人はそれほどいないとはいえ、侍郎を担いだ達也と、その後に続く三人はかなり目立っていた。だが幸いな事に四人とも一高では有名人――達也に関していえば社会的にも有名人だが――なので、四人が侍郎を拉致しようとしてると勘違いする人間は一人もいなかった。
「しかし、達也がやったこととはいえ、良く担げるね」
「暴れない分楽だろ。幹比古でも運べると思うぞ」
「さっきも言ったけど、僕は達也やレオ程鍛えてないから。もちろん、最低限は鍛えてるつもりだけど、僕は大型二輪に撥ねられたら大人しく病院の世話になるつもりだし、空気弾の衝撃を体内で吸収し外に流す事も出来ないから」
「何時まで気にしてるんだ」
幹比古が話題にしてるのは、一昨年の九校戦、モノリス・コード決勝後に達也たちが交わした会話の内容で、達也が将輝の一撃を生身で防いだと信じ込んでいるようだった。幹比古は深雪から「再成」の事を聞いているはずなのにも拘わらずだ。
「そりゃ男として何時までもねちねちと昔の事を気にしてるのはどうかと僕も思うけど、どう考えたって達也の方が力があるし、今回この新入生を気絶させたのは達也だろ。僕が運ぶ理由がない」
「力がついたかどうか確認する事が出来るだろ」
「そんな理由で人一人担ぎたくないよ!」
「吉田くん、この子が起きるから大声は出さない」
「……北山さん、さっきまで楽しんでなかった?」
「そんな事ない」
雫に怒られ、幹比古は再び声を潜めて達也に詰め寄る。と言っても肉体的な距離は変わらない。
「達也やレオがどんな訓練をしてるのかは知らないけど、僕だってそれなりに鍛えてるつもりだ。だけど僕は術ありきだからね。達也やレオ程肉体を鍛えてるわけじゃないんだよ」
「その割には俊敏な動きだったり、いざという時の為に鍛えてはいるんだろ? 一年の時よりだいぶ筋肉がついている」
「服の上から観察しないでよ! っと、まぁ達也なら何でもありか」
再び大声を出しそうになって、幹比古は慌てて口を押え、相手が達也だからという理由で納得した。その理由で納得されるのは達也としては不本意ではあるが、聞かれたところで答えようがない事なので達也の方もその理由で納得したのだった。
「でも、美月を守るならもう少し鍛えた方が良いと思うよ」
「雫、いきなり割り込んできて酷い事を言うな」
「そう?」
「美月は別に幹比古の肉体に惚れてるわけじゃないぞ」
「そうだったね。ゴメン、吉田くん」
「何で謝られてるのかも、二人が何を言ってるのかも分からないけど、とりあえず保健室についたね。じゃあ達也はその新入生を中に連れていってね。僕は見回りを再開するから」
逃げるようにこの場を去る幹比古を、三人は黙って見送った。
「ほのか、深雪にこの子の事を報告しておいてくれ。恐らく関係者が生徒会室にいるはずだ。雫も、本部に詰めてなければいけないはずの幹比古が逃げてしまったからな。戸締りの報告の後は本部で待機しておいてくれ。生徒会室でも構わないが」
「分かりました、達也さん。でも、達也さんはどうするんですか?」
「保護者が来るまでは責任を持とう。その後は生徒会室に戻るさ」
ほのかと雫を生徒会室に向かわせ、達也は侍郎を担ぎ直して保健室の扉を開ける。
「失礼します。新入生一名、眠っているためここで休ませていただきたいのですが」
「は~い、構わないわよ~って司波君じゃない。最近全然会いに来てくれないから、ちょっと寂しかった」
「前にも言いましたが、保健室を頻繁に訪れる学生生活を送りたくはないので」
「ところで、その子は何で急に眠ってしまったのかしら?」
「生徒会室に向けて古式魔法『順風耳』を使っていた疑いのある生徒です。声を掛けたら逃げようとしたので、一時的に拘束するために術式解体を打ち込み、反撃しようとしたのでもう一撃喰らわせたら意識を手放してしまったようでして」
「あらあら、気になる子でも生徒会室にいたのかしらね~」
怜美は面白そうに笑いながら、ベッドの用意をして侍郎をそこに寝かせる。もちろん、運んだのは達也だ。
「生徒会書記長であり元風紀委員の司波君としては、これで罰を執行したという事で良いのよね? 職員室には黙っておくわ」
「使っていたのがセンサーに気付かれにくい古式魔法ですし、術は失敗に終わったようですからね。恐らく深雪もそれほど厳しい罰を下すつもりは無かったでしょうし」
「でも、君の術式解体を二発も喰らわされるなんて、かなりの罰だと思うけどね」
「盗み聞きをしようとしていた場所が場所ですから、このくらいで済めばマシだと思いますけどね」
「でも、結局は盗み聞き出来なかったんだし、ここまでされるとは思ってなかったんじゃない? ましてやこの子は新入生で二科生だものね」
「幹比古の見立てでは『練度は高いが適性に恵まれなかった』ようです」
「そうなの。まぁ、この子が起きるまではここにいてもらいましょうか」
「いえ、そろそろ彼の保護者がここに来るでしょうし、俺はそれと入れ替わりで生徒会室に戻ります」
達也のセリフが終わるのと同時に、保健室の扉が遠慮がちにノックされ、怜美が返事をするとゆっくりと扉が開かれ、詩奈の姿が確認できた。
「三矢さん、ここは任せる。恐らく深雪からも似たようなことを言われているだろうが、今回はこれで見逃す」
「はい、司波先輩……申し訳ございませんでした」
「君が謝ることではないが、今後はしっかりと彼の事を監視しておくように」
「はい」
そう言い残して、達也は保健室を後にし、怜美も空気を読んで保健室から出ていくのだった。
比べる相手が達也とレオじゃね……