劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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とりあえず生徒会室にいるメンバーは何もしません


侍郎への措置

 首にぶら下がっていたイヤーマフをもぞもぞとした仕草で着け直し、詩奈は顔を赤くしたまま俯く。

 

「あの、すみません……私の友人が失礼な真似を……」

 

 

 声まで消え入りそうだった。

 

「そんなに気にしなくていいわ。生徒会室をはじめとした重要施設には、特に厳重なプロテクトがかかっているから」

 

 

 深雪のセリフがすぐには理解出来なかったようで、詩奈は一瞬怪訝な表情を見せた。

 

「……プロテクトと言いますと、結界みたいなものですか?」

 

「原理的には同じものね。二年前に当校でちょっとした不祥事があって、それ以来専門の業者と契約してセキュリティを強化しているのよ」

 

 

 数秒のタイムラグを置いて、詩奈は「ちょっとした不祥事」に思い当たり「はぁ……」と曖昧な相槌を打つ。二年前一高で何があったのか、詩奈は姉に教えてもらっている。武装テロリストの侵入を「ちょっとした」で片づけた深雪の感性に、彼女は激しい違和感を覚えた。

 

「矢車くんは詩奈ちゃんのボディガードなの?」

 

「はい……いえ、厳密には違うのですけど」

 

「深雪先輩。矢車家は家族ぐるみで三矢家の家事使用人兼ボディガードの仕事をしている一家なんです。侍郎くんは詩奈ちゃんと年が同じなので専属ボディガードになるはずだったのですけど、高校進学前にその予定は取り消されました。そうでしたよね、詩奈ちゃん」

 

「え、えぇ、その……」

 

 

 詩奈の歯切れが悪いのは、理由を聞かれたくないからだ。本人の耳に入らぬところでも、魔法の才能が不足しているので護衛役を降ろされたとは言えない。この宣告で侍郎が深く傷ついている事に詩奈は気づいていた。

 

「そう……つまり、詩奈ちゃんは矢車くんの行動を管理する立場に無いという事ね?」

 

「あっ、はい」

 

「そうなると、この魔法の無断使用は矢車くんの独断という事になってしまうから……情状酌量の余地がなくなってしまうわね」

 

 

 深雪のこの発言に、誤解の余地は無い。だからこそ、詩奈は絶句してしまう。

 

「魔法は未遂のまま失敗に終わっているから、その分は差し引いて考えるにしても……入学早々、謹慎は可哀想よね。泉美ちゃんはどう思う?」

 

 

 泉美に話しかける深雪を、詩奈は呆然と見つめていた。制止の声も出なかった。

 

「私も全く知らない相手ではありませんので、本心では寛大な措置をお願いしたいところではありますが……逆にだからこそ、甘い対応は出来ないと思います。十師族の関係者は校則を破っても見逃してもらえると思われては、他の生徒に悪い影響がありますから」

 

「ちょっと待ってくださいお願いします!」

 

 

 詩奈が音を立てて立ち上がる。彼女の翻意を請う言葉は慌てている所為が聞き取りにくかったが、深雪と泉美の注意を惹くことは出来た。

 

「侍郎くんは納得していないんです! だからこんな愚かしい真似をしでかしたんです!」

 

「納得していないというのは、詩奈ちゃんのボディガードから下ろされたことを納得していないという意味かしら?」

 

「……そうです」

 

「つまり矢車くんは、詩奈ちゃんの安全確保が目的で生徒会室の様子を探ろうとした、ということなの?」

 

 

 深雪のセリフは、詩奈をいたぶる為のものではなかった。彼女が遠慮して口に出せない言葉を引き出すためのものだったのだ。

 

「そうです。そもそもの原因は三矢家が侍郎くんを納得させられなかったために起こったもの。彼をきちんと説得する義務が私たちにはありました。それに本人が私の為に行動していたなら、私には彼を止める責任があります。今回の事は私の監督不行き届きです。侍郎くんには私の方から、二度とこんなことをしでかさないようきつく叱っておきます。ですからどうか、今回だけは侍郎くんの愚行に対するご寛恕をお願いします!」

 

「詩奈ちゃん。貴女は今、矢車くんに対する監督責任を認めたのだけど、その意味は分かっているわよね?」

 

 

 深雪の声も、態度も、眼差しも、柔らかく優しい。だがこの問いかけに答える為、詩奈は気力を振り絞らねばならなかった。

 

「……理解しています」

 

「泉美ちゃん、どう思う? 私は詩奈ちゃんに任せても良いと思うのだけど」

 

「私も今回はそれでいいと思います」

 

 

 深雪の言葉に、泉美は笑顔で答えた。だがその笑みは姉の真由美より、父親の弘一に似ている笑みであった。

 

「ありがとうございます!」

 

 

 詩奈が深々と頭を下げる。彼女は泉美が口にした「今回は」というフレーズの意味をしっかり理解していた。

 

「では私たちから矢車くんに対する罰を与える事は無しにしましょう」

 

「『私たち』からは……?」

 

「恐らく後片付けの為に講堂付近にいた吉田先輩と司波先輩には気づかれているでしょうから、術の不正使用に対する罰はそちらで下すでしょうね。もちろん、抵抗しなければ厳重注意だけで済むでしょうが、侍郎くんはどう出るでしょうね」

 

 

 詩奈は幹比古の実力は昨年の九校戦を見て知っていたし、達也の事も同じ十師族の一員という事で調べている。魔法戦闘の実力もさることながら、エンジニアとしての実力もかなりの物だというイメージだったのだが、泉美の口ぶりから察するに、幹比古よりも達也の方が侍郎にとってマズい相手なのではないかと思ったのだった。

 

「大丈夫よ。達也様だって術が成功しているかどうかなど分かってるでしょうし、抵抗しなければ攻撃もしないわよ」

 

「もし抵抗したら?」

 

「そうね……しばらく寝てもらう事になるかしらね」

 

 

 表情を変えずに言ってのける深雪に、詩奈は戦慄を覚えたのだった。




深雪の笑み……怖そうだな

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