四月十二日、金曜日の夜。夕食を済ませて寛いでいる時間に電話が掛かってきた。
「このような恰好で失礼します」
『構わないわよ、たっくんの普段着姿は中々見られないしね』
ヴィジホンのカメラに向かって折り目正しく一礼する達也と、ディスプレイの中から微笑みながら達也の普段着姿を眺めている真夜。
『あら、深雪さんはお出かけ?』
「今、水波に呼びに行かせています」
本当は四葉本家からの電話と分かった時点で着替えに行かせたのだ。たぶん真夜にも分かっているだろうが、その事に興味は示さなかった。
『そう。まぁ、今日は元々たっくんに用事があって電話してるんだから急がなくても良いわよ』
「恐縮です」
『早速だけど、日曜日は午前中に会議の予定でしたね?』
「そうです」
達也がそう答えた直後、深雪がリビングに戻ってきた。もちろん、慌てて走ってきたり、ドアを大音量で開け放つなどの失態は犯さない。
「叔母様、大変失礼いたしました」
『構いませんよ、急に電話を掛けたのは私の方ですから』
丁寧に一礼した深雪を関心無さそうに一瞥して、真夜は中断していた話を続けた。
『では、日曜日の午後からこちらにいらっしゃい。久米島の件を詳しく聞かせてちょうだい』
「かしこまりました」
達也は考える素振りも見せずに承諾を告げ一礼したが、本家に顔を出すのは兎も角、問題は会議が午後遅くまで続いた場合どうするかだった。横浜から四葉本家まで距離は大したことないが時間はかかるのだ。翌日も学校で、三人同時に休むわけにはいかない。かといって深雪が別行動を承諾するとは考えられなかった。
「会議が長引いた場合は、途中で退席してもよろしいでしょうか?」
だから達也が導き出した答えは「日を改める」ではなく「会議を抜け出す」だった。
『あらあら……十文字殿が主催を務める会議でしょう? それはマズいのではなくて?』
「むしろ、必要以上に長い時間会議に留まると、不都合が生じるように思います」
『七草家のご長男は、そんなことも考えているでしょうね』
真夜が言ったことは、同格の十師族の間で払うべき礼儀を考えれば当然だが、達也は会議が長引けば面倒事を押し付けられる空気になるのではないかという損得を重視していた。達也はあえて言わなかったのだが、真夜が達也の考えを正確に読み取って笑いながら頷いた。
『もしかしたら、たっくんや深雪さんに主役を押し付けたいと考えているかもしれないけれど……でも十文字殿がいるから、そんなことにはならないでしょう。会議が長引く心配もしなくても大丈夫だと思うわよ』
「分かりました」
『じゃあ、日曜日はそのように。でもその前にたぶん、お仕事をしてもらう事になると思います』
急に口調を改めた真夜の言い方に、達也は違和感を覚えた。
「決定ではないのですか?」
『お仕事を依頼するのは私ではありませんもの』
「国防軍が自分に任務を持ってくるという事ですか? しかし何故母上が、そのような事を気になさるのでしょうか?」
四葉家で無ければ、達也に仕事を押し付けるのは国防軍だ。では何故、真夜が国防軍の任務について口にするのか。もしかしたら真夜はその任務を受けさせたくないのかもしれないなと考えていた。
『私も国土に外国軍を上陸させたくありませんから』
「……北海道の状況は、そんなに悪いのですか?」
『状況は悪くないみたいですよ。むしろあの程度の兵力で、何故新ソ連軍が強気な態度でいられるのか気になります』
「新ソ連が『トゥマーン・ボンバ』を使う可能性があるという事ですか?」
真夜が何を懸念しているのか深雪と水波には分からなかったようだが、達也がその答えを口にした事により、深雪と水波の顔色が変わった。
『ええ。達也さん、実を言えばね、一条殿が後れを取った魔法も規模を押えた「トゥマーン・ボンバ」の可能性が高まってるの』
「魔法で大量の酸水素ガスを生成し、一気に点火するのが『トゥマーン・ボンバ』の正体だとお考えなのですか?」
『酸水素ガスを燃料にした気体爆弾と言ったところかしら。肝心のメカニズムは全く分からないけど、佐渡沖で「トゥマーン・ボンバ」を使ったとすれば、宗谷海峡で使用を躊躇う方が不自然でしょう』
「それに対抗せよと? しかし敵味方の距離が近い状況でマテリアル・バーストは使用できません。酸水素ガスを燃焼させる魔法であれば威力の調節も難しくないでしょうが、質量をエネルギーに変換するマテリアル・バーストは変換対象を細かく絞り込むにも限度があります」
『大丈夫ですよ。国防軍も日本の沿岸近くでマテリアル・バーストを使用しろとは言ってこないでしょうから。達也さんに求められる役割は、超遠距離狙撃による敵艦艇の足止めではないかしら。それと、敵の魔法の無効化ね』
達也は最後の一言で、真夜が何故国防軍の後押しをするようなことを言い出したのか、その本音が分かった気がした。
「戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』の分析をお求めですか?」
『達也さんでも一目で解明出来るとは考えていません。何らかの手掛かりが得られれば十分です。どんな些細なものでも構いません』
「了解しました」
『日曜日に合えることを楽しみにしています』
「恐れ入ります」
達也の答えに満足したのか、真夜はニッコリと微笑み、達也が頭を下げている間に電話を切ったのだった。
国防軍も頼らざるを得ないですよ……