劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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この女、嫌い……


克人への来客

 四月九日の夜。大学から帰宅した克人は、客が待っていると家人から伝えられた。

 

「何時から待っているんだ?」

 

「三十分ほど前からです」

 

 

 克人の質問に家政婦が答える。その答えを聞いて克人は着替えもせずに応接間に急いだ。約束も無く押しかけてきた相手とはいえ、ぞんざいに扱っていい相手でもなかったからだ。

 

「お待たせしました」

 

 

 応接間に入るなりそう謝罪した克人に、スーツ姿の相手の女性も立ち上がって丁寧にお辞儀をした。

 

「こちらこそ、お留守の間にお邪魔してしまい申し訳ございません」

 

「いえ。ただご連絡くだされば、もっと早く帰って参りましたが」

 

 

 克人の非難めいたセリフに、相手の女性は恐縮したような態度を取って見せた。克人がソファに戻るよう勧め、二人は同時に腰を下ろした。

 

「お久しぶりですね。十文字家御家督継承、遅ればせながらお祝い申し上げます」

 

「ありがとうございます。二月の師族会議でお目に掛かれるかと思っておりましたが」

 

「あら、これは失礼しました。ご存じの通り、私は家の方針で軍務に重点を置いておりますので……十山家の事は弟に任せております」

 

 

 本人が言った通り、彼女は師補十八家・十山家の人間だ。名は『十山つかさ』。ただし軍では『遠山つかさ』を名乗っている。言うまでもなく氏名の詐称に他ならないのだが、彼女の場合は上官も承知の上だ。実質的に陸軍情報部を牛耳っている諜報畑の黒幕的実力者と十山家の密約により、彼女は身分を隠して情報部の超法規的任務に従事しているのだった。

 

「でしたら、本日は国防軍に関係したご用件でいらっしゃたのですか?」

 

「いえ、そういうわけではないんですが」

 

「では、ご用件は何でしょう?」

 

 

 十山つかさは感情が全く籠っていない笑みを浮かべ、ジェスチャーをまったく伴わなず言葉だけで克人の問いに否を返した。

 克人の性急とも思える話の進め方にも、つかさは嫌な顔一つ見せない。今年二十四になるつかさと克人との歳の差は四つ。しかしもっと年が離れていても、普通ならば克人を前にしてこれだけ落ち着きを保つことは難しいだろう。彼女もまた「十」の数字を冠するに相応しい教育を受けて育ったに違いない。

 

「克人さんからご招待いただいた件です。まことに申し訳ございませんが、十山家はご存じの通りの事情を抱えておりますので、欠席させてください」

 

「そうですか……残念ですが、致し方ありませんね」

 

 

 つかさが言う「十山家の事情」とは、十山家と国防軍のつながりの事だ。十山家は第十研で首都防衛の最終防壁として生み出された。十山家は国民を守る為というより国家機能を守る為の魔法師だ。国防軍との関係は、二十八家の中で最も強い。

 十師族は魔法師が国家権力によって使い捨てにされない為の仕組みとして、日本という国家に口答えする為の組織として作られたものだ。ただ十山家は、十師族体制の中枢に参加していながら決して十師族にならない、十師族として国家に魔法師の利害を主張する事が許されない一族だった。

 この事を知っているのは、同じ第十研で作られた十文字家のみ。もしかしたら他にも、知っていながら知らないふりをしている家があるかもしれない。しかし、十山家が自分のスタンスを明らかに出来る相手は十文字家だけだ。会議参加者から十山家が欠席した事を問題にされれば、二十八家内部における十山家の立場が悪化するかもしれない。

 

「欠席の理由はどうしますか?」

 

「それをご相談したいと思いまして。是非とも克人さんのお知恵をお借りいたしたく」

 

 

 いくら国防軍がバックについていると言っても、魔法師開発研究所で作り出された同じ境遇の魔法師集団から爪弾きにされるのは、やはりデメリットが大きすぎる。だからそうならないように上手い言い訳を考えてほしいとつかさは言っているのである。

 

「十山家以外にも、欠席を申し出てきた家はあるのではありませんか?」

 

 

 十文字家当主の座に就いたばかりの克人が、十師族当主として初めて二十八家の魔法師に呼びかける、試みとしても初めての会議。出席を断るのは心理的にかなり難しい。また、欠席裁判のような不利益が生じるとは考えられないが、旨みのある話に乗り遅れてしまうのではないかという懸念は拭い去れない。しかし何しろ急な話しだ。自分たち以外にも欠席すると回答してきた家があるのではないか。つかさがこう考えるのはある意味で当然だった。

 

「回答自体はまだ数件ですが……七夕家から欠席するとお詫びの書状をいただきました」

 

「どのような理由で?」

 

 

 すかさず発せられたつかさの問い掛けに、克人は思わず顔を顰めた。他人の手紙の内容を知りたがるのは、あまり礼儀に適っているとは言えない。

 

「次期当主殿が防衛大に在籍しているから、という理由ではありませんか?」

 

「……そうです」

 

 

 克人が回答を躊躇っている間に、つかさは自分で答えを出した。彼女の推理は完全に的中していたので、克人は渋々頷いた。

 

「そうすると、同じくご子息が防衛大在学中の一色家、ご子息が軍務についておられる五頭家、八朔家は会議を欠席しそうですね」

 

「一色家はご息女が参加すると伺っていますが……というかつかささん、あまり嬉しそうに言わないでもらいたいんですが」

 

「安心しました。我が十山家も同じ理由で欠席させていただきますね」

 

「……承りました」

 

 

 にこにこしているつかさとは対照的な、ムッとした顔で克人が頷く。自分の招待を笑って蹴飛ばすつかさの態度は愉快なものではなかったが、十山家と国防軍の裏事情を知っているだけに、出席を無理強いする事は出来なかったのだ。




愛梨、正式に会議参加決定

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