三年E組の実技指導は今年もジェニファー・スミス教師だ。実験が授業終了前に終わり、達也はジェニファーにそのまま職員室に呼ばれていた。
「司波君も生徒会があるでしょうから、手短に話します」
今は五時限目終了直前。この後放課後になり、達也は生徒会室に行かなければならない。それはジェニファーの認識通りだった。
「まだ少し先ですが、今年の論文コンペに司波君はどんなテーマで臨む予定ですか?」
論文コンペの開催は、十月最終日曜日。今年は十月二十七日になる。まだ随分先のように見えるが、学校代表選出の校内選考会が実施されるのは六月で、それほど気が早い質問ではない。
「まだ決めていません」
だから達也は特に意外感は覚えず、短くそう答えた。そもそも論文コンペに出場するかどうかも決めていないのだから、それはこの場で申告する必要がない事だ。魔工科は選考会に応募が義務付けられているとはいえ、辞退する手が無いわけではない。
「そうですか、それは良かった」
「良かった、ですか?」
準備を始めていなくて良かったというのは、さすがに達也も理解出来ないセリフだ。思わず鸚鵡返しに問い返したのも無理はあるまい。ジェニファーに慌てた様子が無かったのは、意味を問われることはある程度予測していたからだろう。だったら最初から相手に理解出来るように詳しく説明すればよさそうなものだが、彼女には彼女なりの段取りがあるのかもしれない。
「ええ。実は司波君に伝えておくことが出来たのです」
「それは論文コンペのテーマ選考に関する事ですか?」
「そうです」
ここまで聞いて、達也の予想は二つに絞られた。論文コンペのテーマに恒星炉に関連する事を選べという内容か、論文コンペで恒星炉に触れる事を禁止する内容だ。
「論文コンペのテーマには、恒星炉以外のトピックスを選んでください」
「分かりました」
あっさり了承した達也に、ジェニファーは訝しげな目を向けた。
「……理由を聞かないのですか?」
「恒星炉の危険性は理解しているつもりです。論文コンペで採り上げるには、不適当なテーマだと自分でも考えていました」
「そうですか。どうやら余計なお節介だったようですね」
達也の本音は別にあるのだが、ジェニファーは今の説明で納得した様子だ。論文コンペで発表するのは不適当。達也がそう考えているのは本当だ。しかしそれは危険だからではなく、恒星炉は達也が考えている魔法師開放プランの中核技術だ。こればかりは他人に真似をされ、先を越されて特許を主張されたりしては困るのだ。
「そういえば、賢人君は希望通り魔工科に進級できたそうですね。遅ればせながらおめでとうございます」
達也のこのセリフに深い意味はない。単に話題を変えるためのものだ。
「ありがとう」
達也は魔工科進級試験の結果が出た三月上旬の時点で、ジェファニーの息子のケントの魔工科進級を知っていたが、ジェニファーもやはり人の親か、何時ものクールな表情を弛め微笑んだ。
「今年も結構な倍率でしたが、来年はさらに競争が激しくなりそうです。魔工科クラスを増やす必要があるかもしれません」
「まだ入学式が終わったばかりですが、既にそんな兆候が?」
ジェニファーがふと漏らしたこのセリフは、達也にとっても未知の情報だった。単なる世間話に過ぎないが、彼は好奇心を刺激された。
ジェニファーが僅かに「しまった」という表情を過らせたのは、生徒に教えてはならない事になっていたのか。だがすぐに「秘密にする必要も無い」と思い直したのだろう。彼女は達也の質問にあっさり答えた。
「今年の入学試験は例年に比べ、魔法工学で高得点をマークする受験生が多かったのですよ。新入生もそちら方面の技術を会得している生徒が、例年より大きな比率を占めていますよ」
達也はすぐに思い当たる事があった。実験の見学者が随分多いと感じたのは、彼の勘違いではなかったようだ。理由は、彼があれこれ考える前にジェニファーから明かされた。
「やはり、去年の恒星炉実験が大きな影響を与えたのでしょう。例年であれば四高を志望していた生徒も、当校に進学しているようです。そのせいか、今年は入試の倍率も上がっていました」
「そうですか。悪い事をした……というのは、不適当でしょうね」
「新入生のレベルが上がった、と考えるべきでしょう」
本気とも冗談ともつかないこたえを返した後、ジェニファーは達也に「話は以上です」という言葉で退出許可を与えた。
「失礼しました」
一礼をして職員室を出た達也を待ち構えていたのは、新入生に紛れて授業見学をしていた亜夜子だった。
「達也さん、何かあったのでしょうか?」
「いや、特に無い。論文コンペのテーマについて聞かれただけだ」
「恒星炉には触れるな、でしょうか?」
「そうだ」
特に隠す必要も無いので、達也はあっさりと亜夜子にその事を伝えた。さすがの亜夜子も恒星炉実験の全てを知っているわけではないし、今の状況では四高代表として論文コンペに出場するのも難しいからである。
「私は達也さんならどのテーマでも大丈夫だと思ってますわ」
「そうか。それより亜夜子、今は授業中じゃないのか?」
「課題は既に終わらせていますし、私以外にも三高の一色さんたちもいましたわよ?」
「あぁ、気付いてたさ」
呆れ半分な笑みを浮かべ、達也は亜夜子と別れ生徒会室に移動するのだった。
余計な奴が余計な事をした所為で、いろいろと大変な状況になってますしね……