入学式翌日の第一高校は、勝手がわからず戸惑っている新入生の姿が見られるものの、おおむね平静を保っていた。授業見学でのぞきに来ている新一年生の視線が気にならないと言えば嘘になるが、二年前は自分が見学させてもらう立場だったのだ。そう考えて達也は我慢する事にした。
「凄い注目度だね。新入生は魔工科に興味がないと思ってたよ」
「まぁ、司波君がいるわけだし、それなりに注目されて当然だと思うよ。もちろん、一科生の殆どは司波さんを見に行ってるみたいだけど」
順番待ちをしている間、十三束と千秋が達也を挟んで小声で会話を交わす。見学者の大半は二科生だが、中にはエンブレムがついている制服を着た一年生も見受けられる。
「四葉の次期当主様が気になるのかな?」
「俺はそんなに目立ちたいとは思わないんだが」
「そんなこと言って。司波君の実績を考えれば、目立ちたくなくても目立つに決まってるじゃん」
公にされているだけでも、一条将輝を正面から倒し、恒星炉実験を企画し、その中心メンバーとして活躍。更には九校戦エンジニアとして、担当した選手が事実上の無敗。これだけでもかなりの注目度だが、それに加えて『四葉』の名前はかなり大きい。その達也が在籍しているのだから、魔工科の授業もかなり注目されるのだ。
「僕も司波君には負けちゃってるしね……レンジ・ゼロが聞いて呆れるくらいの近接戦闘でね」
「最終的には遠距離攻撃だったがな」
去年の春、当時一年生だった七宝琢磨の鼻っ柱を折るために、達也は十三束と模擬戦をしている。接触型術式解体を常時発動している十三束相手に、達也は異能相手に編み出した徹甲想子弾を撃ち込み決着となった。今戦えば、達也はバリオン・ランスを用いて瞬殺する事が出来るだろうが、十三束ももう一度戦いたいとは思っていないので、再戦は実現しないだろう。
「おっと、僕たちの番だね」
「といっても、余りすることは無いがな」
今回の課題は、途中で手を加えずに、あらかじめ構築した魔法式で錫の真球を造ることだ。全ての工程を網羅した魔法式で構築する実習だ。真球を造る手順も決まっている。錫を融解し、重力を中和して表面張力で球体に形成する。球形になったら液体の錫を歪まないように冷却して固める。以上だ。
「やっぱり司波君が一番早いね」
「この実習は速さを競うのではなく、正確性を高めるものだ。気にする必要はないんじゃないか?」
「でも、一度負けてる身としては、一回くらい司波君に勝ちたいと思うものだよ」
「十三束くんも司波君に負けたの? でも、公式記録には司波君と十三束くんの闘いなんて無いけど」
「非公式な上に突発的なものだったからな。だが一応記録は残ってるはずだが」
魔工科の中でも達也、十三束、千秋のレベルは高く、既に魔法式を展開し終えた三人は再び小声で話し始める。
「去年七宝を打ち負かす為に、僕がまず七宝と模擬戦をした。それは記録に残ってるから平河さんも知ってるよね」
「えぇ。結果は十三束くんの圧勝。あれだけ息巻いていた七宝くんを完膚なきまでに叩きのめしたって」
「うん……そこまで苛烈なつもりは無かったんだけどね……あまりにも七宝の態度が不遜だったからさ」
当時まだ四葉家の人間だと明かしていなかったとはいえ、十三束は達也になにか思うところがあったのだ。まぁ、目の前で七草の双子の窒息乱流と七宝のミリオン・エッジを一瞬にしてかき消してみせたのだ。それなりに実力があると知っていても驚いたに違いない。
「十三束くんに負けた後も、しばらくは七宝くんは不遜な態度を取ってたと思うけどね」
「七宝家が十師族として認められるために力をつけたかったらしい。十師族として認められれば、もうそんな態度を取る必要も無くなったんだろ」
「確か、七宝家を十師族に推薦したのは四葉家だったよね?」
「俺は関与していない。母上が何を思って七宝家を推薦したのか、俺にも分からん」
「まぁ、そのお陰で今では七宝くんは司波君にべったりなわけだけどね。同じ魔工科の隅守くんが嫉妬してるくらいに」
「ケントと七宝とでは、話す内容が全く違うんだがな……」
入学当時から達也を尊敬していたケントとしては、途中から達也を尊敬しだした琢磨の事が気に入らないらしいと、水波を介して聞いた達也は、ひどく疲れたため息を吐いたのだった。
「新一年生の中にも、司波君の事を尊敬してる子は多いと思うよ。実績十分な無名な高校生、というわけではなくなったんだしね」
「四葉の名前は関係ないと思うんだが……ん? あれは亜夜子か?」
「あぁ、今年だけ四高から特別編入してきた子?」
「編入じゃないんだが……まぁ、おおむねそんな感じだ」
「あの子も司波君の婚約者――というか、四葉縁者なんだよね? 授業とか良いんだろうか」
「既に課題を終わらして見学に来た、という感じだろ。亜夜子はあまり調整とかに向いていないから、実戦授業を見に行けばいいものを」
「よく見れば三高の四人もいるね。相変わらずモテモテだこと」
「平河さん? 何だか怖いよ?」
他の婚約者がいる事に不満を抱いた千秋の態度に、十三束が慌てふためくが、達也は我関せずを貫き通した。ちなみに、実験が終わった順番は、達也、十三束、千秋の順だった。
千秋が達也側なので、気まずさは解消してます