劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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何処の家もろくなこと考えてないな……


九島家の参加者

 十文字家当主からの書状が九島家に届いたのは、達也がそれを手にした翌日の正午前だった。思いがけない招待状に兄たちが騒いでいるのを、九島光宣はテレビ画面でも見るようにぼんやりと見つめていた。今日は平日で、本来ならば学校にいるはずの時間だが、光宣は昨日の夜から熱を出していて、今日は学校を休んでいた。第二高校生徒会副会長の光宣は、入学式に関わる多忙な日々に疲労を溜め込んで体調を崩してしまったのだ。

 生徒会役員であるにも拘らず新学期早々欠席しなければならなかったことが、光宣は情けなかった。身体が弱いのは誰の所為でもない。自分の所為ですら無いと理性では分かっている――と真実を知らない光宣は思い込んでいる。彼は自分が不健康に生まれた理由を知らないが故に、その事で誰も恨んでいない。恨むことが出来ない。しかし他人に責任を転嫁できない分、光宣は自分を責めていた。十師族に相応しい魔法力を持ちながら、ちょっとした事で寝込んでしまう体質の所為で、その力を発揮する事が出来ない。それは、十師族に相応しい魔法力を持っていない事より質が悪いのではないかと光宣には思われた。

 

「(達也さんや深雪さん、それに真由美さんたちは僕の事を認めてくれていたけど、それでも僕は自分が許せない)」

 

 

 九島家が十師族から落ちてしまった事も、彼の自虐に拍車をかけていた。十師族の地位を失ってしまった事に、光宣は無関係だ。彼に責任は無い。だが自分が九島家の後継者として、例えば九校戦のような表舞台で活躍出来ていたのなら十師族から転落する事は無かったのではないかと、光宣はふとした弾みに思ってしまう。

 彼は自分を卑下するのと同時に、兄や姉の事を無意識に見下していた。祖父の九島烈より、従姉の藤林響子より、そして自分より明らかに魔法力が劣っている者として、兄と、姉と、父親を。実の姉のように彼が慕っている藤林響子が、自分の身体の治療法を探してくれているらしいが、現在までのところ進展はない。自分はこのまま九島家の行く末に関わるかもしれない重要な話し合いに加わることさえ出来ず、平凡な魔法力しか持たない兄や姉から相手にされることさえなく、陽の当たらぬ場所でひっそりと朽ち果てていくしかないのか……光宣は何時の間にかそんな絶望に蝕まれていた。

 彼が一言も発言しない内に、十文字家当主が提案した会議には光宣のすぐ上の兄が出席する事で話は纏まったようだ。すぐ上と言っても、光宣とは七歳離れている。

 

「(そういえば何故兄たちはここにいるのだろう……仕事中のはずなのに……てか、姉たちも嫁いで子供のいる身なのに、何故この家にいるのだろう……)」

 

 

 そんなことを考えてすぐ、光宣はでは自分はここで何をしているのだろうという考えに陥った。

 

「(そうだ。僕は食事に来たんだった)」

 

 

 少し体調が戻ったので使用人には昼食は食堂で摂ると告げて、準備が出来たとの報せに足を運んでみれば、食卓に兄と姉が勢ぞろいしていたのだ。兄姉の前には手が込んだ、見た目も鮮やかな料理が並べられているのに対して、光宣の前に置かれていたのは、大量のサプリメントで味付けされた病人食のお粥だ。元々量が少なかったこともあって、光宣は既に食べ終えている。

 

「(これ以上ここにいる意味はないな……)」

 

 

 そう考えて光宣は席を立った。椅子が立てた音で注意が向いたのか、すぐ上の兄が光宣に目を向けた。

 

「光宣、もう戻るのか?」

 

「具合はどう?」

 

 

 その声は、食堂に姿を現した弟の挨拶に応えて以来のもので、それに続いて二番目の姉が今日初めて光宣に声を掛けた。

 

「まだ少し熱っぽいので、休んでいようと思います」

 

 

 光宣が立ったまま答えたのは、早く部屋に戻りたいという意思表示だった。

 

「そうか……残念だな。お前の体調に問題が無ければ、一緒に東京へ連れていこうと思ったのだが」

 

「僕を、ですか?」

 

「光宣は四葉の次期当主と面識があったよな? もし体調が戻ったら、旧交を温めると良い」

 

「そうですね。可能なら、ぜひ」

 

 

 光宣はそういって軽く頭を下げ食堂から出ていく。兄の思惑は見え透いており、十師族の地位を失った九島家が勢力を盛り返す為に、四葉家を味方につけたいと考えており、その為に光宣を利用できないかと考えたわけだ。

 

「(四葉の次期当主か……)」

 

 

 光宣が達也たちと会ったのは去年の秋、半年前の事。共に過ごした時間はわずか数日間。実質的に別行動ったり自分が体調を崩して寝込んだりしていた日があったから、本当に一緒にいたと言えるのは正味で二日間だけだ。しかしその二日間の記憶は、光宣の中で輝いていた。

 

「(奈良を案内し、春日山の麓で外国人の手先になった魔法師相手に共闘した事。その外国人魔法師、周公瑾の手掛かりを求めて京都を歩き回った事。あの二日間は、自分が魔法師として本来あるべき姿でいられた時間だった気がする。その後、周公瑾本人と対峙して逃走を阻止しているが、あれは単なる作業だった。大した相手ではなかったし、出来て当然の事だ)」

 

 

 今となっては、不甲斐なく病に倒れ看病された日の事も、少し恥ずかしくはあるがいい思い出だと思っている。水波のような友人を持っている達也と深雪の事が、光宣は正直羨ましかった。

 

「(東京に行けば、達也さんや深雪さん、そして水波さんと再会できる。それは兄のくだらない思惑を差し引いても魅力的だな)」

 

 

 部屋に戻りベッドに倒れ込んだ光宣は、兄の思惑如きが達也の邪魔をしないだろうなと考え、当日東京に行ければいいなと考え始めていたのだった。




光宣が健康だったら九島家もエグイな……

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