劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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新入生は問題を起こすのが決まりなのだろうか……モブ崎然り、七宝然り


詩奈の涙

 侍郎が目を開けた時、最初に見えたのは自分を覗き込む幼馴染の顔だった。泣き笑いの表情には、不安の色が見え隠れしている。

 

「侍郎くん! 良かった、目を覚ましたのね」

 

「……詩奈、俺は大丈夫だ」

 

 

 状況は分からなかったし、自分が寝ていた経緯もまだ思い出せていなかったが、侍郎はとにかく己の無事を示す為に起き上がった。詩奈の不安を取り除くことが最優先だと考えたからだ。

 

「何処も痛いところはない? 目は霞んでない? 私の声はちゃんと聞こえている?」

 

「何処もいたくないし、目も耳も正常だ」

 

 

 侍郎の返事を聞いて、詩奈は少しホッとした様子だった。そう、少し。彼女の中にはまだ不安。というより心配が拭いきれず残っているように、侍郎には見えた。しかし、なにか気がかりなことがあって気持ちが弱っているように見える詩奈から感じるこのプレッシャーはなんなのだろうか。侍郎は背中にいやなあせを滲ませながら、幼馴染の少女を見詰める。

 

「良かった。じゃあ……侍郎くん、避けちゃ駄目よ?」

 

 

 侍郎は自分が詩奈の言葉を聞き間違えたのかと思った。何故そんなことを言われたのか理解出来なかっただけでなく、セリフの内容が詩奈の温和な人柄とマッチせず、頭に上手く入らなかったのである。続く詩奈の行動は、侍郎の戸惑いなどお構いなしなものだった。

 右手を大きく振りかぶり、平手を侍郎の顔に打ち付ける。侍郎の頬が派手になった。侍郎には詩奈の動きが見えていたし、技術的には躱す事が可能だった。造作も無かったと表現する方が適切だ。しかしそもそも、侍郎には躱すという選択肢が意識に浮かばなかったのだ。

 

「どうして……?」

 

 

 詩奈の両目に涙が浮かぶ。今にも声を上げて泣き出しそうな顔をしている詩奈に、侍郎が当惑した声で問いかける。

 

「……何で盗み聞きなんて馬鹿な真似をしようとしたの?」

 

 

 詩奈から答えは無く、代わりに質問が返ってきた。質問の中身よりも震えているその声に、侍郎は絶句した。

 

「私、そんなに頼りなく見える……?」

 

「詩奈……」

 

 

 自分の名前を呼んだきり黙り込んでしまった幼馴染を、詩奈は涙に潤んだ目で睨みつけた。

 

「侍郎くん」

 

 

 少し寂しそうな咎める声。わざとらしさが無いだけに、若い男ならば罪悪感を刺激されずにはいられないに違いない。睨みつける詩奈と、目を逸らす侍郎。先にしびれを切らしたのは詩奈だった。

 

「……私ね、会長さんと約束をしたの。侍郎くんの事は、私が責任を持つって」

 

「なっ!?」

 

 

 詩奈の一言は、劇的な効果があった。慌てふためいた顔で、侍郎が詩奈と視線を合わせる。

 

「何で詩奈の責任になるんだよ!?」

 

「侍郎くんこそ、何でそんなに慌てているの? 私が責任を取ったら、何かまずい事があるの?」

 

「それは……」

 

「私に責任を取らせられない、それだけ悪質な事をやっていたって自覚があるからでしょう!?」

 

 

 侍郎は言い訳が出来なかった。詩奈の指摘は、的のど真ん中を射抜いていたからだ。

 

「魔法の無断使用で生徒会室の会話を盗み聞きするなんて、本来なら停学ものだよ? 私は侍郎くんにそんなことを望んでいないよ!」

 

「……分かっている。悪かった」

 

 

 侍郎としては、そういって頭を下げる以外に出来る事が無かった。彼は自分が何故、詩奈の護衛役を降ろされたのかが分かっている。感情は納得していなくても、理性はその理由を理解している。

 

「俺は……詩奈の親父さんが言う通り、お前から距離を置いた方が良いのか?」

 

 

 苦しげに、侍郎が尋ねる。それが出来れば、こんなに悩まない。だが詩奈本人から拒絶されたら、諦めがつく。この時侍郎はそんな風に思っていたが、詩奈本人の回答は、侍郎が全く予想していなかったものだった。

 

「もう遅いよ」

 

「遅い……って?」

 

「さっきも言ったでしょう? 私、司波会長と約束してしまったの。侍朗くんの事は、私が責任を持つって」

 

 

 今回の事は自分が全面的に悪いと侍郎にも分かっている。だがこれは「はい、そうですか」と認めるわけにはいかなかった。

 

「そんなこと頼んでないぞ!」

 

「頼まれてないわよ!」

 

 

 反射的に怒鳴ってしまった侍郎だったが、それ以上の剣幕で怒鳴り返された事で勢いを殺がれた、一方の詩奈は、ますますエキサイトしている様子だった。

 

「でも仕方ないじゃない! 私がそう言わなきゃ、侍郎くんは入学初日から自宅謹慎になってたんだから! 司波先輩が何で保健室に残らなかったのか分かる?」

 

 

 詩奈のヒステリックなセリフに、侍郎はぐうの音も出なかったし、問いかけに答える事が出来なかった。

 

「私が侍郎くんを監督する事になったの! 侍郎くんが何か悪さをしたら、私が責任を取らなくちゃいけないの! だから今日みたいな馬鹿な真似はもうしないで! 今回の罰はあれで済んだと判断されたから、保護者である私だけが保健室にいるの! 分かった!?」

 

「あ、はい」

 

「――うん。じゃあ、帰ろうか?」

 

 

 思わず言葉遣いを改めて、侍郎は恭順を示し、言いたい事を全てぶちまけてスッキリした詩奈は、付き物が落ちたように、何時もの笑顔を侍郎に向けた。

 

「それにしても、何で寝てたの?」

 

「……司波先輩に見つかって、逃げようとしたところに術式解体を浴びせられ、反撃しようと枝を飛ばそうとしてもう一撃喰らった……んだと思う」

 

「逃げるのも論外だけど、何で反撃しようとしたのよ」

 

「……詩奈に迷惑がかかると思って」

 

「なら、最初から盗み聞きなんてしなきゃよかったじゃない」

 

「……申し訳ございませんでした」

 

 

 ぐうの音も出ない正論に、侍郎は丁寧な言葉遣いで詩奈に頭を下げたのだった。




まぁ前例二人と違うのは、慰めてくれる女の子がいるって事か……

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