真由美の誘いを受け、五人は近くの飲食店に向かった。
「本当は摩利も誘ったんだけど、今日はいろいろと忙しいみたいでね」
「本当は昨日も忙しかったらしいですけどね」
鈴音の嫌味をさらりと流して、真由美は花音に手を合わせる。この中で摩利と一番近しいのが花音だからであり、他の理由はない。
「別に摩利さんがいなくても大丈夫ですよ。あたしには啓がいますから」
「そうやって婚約者に甘えたいときに甘えられるのは羨ましいわね」
「真由美さんは結構甘えてると思うのですが」
「リンちゃんだって結構甘えてると思うんだけど? てか、私は未だに『先輩』呼びなのに、リンちゃんは名前で呼んでもらってるし」
「私は別に、深雪さんと事を構えるなどとは考えてませんでしたから。達也さんもその辺りを考慮しての事だと思いますが」
「相変わらず司波君の周辺は面白そうなことになっているんですね」
かなりズレたコメントをした沢木に、服部がため息を吐く。
「沢木、お前は少し黙ってた方が良いぞ」
「なんでだ?」
「いや……いろいろと面倒だからだ」
さすがの服部も『お前があまりにもズレているからだ』とは言えないようで、遠回しに告げたのだが、どうやら沢木には伝わらなかったようだ。だが彼も服部が忠告してくれたという事は理解しているようで、とりあえず口を噤んだのだった。
「前にも言いましたが、真由美さんはいろいろと子供っぽいですからね。年上だと分からせるためにも『先輩』呼びなのではありませんか?」
「だから、達也くんの隣に立って年上だとはっきり分かる人なんてそうそういないわよ! じゃあなに? リンちゃんは私に十文字くん並みの貫禄を身に着けろっていうのかしら?」
「そこまでは言ってません。というか、真由美さんには不可能でしょう」
鈴音の言葉に、あずさと花音が揃って首を縦に振った。真由美と克人ではスタートから違うし、まず真由美は貫禄というものに無縁過ぎると思ったのだろう。
「それに、達也さんにお願いするべき事ですし、ここで文句を言われても私にはどうしようもありませんので」
「散々お願いしてるわよ! でもいまだに変えてくれないのよね……私、そんなに深雪さんに喧嘩を売った覚えはないんだけどな」
「四葉家と七草家の関係を体現しているのではありませんか? 現当主はかなり仲が悪いと聞いていますが」
「仲が悪いとかじゃないのよね……単純にウチのタヌキオヤジが四葉家に喧嘩を売って、そのままぎくしゃくしてるだけっていうか……だから見方によっては私の婚約は政略結婚だと思われても仕方ないんだけどね」
「愛のない結婚ですか……つまり真由美さんは達也さんに愛されていないと」
「そんな事ないわよ! あっいや……ありえないと言い切れるほど達也くんに愛されてる自信は無いけどね……でも別に、政略結婚じゃないもん」
自分で言っておきながら情けなくなってきたが、真由美はこの婚約が家の関係修復の為だとは思っていない。そもそも自分から申し込んだのだから、そこに家の都合が介入するわけもないのだ。
「そもそも、香澄ちゃんも申し込んでるんだから、政略結婚だと思う人の方が少ないと思うんだけど」
「まぁ、他にも二十八家や百家の娘さんなどがいますし、政略結婚だと思うはずもないでしょうがね」
「リンちゃん、分かってて言ってたでしょ」
真由美の責めるような視線をさらりと流して、鈴音は視線をあずさへと向けた。
「な、なんでしょうか?」
「いえ、中条さんのスーツ姿というのも珍しいなと思いまして」
「似合ってないと思ったんですよね? 私も鏡を見て違和感が凄かったですから」
「中条は気にし過ぎだと思うぞ」
「ほんと?」
服部のフォローに表情を明るくしたあずさを見て、真由美が小悪魔的な笑みを浮かべたが、すぐに鈴音に視線で怒られたので何も言わなかった。
「やはり服部と中条は仲が良いな。ひょっとしてお邪魔だったりするか?」
「沖縄でも言ったが、質の悪い冗談は止めろ」
「そうか? まぁ俺には良く分からない世界だからアドバイスも出来ないし、服部たちがそれでいいなら気にしないんだが」
「アドバイスも何も、俺と中条はそういった関係じゃない!」
「それほど力強く否定する必要はあるのか? 何だか中条が可哀想じゃないか」
「あっ、いや……別に中条の事を嫌ってるとかじゃないからな」
「分かってるよ。服部くんは真面目だもんね」
服部が慌てた分、あずさが冷静さを保てたのだろう。その光景が珍しく思ったのか、真由美がまたしてもからかおうと考えたのだが、再び鈴音に視線で諫められた。
「服部くんも中条さんもからかわれ過ぎて慣れてきたのかな?」
「そういうわけじゃなさそうだけどね……」
「あたしは啓とだったら何を言われても平気だよ」
「そもそも僕たちの事をからかおうとする人がいないよ」
一高入学早々に関係がバレた――というか花音がバラした――おかげで、堂々といちゃついても誰も何も言ってこなかったのだ。たまに五十里に色っぽい視線を向ける女子がいたが、花音が睨みつけることで二度目は無かったのだ。
「とにかく沢木! 俺と中条は友人だ。それ以上でも以下でもない」
「分かった。俺もこれ以上は何も言わないでおこう」
本当に理解してるのか怪しいが、とりあえずは落ち着いたので、服部は安堵の息を吐くのだった。
沢木にからかってるつもりは毛ほどもないんですけどね……