劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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達也の実力なら一日休んだくらいで遅れは取らないと思うが……


当日の心配事

 リビングから移動して、夕歌は達也に本当の事を聞こうとすり寄る。もちろんさっき達也が言っていたことは事実の一端だろうが、全てではないだろうと夕歌は踏んでいるのだ。

 

「それで、七草さんからの用事はなんだったの?」

 

「例の爆発事件について、四葉で詳しい事を掴んでいるのではないかという確認ですよ」

 

「それにしては長くなかった?」

 

「憶測で良いならと話してましたから、それなりに時間はかかってたのかもしれませんね」

 

 

 実際達也はそれほど真由美と話すつもりは無かったのだが、気がつけば三十分は話していたのだ。夕歌が時間がかかっていると表現しても仕方がないくらいの時間は待たせてしまったと反省はしている様子だが、まだ何か隠しているような気がして、夕歌はさらに踏み込んだ質問をする。

 

「七草さんの事を名前で呼ばない事だけど、本当に深雪さんだけが原因なのかしら?」

 

「先輩にも言いましたが、特に深い意味があるわけではないんですけどね。深雪が魔法を暴走させなければ、名前で呼ぼうが苗字で呼ぼうが関係ないとは思ってます」

 

「でもそれなら、さっきの電話中は名前で呼んでいたのかしら? いくら深雪さんとはいえ、達也さんの電話を盗み聞きするような行儀の悪い事はしないと分かってるわよね?」

 

「別段変える理由も無かったので、そのまま呼んでいました。そもそも、七草先輩の事を名前で呼んだら、それだけで既成事実にされそうだったと言うのも理由の一つでしたけどね。あの家の当主は何処で聞いているか分からないですし」

 

「達也さんなら敵の気配に敏感だし、聞かれていてもすぐに分かりそうなものだけど」

 

「身内の魔法師ならともかく、七草家の魔法師の気配までは識別出来ませんよ。毎日同じ人間ならいざ知れず、本当にいるかどうかも分からない相手はさすがに」

 

 

 実際真由美と会っている時は、なんとなく七草家の人間だろうと思う魔法師が近くにいる事は気づいている。だが真由美の方は気づいていないようなので、達也も彼女にはその事を教えてはいない。

 

「堂々と護衛していた従者が亡くなった以上、ああやって陰から護衛しているのでしょうが、あの距離でいざという時間に合うのかが疑問ですがね」

 

「そんなに離れてるの?」

 

「少なくとも肉眼で見える距離ではないですね。先輩がマルチ・スコープを使ってれば気づけたでしょうが、あの人は常時魔法を使う事を嫌っているようですから。それが俺の前だけなのか、それとも普段からそうなのかは分かりませんが」

 

「達也さんと一緒なら、多少警戒心が薄れても仕方ないわよ。そもそも、警戒したところで達也さんより早く動けるわけないんだし、達也さん以上に的確に敵を始末出来るわけでもないんだしさ」

 

「なんですか、それ」

 

 

 完全に安心しきっている様子の夕歌に対して、達也は若干呆れ気味だ。本来達也が守っていたのは深雪だけだったのだが、夕歌は自分も守ってもらえていると思っている様子なのだ。

 

「婚約者が危ない目に遭えば、達也さんは守ってくれるでしょ?」

 

「その場に俺がいれば守るかもしれませんが、深雪のように『眼』を残してるわけじゃないので、遠く離れた場所で襲われた場合は無理です」

 

「さすがにそこまでは求めてないわよ。それとも、達也さんは私たちの全てを見たいのかしら?」

 

 

 からかうネタを見つけたと夕歌は思ったのかもしれないが、その程度で達也が動揺するはずがない。もし動揺するのであれば、これから一緒に寝るなんて事は出来ないだろう。

 

「さて、雑談もこれくらいにしてそろそろ寝ますか」

 

「あら、達也さんはもう眠いのかしら?」

 

「明日の事を考えると、少しでも多く寝ておいた方が良いでしょうからね。俺も夕歌さんも」

 

「そうね……」

 

 

 明日には石川へ向かう準備をしなければならないだろうし、その後は実際に石川へ向かい剛毅の治療を行う準備などをしなければならない。ゆっくりと休めるのは今日を逃せば何時になるか分からないのだ。

 対する達也も、明日は入学式で来賓の相手など務めなければならないし、その後も色々とあるのだろうと夕歌は感じていた。彼の学生生活が平穏無事なわけないだろうし、彼も深雪が巻き込まれるかもしれないという理由だけで率先して問題に首を突っ込んでいたのだろうとも。

 

「明日くらい朝の鍛錬を休んだりしないの?」

 

「余程の事がない限り休まないですね。少なくとも東京にいるのに休んだことは無いです」

 

「継続は力なりって事? でも達也さんなら一日休んだくらいで後れを取ったりはしないでしょ」

 

「任務じゃないんですから、入学式だからという理由で休めば、師匠になんていわれるか分かりませんし」

 

「九重八雲、ね……私はあんまり詳しくないけど、どういう人なの?」

 

「生臭坊主です」

 

「へ、へぇ……」

 

 

 達也がきっぱりと言い切ったので、夕歌は坊主に対する考えを一新しそうになった。

 

「あっ、師匠だけですからね。深雪に色気を感じて鼻の下を伸ばしてるのは」

 

「僧なのよね?」

 

「肉欲につなげなければ問題ない、と言ってますがね」

 

「それは……本当に生臭ね……」

 

 

 映像でしか見たことが無い八雲の事を、夕歌はそう判断してため息を吐く。達也の方も、全くだと言わんばかりにため息を吐き、二人揃って笑ったのだった。




夕歌さんも生臭坊主と認定するほどの生臭坊主……

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