劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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目は引くでしょうね……


屋上での遭遇

 詩奈に取り残される格好になった侍郎は、階段の途中で立ち止まりため息を吐いた。詩奈のああいう子供っぽさは愛すべき気質だと、侍郎は思っている。家族を除けば自分にだけそんな側面を見せるのは、心を許してくれている証拠だと嬉しくもある。しかし今はその所為で困惑していた。

 詩奈は彼に対して何の指図も出さずに立ち去った。つまり、彼の自由にしていいという事だ。だが侍郎にとって「自由」とは大抵の場合、どう扱えば良いのか分からずに持て余してしまう厄介なものだった。命令されなければ何も出来ないのでは、奴隷やロボットと同じだ。それでは駄目だと彼にも分かっているが、彼にはそれが出来ない。

 詩奈が目の届く場所にいれば、時間の使い道に困ることが無かった。侍郎はずっと詩奈の護衛役として自分がどう行動すべきか決めていた。詩奈の護衛役であることは彼のアイデンティティだったのだ。だが半年前、護衛役失格を言い渡されたのだ。自分に才能が無かったから。誰を恨みようもない。親を恨んでみても仕方がない。そもそも生まれが違えば詩奈と知り合う事すらなかったのだから、親を恨むのは完全に筋違いだ。

 それに侍郎はまだ、諦めてしまったわけではなかった。現時点で力不足であることは自覚しているが、才能と能力はイコールでは無いと彼は信じている。強さが足りないなら、それを補う技術を磨く。彼はそう心に決めている。しかしそれはまだ、可能性の中だけの話で、今の侍郎は詩奈の隣に侍ることを許されていない。ではせめて遠くから見守ろうと考えて、昨日は大失敗を演じた。

 これからどうするか考えがまとまらないまま、彼は惰性で上へと足を進めた。先に帰るという選択肢は思いもよらない。詩奈の登下校に付き添うのは、彼に残された数少ない特権だ。それまで時間を潰す場所を求めて、侍郎は屋上に出た。

 一高の屋上は空中庭園になっている。今日はよく晴れていて風もなく、四月になったばかりの夕方であるにも拘わらず、屋上は暖かかった。暑くもなく寒くもなく、ぬるま湯につかっているような心地よさだ。

 この陽気に眠気を誘われたのだろう。屋上のベンチで、血統書付きの猫がまどろんでいた。やけに絵になるその姿に、侍郎は思わず足を止め見入ってしまう。スレンダーで伸びやかな肢体。色素が薄い、やや癖があるセミロングの髪。目を閉じ、枕にした腕に半ば埋もれていても分かる、整った顔立ち。まさに、血統書付きの猫のような女子生徒だった。

 

「(顔つきは詩奈に比べれば大人っぽい……上級生か。右肩には八枚花弁のエンブレムも八枚ギアのエンブレムも無い……二科生の先輩か)」

 

 

 じっくりと観察していたつもりが、上級生の寝姿に見惚れていた事に気付き、侍郎はハッと我を取り戻した。

 

「(起こした方が良くないか?)」

 

 

 季節は四月になったばかりで、今は暖かくとも、夕方になれば急に冷え込む。風が出てくるかもしれないので、屋上でごろ寝していては風邪をひくかもしれない。

 

「(だけど、このシチュエーションはマズいのではないだろうか……)」

 

 

 今、屋上にいるのは自分とこの先輩の二人だけ。目を覚ました彼女は、自分の事を痴漢と勘違いするかもしれない。よしんば痴漢と思われなくとも、女子生徒の寝ている姿を覗き見して喜ぶ変態扱いされるかもしれない。百パーセントの誤解とは言い切れないだけに、そんな誤解をされたら大ダメージになりそうだと考え、侍郎は踏み出しかけた足を止め、逆にそろりそろりと後ずさった。痴漢と間違われないだけの距離が取れた、と判断したところで、上級生に固定していた視線を外し、校舎内の踊り場に繋がるドアへ顔を向ける。その横顔に、彼がたった今まで見ていたベンチから声が掛かる。

 

「別に、逃げなくても良いわよ」

 

 

 狙いすましたようなタイミングで虚を突かれて、侍郎の身体が硬直する。辛うじて首から上で振り返った先では、上級生の女子が身体を起こした。侍郎の不審な挙動には構わず、女子生徒は大きく伸びをした。こういう仕草も猫っぽい。だが、天に伸ばしていた腕を下ろして侍郎に向けられた眼差しは、猫というよりも豹か虎を連想させる力強さを宿していた。

 

「痴漢だなんて誤解しないから。あたしが風邪をひかないか心配して、起こしてくれようとしたんでしょ?」

 

「え、えぇ、まぁ……」

 

 

 意表を突かれた直後に図星を指されて、侍郎は舌だけでなく身体全体が錆びついてしまったように固まっていた。

 

「ふーん……」

 

 

 侍郎は非常に居心地が悪かった。目を開いた先輩は、彼が寝顔から想像した以上に綺麗だった。活力に満ちた、瑞々しい魅力にあふれている。そんな美少女に見つめられるだけで反応に困ってしまうというのに、この少女は可愛いだけではなく、こちらの骨の髄まで見通すような眼力を宿していた。

 

「(この眼差し、最近どこかで……)」

 

 

 侍郎は先輩の眼差しを受けながら、似たような感覚に陥った記憶を探り、つい昨日逃走に失敗した時に味わった視線を思い出した。

 

「(そうか……この感覚、司波達也に観察された時の……)」

 

 

 達也程ではないが、彼女の視線もまた、自分の事を全て見抜くような、そんな感覚を味合わせるものだと侍郎は感じていたのだった。




深雪よりエリカの方が好きですね……深雪も可愛いとは思いますが

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