劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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お堅いのは相変わらず


情報収集

 一条家の当主が敵の計略に倒れたという情報を掴んだのは、四葉家だけではなかった。一条家は隠しておきたかったのかもしれないが、二十八家の間には当日の内に広まっていたが、その情報の精度には、同じ十師族でも差があった。

 達也が夕歌と風呂に入っている頃、父親の弘一から一条家当主を襲った奇禍について教えられ、自分の部屋に戻った直後、真由美は克人から電話を受けていた。

 

『遅い時間にすまない』

 

「こんな遅くに電話を掛けてくるのは確かに十文字くんらしくないと思うけど、用件に予想がつくから気にしないで。一条家の件ね?」

 

『そうだ。察しが良くて助かる』

 

 

 十文字家は一人一人の魔法師が強力な力を持つ代わりに、配下の人数が少ない。同じ首都圏を地盤とする七草家と三矢家に目ぼしい魔法師を取られてしまっている状態であり、十文字家本体を含めてその能力は戦闘に偏っているために、情報収集面で他家に後れを取る傾向がある。急を要する事態の発生に際して、克人が個人的なコネを使い七草家から情報を仕入れるのは、過去にも例があることだった。

 

「私もたった今父からその話を聞いたばかりなの。ちょうどいいタイミングね。それで、十文字くんは何処まで知っているの?」

 

『領海侵犯、そのまま逃走するのではなく公海上に留まっていた国籍不明船舶を拿捕しようと出動して、敵が仕掛けた爆発に巻き込まれ一条殿が重傷を負ったと聞いている』

 

「一つだけ訂正。一条殿に肉体的な傷は無いわ。症状としては、ひどく衰弱して起きられない状態。魔法の過剰行使が原因ではないかってウチでは推測してるみたい」

 

『魔法の過剰行使か……』

 

「十文字くん、どうしたの?」

 

 

 克人の顔が強張ったように見えて、真由美は訝しげに眉を顰めた。

 

『いや、何でもない。一条殿が巻き込まれた爆発について詳しい事は分からないか?』

 

「成層圏プラットフォームのセンサーによる解析結果なのだけど、大量の酸水素ガス――酸素と水素の混合ガスが爆発したものなのだそうよ。遠距離魔法によりガスを生成し点火を制御したとしか考えられないんですって」

 

『点火……? もしや「イグナイター」イーゴリ・アンドレビッチ・ベゾブラゾフの仕業か……?』

 

「戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』が使われたっていうの? まさか」

 

『……そうだな。船一隻を攻撃するのに、戦略級魔法を使うとは思えない』

 

 

 克人は自分に言い聞かせるような声で頷く。可能性を否定する根拠としては弱すぎる事を自覚しながら。

 

「そうよ。十文字くん、考え過ぎ」

 

『そうだな……だが「トゥマーン・ボンバ」は未知の魔法だ。可能性はゼロではないと思う……司波なら何か分かるだろうか』

 

「司波って達也くんの事? さすがに公開されていない戦略級魔法の事は達也くんでも分からないと思うわよ? 確かに達也くんはいろいろと高校生離れした知識を持っているけど、それは四葉の人間だったからという事で解決したじゃない」

 

『だからだ。今回の件も、四葉家なら何か我々が掴めなかった情報を掴んでいるかもしれない』

 

「まさか十文字くん、私に達也くんからそれとなく聞き出せ、とか言わないわよね?」

 

『それとなく、とは言わない。お前はそういったことが苦手だろうしな』

 

「否定出来ないわね……」

 

 

 魔法のコントロールならどんな繊細な事でもやってのける真由美ではあるが、人から情報を引き出す事に関してはかなり大雑把である。普段大雑把な摩利は気流を操作して自白剤を作る器用さがあるが、真由美にはそれが無いので、克人もそこは期待していない様子だった。

 

『婚約者のお前なら、堂々と聞けるのではないかと思っただけだ』

 

「いくら婚約者だからって、私はまだ七草の人間。ウチと四葉家の関係は十文字くんだって知ってるでしょ?」

 

『まだ修復されていないのか?』

 

「むしろ悪化の一途を辿ってると言ってもいいくらいよ……あのタヌキ、反省するどころかますます四葉家に喧嘩を売ったんじゃないでしょうね」

 

 

 憤慨する真由美を見て、克人は眉を一度だけ上下させる。これだけで済ませられるのだから、やはり克人も年相応ではないのだろう。

 

「一応聞いてはみるけど、あまり期待しないでね」

 

『それは七草が司波から情報を引き出せないということか? それとも、四葉家でもさすがに、と思っているという事か?』

 

「うーん……両方かな。とにかく、今回の魔法については達也くんに聞いてみてからね」

 

『とりあえず、未知の魔法による攻撃、ということにしておく』

 

「そうね」

 

『……厳しい状況だな』

 

「ええ……多分、それに関連する事で、上の兄が十文字くんにご相談したい事があると言っているのだけど」

 

 

 克人のセリフに相槌を打った後、真由美は躊躇いがちな口調で新たな用件を切り出した。

 

『智一殿が? ……分かった。俺の方は何時でも構わないとお伝えしてくれ』

 

「良いの? こちらから言い出した事だし、都合はウチの方で合わせるわよ?」

 

『そうか。では、明日の夜でどうだ。場所は智一殿にお任せする』

 

「大丈夫だと思うわ。場所は私の方から、明日のお昼にでも連絡するわね。その時に達也くんからの情報もまとめておくわ」

 

『頼む。それと、一条殿の件の情報提供、感謝する。何時も助かっている』

 

 

 克人が画面の中で頭を下げ、そこで電話は切れた。礼儀に反しているように見えるが、これは真由美に弄られるのを避けるための自衛行為だ。

 

「……お堅いところは直らない癖に、こういう事だけは賢くなるんだから」

 

 

 ブラックアウトしたディスプレイを見ながら悪態を吐く真由美の声は、明らかに楽しそうだった。

 

「さてと、それじゃあ達也くんになにか目ぼしい情報が無いか聞いてみないと」

 

 

 達也に電話する、ということで、真由美は少し化粧をしてから達也の端末に電話を掛けるのだった。端末では自分の顔が見られることは無い、という事をすっかり忘れて……




七草の男どもはろくなことしないな……

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