劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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さすが忍び……


警告

 三年生に進級しても、達也は毎朝可能な限り八雲の寺に通っている。高校に入学したばかりの頃は全戦全敗だった組手も、今では勝率五割になっていた。だからといって、達也は自分の実力が八雲に並んだとは考えていない。元々達也と八雲では得意とするものが異なる。情報収集や潜入工作や対人戦闘と言った日常的に役に立つ分野では、自分の実力は八雲に遠く及ばないと自覚している。

 比べる対象を一対一の戦闘に限ってみても、達也は八雲と対等に遣り合えるのはお互いの姿が見える状態から「用意、始め」で戦いが始まる場合だけだ。殺し合いなら最終的に達也が勝つだろうが、それまでに多くの物を失う事になるだろう。ただ相手を殺すだけの勝利に意味はない。

 とはいえ、そういう戦う意味を奪い去ってしまう類の技術が伝授されることを期待して、達也は八雲の許に通っているのではなかった。達也は八雲の弟子ではなく、鍛錬の相手だ。これまでは達也の方が弱かったから八雲に鍛えてもらっていただけであり、組手の技量が釣り合うようになってようやく、お互いに益がある練習相手になったと言える。

 今朝最後の対戦を敗北で締め括り、達也は挨拶をして帰宅しようとしたが、その彼を八雲が呼び止めた。

 

「あ、達也くん。ちょっと」

 

「なんでしょうか」

 

 

 そう答えた直後、達也は周りの空気が変化したのを感じた。雰囲気が変わったという意味ではなく、達也と八雲を包んで音を通さない空気の壁が出来ていた。

 

「(遮音結界……俺が知ってる術式とは別のものだな)」

 

「十文字家から招待状が届いているだろう? 誰が出席するんだい?」

 

「もう知っているんですか……」

 

「僕は忍びだからね」

 

 

 八雲の得意げな決め台詞は何の説明にもなっていないのだが、達也は時間が無駄になると分かっている問答に労力を割かなかった。

 

「まだ本家の許可を得ていませんが、俺が一人で出席するつもりです」

 

「そうだね。その方が良い」

 

「なにか不穏な動きがあるんですか?」

 

「直接的な危害を加える類の企みは、今のところないみたいだね」

 

「間接的な攻撃を企てている者はいるという事ですか?」

 

「攻撃のつもりは無いんじゃないかな」

 

「そうですか」

 

 

 八雲が何を言おうとしているのか、なんとなく分かったような気もしたが、達也は根拠のない不確かな推測をそこで中断した。

 

「危ない事があるとすれば、会議が終わった後だろうね」

 

「分かりました。警戒します」

 

「達也くん、余り甘く考えない方が良いよ。社会という怪物には牙も爪も無いけど、人一人くらい簡単に食い殺せるからね」

 

 

 達也自身に対してであれば、なにが襲いかかろうと恐れる必要は無い。この時達也は、深雪のガードを強化するために本家から応援を呼ぶ必要があるかもしれないと考えていたのだが、そんな達也に八雲から突如警告が浴びせられ、達也は頭から氷水をぶっかけられたような気がした。

 

「――肝に銘じます」

 

 

 彼は八雲の真意が分からぬまま、半ば反射的にこう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四葉真夜の朝は、それほど早くない。今朝は少し遅めの八時半に起床し、朝食を終えたのはその一時間後。そのタイミングを見計らって、背後に控えていた葉山が恭しい口調で真夜に話しかけた。

 

「真夜様、達也様よりビデオメールが届いております」

 

「たっくんから? こんな朝早くにどうしたんだろう?」

 

「届いたのは昨晩。奥様がお休みになられた後の事です」

 

「そんなに急ぎの用件ではない、という事かしら」

 

「はい。達也様は『見ていただくのは翌朝で構わない』と仰せでした。恐らく、真夜様がお休みになられているのを分かっていてあの時間に送ってきたのではないかと」

 

 

 葉山の答えを聞いて、真夜は逆に興味を惹かれたようだった。

 

「分かりました。ここで見させてもらいます」

 

「かしこまりました」

 

 

 葉山が部屋の隅に控えていたメイドたちに合図を送り、食器の片付けと並行してスクリーンを用意し、真夜の前に整列し腰を折る。主が頷くのを見て葉山が退出を命じ、全ての扉を施錠して防音壁を下ろすスイッチを入れた。

 ビデオメールは長さが三分も無い、簡潔なものだった。最後まで見終わって、真夜は「ふふふ」と小さな笑い声を漏らした。

 

「こんな些細なことまで私の許可を求めてくるなんて、たっくんも案外可愛らしいことね」

 

「奥様にとっては好ましい事かと存じます」

 

「それはそうね。でも私の息子だと公言した時点で、たっくんには大きな自由を与えたつもりだったのだけど。伝わっていなかったのかしら」

 

 

 真夜が小首を傾げている姿は、おそらく誰の目から見ても白々しかった。

 

「四葉家の者として当然の心構えを、達也様は堅持なさっているのだと私めは愚考します」

 

「そういう言い方もあるわね」

 

 

 真夜は醒めた口調で呟いた。今朝も葉山が自分のジョークに乗ってこなかったので、白けてしまったようだ。

 

「ところで奥様。達也様から申請があった件については、如何なさいますか」

 

「もちろん、許可するわ。たっくんには私の息子としての裁量権を与えているのだもの」

 

「では、私めがそのようにお伝え致します」

 

「本当は私が話したいのだけど、たっくんも学校があるだろうし、あんまり時間を掛けるのも悪いものね。あぁ、それから今後はこの程度の事なら私の許可を求める必要は無いって言っておいてちょうだい」

 

「かしこまりました」

 

 

 少しつまらなそうに命じる主を見て、葉山は楽しそうな笑みを浮かべながら恭しく腰を折って承知の意を伝えたのだった。




八雲ってかなり強いんですよね……アニメの印象ではただのエロ坊主でしたが

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