劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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今後出番はあるのだろうか……


剣術部部長と副部長

 エリカが訪れた場所は、第二小体育館、通称「闘技場」だった。床は板張りにセッティングされ、剣術部と剣道部が合同で稽古している。

 

「えーと、いたいた。相津君!」

 

 

 エリカが探していた生徒は、壁際の隅で全体の様子に目を光らせていた。彼女は一礼して板張りの床に上がり込んで、邪魔にならないように壁に沿ってその男子生徒の方へ歩いていく。侍郎は同じように一礼して、遠慮がちにエリカの背中に続いた。

 

「千葉さん」

 

 

 剣術部部長・相津郁夫は顔だけエリカの方へ向けて目礼し、そしてすぐ稽古の監視に戻った。

 

「少しの間、お邪魔して良い? 稽古場の端の方を貸してもらいたいんだけど」

 

「それは構わないが、出来ればウチに入部してくれないか。部外者に怪我をさせられると、執行部や風紀委員がうるさいんだ。誤魔化すのがそろそろ面倒になってきた」

 

「別に誤魔化さなくても良いじゃない」

 

「千葉さんはそれで良くても、ウチにも面子というものがあってだな……」

 

「その話はまた今度ね。というか、どうせ達也くんがもみ消してくれてるんだから、放っておいても問題ないわよ。それに今日は、新入部員を連れてきてあげたんだよ」

 

「えっ?」

 

 

 勝手に話を進められて、思わず侍郎が声を漏らした。

 

「……本人は納得していないようだぞ」

 

「えっ、いや……」

 

 

 相津部長に目を向けられ、侍郎は軽い狼狽状態に陥った。

 

「矢車、他に入りたいクラブがあるの?」

 

「いえ、しかし、家の仕事が……」

 

 

 そこへエリカの押しが強い一言を浴び、侍郎は歯切れの悪い返事をする。しかしこれは言い訳ではなく、詩奈の護衛役は降ろされたが、三矢家の使用人として、あまり大きな声では言えない類の仕事が回ってくる可能性は残っているのだ。

 

「そこは大丈夫だ。矢車君と言ったか。新入生だな?」

 

「あっ、はい」

 

「当剣術部には、君と同じように家の仕事をしている者は多い。ちゃんと届けてくれれば、部活を休んでもうるさい事は言わん」

 

 

 しかし部長からこういわれてしまえば、なんとなく入部しなければならないような気になってしまう。

 

「まぁ、すぐに決めろともウチに絶対入れとも言うつもりは無い。どうせ千葉さんが何も説明せずに引っ張ってきたんだろう? じっくり考えて決めればいい」

 

「……ありがとうございます」

 

 

 どうやら無理強いされることは無いようだと、侍郎は剣術部の部長が常識人であったことに胸をなでおろした。

 

「相津君、甘い! 甘いよ!」

 

 

 しかしそこへ、侍郎の不安を再び煽る声が聞こえた。セリフの主は彼の背後。当然エリカではなく、しかもかなり近かった。気づかぬうちに背中を取られていたと知り、侍郎は慌てて振り返った。

 

「んっ?」

 

 

 そこにいたのは小柄な少女。突如緊張感をみなぎらせた侍郎に訝しげな目を向けたが、すぐに相津部長へ視線を移した。

 

「相津君、せっかくの新入部員をみすみす逃がしちゃうなんて、部長としての自覚が足りないぞ!」

 

「斎藤、そうは言っても無理強いはいかんだろ」

 

 

 女子生徒――剣術部副部長兼女子部部長・斎藤弥生は人差し指を一本立てた右手を小刻みに振った。

 

「チッチッチ、相津君は分かってないなぁ」

 

「うわっ、うざ……」

 

「エリカ! うざいとか言わないで!」

 

 

 周りにいた部員の心の声を代弁したに違いないエリカのセリフに噛みついて、斎藤弥生はすぐに目を相津へ戻す。

 

「相津君、そこは無理強いするんじゃなくてお願いするんだよ! 先輩から熱心に勧誘されたという引け目を作って、そこに付け込むんだよ!」

 

「いや、それ、引け目になるか……?」

 

「なる! そういうわけで新入生君! ええと……」

 

「矢車君だ」

 

「オーケー、矢車君!」

 

 

 身体ごと侍郎に振り向いた弥生だったが、侍郎の名前が分からず困惑したが、相津がボソリとプロンプターを務めたお陰で、気まずさを感じる事無く侍郎の手を掴んだ。

 侍郎は、自分の右手を包み込むように掴んだ弥生の両手を、何故か躱せなかった。恐らくこの展開について行けなくなっていたからだろう。一方弥生は、侍郎の手を掴んで「おっ?」と嬉しそうに目を見開いた。

 

「矢車君、かなりやるね? これは是非とも、剣術部に入部してもらわなきゃ」

 

「勧誘は明後日からの決まりでしょ。ルールは守らなきゃね」

 

「エリカ、あんたからルールを守れとか言われると、ちょっぴりむかつく」

 

「はいはい。これから矢車に稽古を付けるんだから、文句も勧誘も後にしてくれる?」

 

「稽古って、あんたテニス部でしょうが! それに一年生と遊んでる暇があったら、あたしとの決着を付けなさいよ!」

 

「相津部長の許可は取ったわよ」

 

 

 弥生は相津をキッと睨みつけるが、相津は「何がいかんのだ?」という目で見返している。確かにエリカが剣術部と剣道部に出入りするのを問題にするのは今更なのだ。

 

「それに、遊びじゃないのよ」

 

 

 剣術部部長と副部長の、目と目の語らいに、エリカが平坦な口調で割り込んだ。侍郎はその声に、身震いするような寒気を覚えた。

 

「それにね、弥生。ここで矢車を勧誘した事実が生徒会に伝われば、達也くんが来るかもしれないんだよ? ここであたしの事を見逃してくれれば、その事は黙っててあげる」

 

「婚約者の名前を出すのは卑怯よ!」

 

「あんたも一年の時、達也くんが代理で剣道部の部長を務めてたのは知ってるんだし、当然達也くんの剣術の実力も知ってるわよね?」

 

 

 エリカの挑発とも取れる態度に、弥生は大人しく引き下がったのだった。




実力者は多いんだよな……達也たちが異常に強いから目立たないけど……

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