劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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相手が悪すぎるだけかと……


強くなりたい理由

 侍郎は女子生徒の視線を浴びながら、昨日感じた視線との違いを考えていた。

 

「(心の奥底まで見通す、ではないな。こちらの力と技のレベル、癖、長所と短所を一目で見抜くような……)」

 

 

 とても少女とは思えない達人の眼力だと考えて、侍郎の頭に閃く名があった。

 

「あ、あのっ!」

 

「んっ、なに?」

 

「間違っていたらすみません! その、先輩のお名前は、千葉エリカさんと仰るのではありませんか!?」

 

「へぇ……あたしの事を知ってるんだ。それで、君の名前は?」

 

「失礼しました!」

 

 

 侍郎の質問を聞いて、エリカは軽く目を見開いた後、面白そうに目を細めた。対する侍郎は、無意識的に姿勢を正した。相手が上級生だからではない。頭ではなく身体が、エリカに礼を尽くすように命じていたのだ。

 

「一年G組、矢車侍郎です!」

 

「やぐるま……昨日達也くんに痛い目を見せられた新入生がそんな名前だった気がするけど……もしかして君が?」

 

「あっ、いや、その……はい。昨日司波先輩には痛い目を見せられました。ですが、それは俺が悪かったからで」

 

「まぁいいわ。確かにあたしは君が言った通り、三年F組の千葉エリカよ。あたしのことを知っていたってことは、剣術をやってるの? 見た感じ、ナイフみたいな短い得物の方が得意そうだけど」

 

 

 エリカの指摘を聞いて、侍郎は警戒するよりも感心していた。本当に一瞥しただけで相手が修めている技を見抜くなど、彼が師事している格闘術の教官よりも確実に上だと思われる。もっとも、エリカの勇名を知っていた侍郎にとって、こんなことは今更であった。

 

「ご慧眼、御見それしました。自分は折り畳みナイフや十手を得物とする護身術を嗜んでおります」

 

「堅苦しいなぁ……そんな堅苦しい喋り方じゃ、聞いてる方の肩が凝っちゃうよ」

 

「は、その……すみません」

 

「あたし相手に、硬くならなくていいから。無理に『自分』とか使わず『俺』で良いのよ? 何時もはそう言ってるんでしょ」

 

「そんなことまで分かるんですか」

 

 

 鯱張った返答に居心地悪そうにエリカが頭を掻きながら侍郎を驚かす。しかし「いつもは」云々はエリカのあてずっぽうだったが、あえてその事を訂正したりはしなかった。

 

「それに君、自分の技を護身術って言ってたけど……そうは見えないわね。護身は護身でも、護るのは自分以外。主人を護る盾になる為の暗器術。違う?」

 

「そんなことまで分かるんですか……?」

 

 

 侍郎が同じセリフを異なる口調で紡ぎだす。前のセリフは単なる驚きを表したものだが、今度の言葉は「信じられない」という驚愕を伴っていた。一方で、侍郎の度肝を抜いたエリカは、彼の答えに一瞬顔を顰めたが、すぐにどうでも良いというような表情を作った。

 

「まぁ、実家でも似たような技を教えているからね」

 

 

 その一言を聞いて、侍郎の目に光が点る。それは「炎が燃え上がる」と表現した方が相応しく思える程、強い光だった。

 

「千葉先輩。いきなり厚かましいとは思いますが、一手御指南していただけませんでしょうか」

 

 

 強い渇望、いや、強さへの渇望を侍郎の瞳から読み取って、エリカはベンチの背もたれから身体を起こした。それだけで背筋がピンと伸びて、凛とした空気が醸し出される。その急激な変化に、侍朗は目を見張った。

 

「あたしに何を教えてほしいの?」

 

 

 不意討ちでもつれていた舌はとうに解けている。侍朗の発声を妨げているのは、緊張による喉の渇きだ。カラカラに干からびた喉を、唾を飲み込むことで何とか潤し、侍朗は気力を振り絞ってエリカの問いに答える。

 

「――強くなる術です」

 

「何故、強くなりたいの?」

 

 

 喉の渇きはますます激しくなるばかりだ。侍朗は咳き込みそうになる喉に再び生唾を流し込み、掠れた声を無理矢理絞り出した。

 

「俺の手で、あいつを護れるようになりたいからです」

 

「俺の手で、か」

 

 

 エリカが目を閉じ、シニカルな笑みを浮かべた。

 

「良いじゃない、正直で。良いわ、付き合ってあげる。ついてきなさい」

 

 

 目を開けた彼女は、ニヤリと楽しそうな笑みを侍郎に向け、勢いをつけてベンチから立ち上がると、屋上の出入り口へ足を向けた。エリカの唐突な行動にまごついている侍郎へ肩越しに振り返りもう一度声を掛けたことで、ようやく侍郎はその場から移動し始める。

 

「それにしても、入学初日に達也くんから攻撃されるなんて、なにしたの、あんた」

 

「……生徒会室の会話を盗み聞こうとして、その術を司波先輩に察知されました」

 

「あーあ……そりゃご愁傷様」

 

「声を掛けられた事に驚いて、咄嗟に逃げようとして術式解体を喰らい、混乱した頭で何とかしようとして、司波先輩を攻撃しようとしてもう一撃術式解体を浴びせられたんです」

 

「そりゃキツいわね……でもまぁ、生徒会室に術を仕掛けようとしたんだから仕方ないかな。まして学校内での魔法の不適正使用は厳しく取り締まらなければいけない立場だし」

 

「そういうのは風紀委員の仕事なのでは?」

 

「そっか。あんたは知らないんだっけ。達也くんは現状は生徒会役員だけど、その前は風紀委員のエースだったのよね。だから、未だに巡回とか手伝ったりしてるわけ」

 

 

 何故あのタイミングで達也が現れたのか、少し納得がいったのか、侍郎は自分の愚かさを再び反省しながら、大人しくエリカの背中を追いかけるのだった。




達也相手に勝てるわけがない……

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