劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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警戒してても対応できないだろうな……


警戒すべき相手

 達也たち四人は、第一小体育館の前で一旦立ち止まった。

 

「術の気配は?」

 

「まだ続いてる。この裏側の壁際にいると思う……って、僕に聞かなくても達也なら自分で分かるだろう?」

 

 

 達也の質問に律儀に答えた幹比古だったが、その後で漸くその事に気が付いた。

 

「余計な力は使いたくない」

 

 

 達也の自分勝手とも思えるセリフに、幹比古から抗議の声は上がらなかった。達也が怠け心でそう言っているのではないと理解するだけの知識が幹比古にはあるからだ。

 見る者は見られる。有名な哲学者の言葉を引用するまでもなく、これは正しい。少なくとも知覚系魔法の視線を向けられた魔法師は、その視線に込められている魔法力を知覚する。技術的に圧倒的な差があれば、相手に気付かれること無く監視する事が可能だが、どんな魔法を使ってもリスクはゼロにならない。達也のエレメンタル・サイトですら、相手が同じ技術を持っていれば観測者の存在を察知することが出来る。幹比古が相手を認識しているなら、達也があえてリスクを負う必要は無かった。

 

「達也さん、それでどうしますか?」

 

「このまま捕まえる?」

 

 

 ほのかと雫は幹比古程はっきり理解していなかったが、当事者同士が納得しているようなら問題にする必要は無いと考えたようだ。二人は校則違反者についての対応を達也に尋ねた。本来なら幹比古に尋ねるべきなのだろうが、二人ともその事もはっきりと意識していない様子だったし、幹比古も気にしていない様子だ。だから達也も余計な事は言わずに、三人に対してこれからの段取りを簡単に指示したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日一高に入学したばかりの新一年生、矢車侍郎は、生徒会室に向けていた意識を自分が今いる場所、第一小体育館の裏に引き戻した。

 

「(誰かが近づいて来ている。この気配……二人、いや、三人か?)」

 

 

 知覚系魔法は自分の五感を強化するタイプでない限りエイドスを上書きするものではなく、他人からは察知されにくいと言われているが、痕跡が全く残らないというわけでもない。それを侍郎はしつこく教え込まれていた。

 生徒会室に『順風耳』を向けているだけでも魔法の無断使用を咎められる危険を冒している。彼にこれ以上のリスクを負うつもりは無い。

 魔法を使わずに伝わってくる気配を読み取った結果、侍郎は三人の魔法師が自分に近づいて来ていると推測した。

 

「(二人は女性……職員ではなく女子生徒か。まったく気配を隠してない。だがもう一人は巧みに自分の気配をコントロールしてるな……気配を隠して忍び寄っているという感じではないな……意識しなくても自然に自分の気配を制御している……かなりの手練れだ。もしかしたら職員かもしれない……自分が使っていた魔法は他人に気付かれにくい感知系魔法で、かつセンサーに捉えられにくい古式魔法だが、一高の職員ならば察知する事が出来るかもしれないな……)」

 

 

 侍郎はそう考えた。近づいて来ている三人が単なる見回りという可能性は端から除外していた。残念ながら詩奈を脅かすリスクを見張るという目的は果たされていない。彼の『順風耳』は生徒会室に張り巡らされた結界を、遂に突破する事が出来なかった。

 魔法科高校は現代魔法の技術しか利用していないというのは、自分の思い込みに過ぎなかったようだ。侍郎は不承不承、それを認めた。しかしこれ以上「耳」を傾けても、詩奈に対して何が話されているのか聞き取ることは出来ない。引き際を弁える冷静な判断力を侍郎は残していた――残しているつもりだった。

 侍郎は音もなく、隠れていた場所を離れる。当然、三人が近づいてくる方とは反対側へ。小体育館の壁に沿って移動し、何食わぬ顔で並木道に出ようとした。

 しかし彼は移動を開始してすぐ、足を止める事を余儀なくされた。

 

「(何っ!?)」

 

 

 辛うじて驚愕の声は飲み込んだが、それに意味は無かった。

 

「新入生だな? この付近で不正に魔法が使用されたのを感知した。話を聞きたいので同行してもらいたい」

 

 

 こうして鉢合わせるまで気配を感じ取れなかった上級生。侍郎はその顔を知っていた。彼でなくても顔と名前を知っているという新入生はそれなりにいるはずだ。生徒会役員で九校戦のスーパーエンジニア。恒星炉実験の中心メンバーであり四葉家の次期当主。

 

「(司波達也!)」

 

 

 侍郎が最も警戒していた人物。彼は咄嗟に髪を縛っていた紐を解いた。その長い髪で顔を隠し、高速移動の古式魔法『韋駄天』を発動し達也の前から逃れようとした。

 

「待て」

 

 

 侍郎を呼び止める達也の声は、それほど強いものではなかった。少なくとも、逃走を試みている者の足をすくませる迫力は無い。侍郎が足をもつれさせてしまったのは、その声と共に撃ち込まれた想子の砲弾が原因だった。

 

「(対抗魔法、術式解体だと!)」

 

 

 それはまさに想子の大砲だった。全身を呑み込む想子流に曝され、発動途中の魔法を無効化されただけでなく、肉体のコントロールまで麻痺してしまう。足の踏ん張りが利かない。五体のバランスも保てない。侍郎は身体が堕ちていく中、辛うじて受け身を取るだけの自由を取り戻した。そのお陰で怪我は免れたものの、無様に転倒してしまう。

 

「(くそっ、動け!)」

 

 

 侍郎は自分の身体を心の中で叱咤し、意識による制御を取り戻そうとする。何故自分の手足が言う事を聞かなくなったのか、それを理解する知識が彼にはあった。だから突如訪れた麻痺に恐怖は無かったが、知っているがゆえに余計に焦りを覚えたのだった。




いとも簡単に捕まってしまうとは……

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