劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1078 / 2283
怒らせたらヤバイのは達也も深雪も同じですね……


人物像

 克人はそろそろ、つかさの相手をすることに疲れていた。真由美と話している時、しばしば感じる居心地の悪さとは違う。真由美には、悪気はあっても悪意はない。彼女は本質的には善良な人間だ。

 それに対してつかさは、悪気も悪意も無い代わりに善意まで欠如している。彼女の発想に誰かが喜ぶから、という観点は無い。喜怒哀楽の感情はきちんと備わっているくせに、他人の喜怒哀楽を簡単に無視してしまう。

 だからと言って任務に支障が無い限り、ルールやモラルに反した事はしていないから余計に質が悪いのだ。感情が無いロボットではなく、価値観が異なる異邦人でもない。なまじ不自由なくコミュニケーションが取れるせいで、彼女と話していると小さな疲労がどんどん蓄積していくことになる。だが丁度、彼女の用件も終わった。後は別れの挨拶を交換するだけだ。克人はそう思っていたのだが、それは希望的観測に基づく誤認識だった。

 

「ところで、四葉家の次期当主とその婚約者、司波達也さんと司波深雪さんは会議に来られるのでしょうか?」

 

「……返事はまだ届いていませんが、恐らく出席するでしょう」

 

「克人さんはあの二人とご面識がお有りなのですよね?」

 

「一高の後輩ですから」

 

 

 社交的な笑みの中で、つかさの瞳が克人の眼を捕らえる。彼女の目は鋭い光を放つ代わりに、全てを呑み込む深淵を宿していた。

 

「どのような方々なのですか?」

 

「親しくしていたわけではありませんから、詳しい為人は分かりません」

 

「ご存じの事だけでも、教えていただけませんか? 少なくとも、秘密主義の四葉家の人間であるにも拘わらず、出席が任意の会議に顔を見せると判断される程度には理解されているのでしょう?」

 

「(なるほど、それが狙いか……)」

 

 

 克人は今更ながらにつかさの真の狙いを悟った。考えてみれば、いくら口実を見つける為という目的があったとはいえ、欠席の断りを入れるだけの用件でわざわざつかさが訪ねて来るはずもない。彼女は社会の裏側で常に暗闘を繰り広げている一員で、重要な役目を担う人物。メッセンジャーが必要なら、十山家にも他に適任者がいるだろう。

 彼女は四葉家の魔法師に関する情報を得るために、欠席の謝罪にかこつけて自分のところにやってきたのだと克人は理解した。克人は彼女の要求を突っぱねることも出来た。彼には、つかさの疑問に一から十まで答える義理も務めも無い。しかし克人は結局、黙っている必要も無いという後ろ向きな理由で回答に応じた。

 

「婚約者殿については良く分かりませんが、次期殿は信義に厳しい男です」

 

「信義に厳しい? 信義に厚い性格、ではなく?」

 

「一度盟約を結べば、自分からは決して裏切らない。だが裏切りに対しては裏切りで報いる。司波達也殿はそんな人物だと、私は思っています」

 

「そうですか……例えば政府に、いえ、国防軍に裏切られたとしても、同じだと思いますか?」

 

「国家に対する利敵行為は働かないでしょう」

 

「軍の幹部や政府の要人には平気で敵対するという事ですね?」

 

「自分から敵対するような、愚かな人物ではありません」

 

 

 話を不穏な方向へ誘導しようとしているとさえ思えるつかさの問い掛けに、克人はゆったりとしながらも力強い口調で応えた。

 

「しかし、絶対的な忠誠心は持っていない」

 

「あくまでも私は司波達也殿のことをそう見ているというだけの事ですが。それに、個人に対する忠誠心は無くても国に対する忠誠心は持っていると思います」

 

「独善的な愛国者というのは、教条的な平和主義者と同じくらい有害な存在だと思いますが」

 

「愛国者も平和主義者も悪ではないでしょう。実際に害を為さない限り、内輪で争うのは得策ではない」

 

「嫌ですね。十山家には、四葉家と事を構えるつもりなどありませんよ」

 

 

 克人の鋭い視線が、つかさの柔らかな眼差しとぶつかる。克人が眉を顰めるのを見て、つかさは素知らぬ顔で、すっかり冷めてしまったお茶に口をつけた。

 

「まだ何か聞きたい事が?」

 

「いえ、今日のところはこれで失礼しようと思っています。お茶、ご馳走様でした」

 

 

 いい加減に疲れていた克人は、使用人を呼びつけつかさを玄関まで案内するよう言い付け、自分は応接間に残った。

 

「では克人さん、ごきげんよう」

 

 

 つかさの挨拶にも無言で頷くだけに留めた克人は、つかさの姿が見えなくなったと同時にため息を吐いた。

 

「十山家には、か……」

 

 

 克人はつかさに達也の事を話したことを後悔はしていない。だが、彼女が何か考えているという事は理解出来た。それがどのような考えなのかにたどりつくことは出来ない。克人にはつかさや達也のように、腹黒い事を平気で考えるだけの経験が無いし、素質も無い。基本的に善人であるがために、彼女たちの考えには同意出来ないのだろう。

 

「まぁ、司波なら何とかするだろう」

 

 

 つかさが何か仕掛けたとしても、達也なら自分が手を貸すことなく解決するだろうと決めつけ、克人は抱いていた疑問を棚上げする事にした。

 

「だが、司波も平気で場を乱す人間だからな……面倒事にならなければいいが」

 

 

 協調性は無くはないが、不利益だと感じたら平気で孤立するタイプの人間だという事を理解するだけの付き合いはあるので、克人は今度の日曜に開く会議に一抹の不安を抱いたのだった。




克人も似たような感じはしますがね

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。