劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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新刊、案の定な展開に……


本来の距離感

 まだ何か言いたげな表情を浮かべていた響子に、風間は視線で続きを促す。少し躊躇いを見せたが、響子は遠慮がちに口を開く。

 

「……隊長、達也くんに事情を説明しなくても良かったのですか? あれでは、軍に対して不信感を覚えたかもしれませんよ」

 

「(『我々』ではなく『軍』にか……)軍が達也を裏切ったと?」

 

 

 風間の口から放たれた過激な単語に響子が怯んだが、彼女はここで口を閉ざさなかった。

 

「裏切られたとは思わないでしょうが、切り捨てられたとは感じているかもしれません」

 

「切り捨てた、か……あながち間違いでもないな」

 

「隊長……」

 

 

 さすがに放言が過ぎると感じたのか、響子の声音には窘めるようなニュアンスがあった。他に聞いている者はいないとはいえ、さすがに風間も不穏当と考えたのだろう。謝罪の言葉は、彼の口からスムーズに出た。

 

「すまん。だが、これが本来あるべき、軍と十師族の距離だ。達也が四葉の次期当主として中枢に戻ったにも拘わらず、我々は依然と変わらぬ関係を続けてきた」

 

「それで不都合があるとは思えません。彼は極めて貴重な戦力です」

 

「日本に二人しかいない、世界にも五十人といないと推定されている戦略級魔法師。確かに彼の力は日本の国防にとり、無くてはならないものだ。だからこそ余計に、適切な距離を保つ必要がある」

 

 

 響子は風間の言葉に納得していない。それが態度から窺われた。しかし、この話は二人の間で初めて交わされるものではない。真田や柳、山中も交えて何度も話し合われたことだった。

 

「我々は達也と親しくし過ぎている。先日の沖縄の作戦で、その弊害がはっきりした。親しすぎるが故に、我々はジョーカーとも言うべき達也の力を当てにしてしまう。彼がいなければあれほど簡単に敵の本隊を見つけられなかったし、敵工作員を無力化することも出来なかった」

 

「……だからこそ、私たちは達也くんとの交友関係を堅持すべきなのではありませんか?」

 

「達也が四葉から冷遇されている間は、それで正解だった。だが四葉家が達也を中心戦力と認めたことで、我々は達也から切り捨てられる可能性を無視できなくなった。四葉家と国防軍の利害が対立したとき、達也が国防軍を選ぶとどうして言える?」

 

「……四葉も国家の保護無くしては立ち行きません。達也君はそれを理解しています。彼が国家と対立する道を選ぶとは思えません」

 

「国家と軍の利害が常に一致しているのであればな」

 

 

 響子は自分の論法がすり替えであることを理解していた。だからそれを指摘されると、反論の術を失ってしまう。

 

「例えば、戦略級魔法による先制攻撃。これは間違いなく軍の利益に叶う。しかし国家の利益につながるとは限らない。マテリアル・バーストはその威力だけでなく、速度においても射撃距離においても絶対的な優位を持つ兵器だが、敵軍を壊滅させることで、我が国を取り巻く状況が余計に悪化する事もあり得る」

 

 

 それは理屈の上だけの可能性ではない。例えば南米では、ブラジル軍が周辺全ての国の軍に勝ちすぎてしまったために、ブラジル以外の国が崩壊し絶え間ない地域紛争から今でも抜け出せていない。南米大陸では世界群発戦争が終わっていないと言われるゆえんである。

 

「何より怖いのは、我々が達也と友好を深める事で、国防軍の上層部がマテリアル・バーストを何時でも使えると勘違いしてしまう事だ。シンクロライナー・フュージョンの使用により、戦略級魔法投入に対する心理的障壁はかつてなく低いものになっている。我々が達也と距離を置かなければ、マテリアル・バーストを使いたがる連中が必ず出てくる」

 

 

 風間の口調は、教師が生徒に言い聞かせるようなものだった。

 

「――では余計に、私たちは達也くんに真意を伝えるべきではありませんか?」

 

「そして達也に、国防軍に対する不信感を植え付けるのか? 国防軍全体に悪印象を持たれるよりは、我々がそれを引き受ける方が得策だと思うが」

 

 

 本音では風間と同じ懸念を抱えているだけに、響子に出来る反論はこれだけなのだ。この数日、彼らの論争はいつもここで終わりを迎えていた。だが、今日はまだ終わらない。

 

「国防軍に対する不信感ですが、達也くんは最初から軍を信じていません。それは隊長の方がご存じだと思いますが」

 

「……沖縄侵攻か。確かに達也はあの事件で国防軍に対して不信感を抱いているだろう。だが、これ以上達也に国防軍に対して不信感を抱かれるのは得策ではない。達也が我々の敵として立ちはだかった場合、今の我々ではひとたまりもない」

 

「でしょうね。彼だけではなく、深雪さんや他の婚約者たちも、達也くんと一緒にいられるなら喜んで国を敵に回すでしょうし。もちろん、私も」

 

「とにかく、下手に達也を刺激することなく、不信感を抱かせるにしても我々に止めるよう動く」

 

「……分かりました。ですが、もし達也くんと軍が全面対決する事になれば、私は迷うことなく達也くん側に付きます。それだけは覚えておいてください」

 

 

 ニコリともせず言い放ち部屋から出ていった響子を見送り、風間は一つため息を吐いた。

 

「四葉との全面戦争……そんなものを望んでる軍人がいると思ってるのか……」

 

 

 ただでさえ突出していると言われている四葉に『封印が解かれた』達也と深雪、それ以外にも有力な家の子女たちが四葉側に付くのだと、風間は想像しただけで憂鬱な気分になったのだった。




あの噛ませ女はダサすぎる……

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