへと移動した深雪を、水波は冷静に受け入れた。

 

「深雪様、如何なさるおつもりですか?」

 

「どうもしないわよ……これは叔母様の命令であり達也様も受け入れている事だもの。私がとやかく言ったところで何も変わらないわ」

 

「そうでしょうか? 真夜様のお手紙には別に『二人きり』とは明記されていないのですよね? そこに深雪様が加わったとしても、津久葉様は達也さまの部屋に泊まった事には変わりありません」

 

「……それもそうね。ありがとう、水波ちゃん。もう少し時間をおいてから達也様に話してみるわ」

 

「お役に立てたのなら幸いです」

 

 

 意気揚々とキッチンから自室に向かう深雪を見送り、水波は作業に集中する。

 

「(最近はだいぶ寛容になられたご様子でしたが、やはり根本的な成長はまだ見られないようですね……達也さまも苦労なさるでしょうね)」

 

 

 完全に他人事なので、水波は達也に同情しながらも深雪を焚きつけたのだった。もちろん達也も誰が焚きつけたかは気付くだろうが、それで水波を責める事はしないので、水波も安心して深雪を焚きつける事が出来るのであった。




実は夕歌さん結構好きなんですよね

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