劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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油断大敵ですね


二重トラップ

 既に述べたように出港した三隻のうち一隻が不審船に接近する。相手の動きを牽制し、当該船からの攻撃を誘発する作戦だ。向こうが撃ってくれば、公海上でも堂々と反撃出来る。自らを囮にする危険な役目は、剛毅が乗船する船が担うことになっている。

 実はこの作戦には反対の声が多かった。いや、剛毅と将輝以外の全員が反対したと言っても過言ではない。一条家のナンバーワンとナンバーツーが同じ船で一番危険な場所に突っ込むというのだ。リスク分散の重要性を知っている者ならば、誰もが無謀だというに違いない。しかし剛毅は、部下の説得に耳を貸さなかった。最も強く、最も生存確率が高い自分が戦列の先頭に立たなくてどうする。剛毅はそう言った。彼は義勇兵の軍団を組織したが、軍隊を作ったつもりはなく、彼にとって部下は庇護すべき存在なのだ。家族に準じると言い替えても良い。軍隊では国民と国益を守るため、兵士の消耗が前提となっているが、十師族は魔法師の利益を守るための組織であり、部下の魔法師は国家にとっての国民に該当する。戦時にあっては、同じ国民を守るために、守られるべき国民から除外される軍人と違って、一条家に従う魔法師は、戦闘中であっても一条家が守らなければならない「仲間」だ。少なくとも剛毅はそう信じているし、将輝も父親の信念を受け継いでいた。

 それに剛毅と将輝の考え方に全く合理性がないというわけでもない。戦力集中の視点から言えば、要となる戦場に戦闘力ナンバーワンとナンバーツーの魔法師を投入するのは理に適っている。

 また、もっと技術的な問題として、海上戦闘が可能な技術を持つ魔法師は十師族一条家の郎党であってもそれほど多くないという事実がある。

 いずれにせよ、編成を議論する段階は過ぎ去っており、今から予定を変更しても混乱を招くだけである。佐渡に到達した船団は、二隻と一隻の二手に分かれ、二隻は島の南側を回りこんで東岸の両津港から上陸。剛毅と将輝を乗せた船は、そのまま北上を続ける。

 国籍不明船を発見したのは佐渡の北端から五十海里北上した海域であり、領海どころか接続水域からも遠く離れており、手出しをする名目はない。

 とはいえ、そもそも剛毅たちの船は民間船であり、拿捕や臨検の権限は持っていない。最初から超法規的手段――海賊行為も厭わぬ覚悟は出来ている。ただそれでもいきなり相手の船を撃沈することはしなかった。

 

「不審船に動きはあるか」

 

「ありません」

 

 

 部下からの答えを聞き、剛毅は首をかしげた。火器管制レーダーの照射もなければ機関出力上昇に伴う放射熱量増大もない。砲塔が起動した兆候もミサイル発射口らしき物も見当たらない。不審船は沈黙している。

 こちらの動きが見えていないということはないはずだと、剛毅は確信していた。何と言っても既に望遠鏡を使わずにお互いの船の形が見える距離まで接近しているのだ。

 

「偵察隊、突入!」

 

 

 とはいえ、このまま見ているだけではここまで来た意味がない。剛毅はついに決断を下した。

 

「了解!」

 

「将輝、気をつけて」

 

「バックアップ頼むぞ、ジョージ」

 

 

 将輝に頼られて、吉祥寺は大きくうなずいた。将輝は唇を笑いの形に吊り上げ、甲板を蹴って海に飛び出す。将輝の他にも四人の義勇兵が海へと飛び出し、そのまま不審船へ向けて疾走を始める。海上を走る彼らを狙う攻撃はなく、すぐに目的の船までたどり着いた。将輝を先頭に甲板へ次々と飛び上がる。敵が潜んでいれば格好の的だが、ここでも彼らは攻撃を受けなかった。

 

「どうなってるんだ、これは。ジョージ、何か見えるか?」

 

『カメラに人影が映っていない。映像と観測データから判断する限り、無人船に見える……待って、将輝。そっちのセンサーがガスの漏出を検知している』

 

 

 将輝が緊張を緩めかけたところで、吉祥寺が早口でセリフを紡いだ。そのおかげで将輝はすぐに気を引き締め直せた。

 

「全員、障壁を張って船外に退避」

 

 

 検出されたガスはプロパン。無色無臭で、空気より重く拡散しにくいために選ばれたのだろうが、罠としては中途半端だった。拡散しにくいといってもメタンのような空気より軽いガスと比較しての話であり、障碍物がない海上ではわずかな風でもすぐに流され薄れてしまう。

 またこの船一杯にプロパンガスが詰まっていたとしても、予想される燃焼力は一条家の精鋭たる彼らの障壁魔法を突破するレベルではない。だから将輝の指示にもそれほどの切迫感はなく、剛毅たちの間にも拍子抜けした空気が漂っていた。たぶん、それこそが罠だったのだ。緊張が緩んだ直後、装甲船上の剛毅が驚愕に顔を染めて海面に目を向ける。

 

「海面上に魔法の兆候……!」

 

 

 剛毅たちが乗る船を、海面に投射された無数の魔法式がびっしりと取り囲んでおり、一瞬で増殖した魔法式が一斉に発動した。

 

「親父っ!?」

 

 

 魔法の気配に、海面に立つ将輝も当然気づいたが、次の瞬間には彼の視界で海が爆発した。

 

「チィッ!」

 

 

 海面に立ち上がった将輝が気流を生み出し、その風が白い闇を吹き飛ばした。

 

「親父!」

 

『将輝、将輝! 剛毅さんが!』

 

 

 狼狽しきった吉祥寺の声が、耳に引っ掛けた音声通信ユニットから鼓膜に飛び込む。将輝は背筋が凍りつくような不吉な予感を覚えながら、マイクに怒鳴り声を返した。

 

「ジョージ! 親父がどうした!」

 

『大変なんだ! 早く、早く戻ってきて!』

 

「わかった!」

 

 

 将輝は部下に指示することも忘れて、装甲船に駆け戻った。幸い、不審船からの追撃はなく、可燃性ガスは、爆発の衝撃で吹き飛んでいた。




普段大人ぶっても咄嗟の事に弱い吉祥寺……

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