劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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初心なのだろうか……ちょっともどかしい関係ですよね、この二人は


ちょっとした刺激

 電話の最中ずっと立ちっぱなしだった達也は、画面がブラックアウトしているのを確認して、やや乱暴な仕草でソファに腰を下ろした。

 

「達也様、その……お疲れさまです」

 

 

 深雪が気遣わしげに、達也の正面ではなく前に跪き彼の顔を見上げる。達也は笑みを浮かべて身体を起こし、深雪の髪を軽く髪乱すように撫でた後、再びソファに背中を預ける。

 

「急に慌ただしくなってきたな」

 

「本当ですね……あの、十文字先輩の会議には私が出席致しましょうか?」

 

「いや、大丈夫だよ」

 

 

 深雪が恐る恐る達也の膝に手を置くと、その手の甲に達也が自分の掌を重ねる。深雪の行為は深く考えた結果では無かったようで、彼女はハッと目を見開き慌てて手を引っ込めた。

 

「……申し訳ございません」

 

「……俺の方こそすまない」

 

 

 深雪は恥ずかしそうな顔で達也から目を背けた。達也の方も自分の行動を意識していなかったようで、彼は少し驚いた表情を浮かべて深雪に触れていた自分の手を見詰めている。そのどこか呆然とした様子に、深雪の動揺はますます激しくなった。

 

「あのっ! 決して達也様に触れられたのが嫌だったとか、そういう事ではなくてですね! 達也様に手を握っていただけるのは望外の喜びなのですが、突然の事に驚いたと申しますか……」

 

「深雪、落ちつけ」

 

「はい、いえ、ですが」

 

「落ち着きなさい」

 

「……はい」

 

 

 狼狽している深雪を見ている内に落ち着きを取り戻した達也は、深雪にそう命じる。小さく頷いて上目遣いに達也の表情を見上げる深雪に、達也は「気にしていない」という印に小さく頷く。その仕草を見て深雪の手が再び、おずおずと達也の膝に伸びた。膝に置かれた深雪の手の甲に達也は自分の掌を重ねた。今度は深雪もピクリとも動かなかった。反射的に手を引こうという素振りすらなかったのだ。

 

「……不思議です。先ほどの私はどうしてあんなに心を揺らしてしまったのでしょうか」

 

「今度は大丈夫かい?」

 

「はい……いいえ。私の心は今も大きく揺れ動いています。鼓動は激しく胸を打ち、息も満足に出来ません。私が達也様に触れられて平気でいられるはずがないのです。ですが、何故でしょうか。今の私は先ほどのように自分を見失っていません。心は激しく揺れていますが、その波は大きく、そのリズムは規則正しく、この息苦しささえ心地よいのです。お兄様と呼ばせていただいていた頃よりも、私の心は大きく揺れているのに……凄くしっくりくるのです。まるで、こうして揺れ動いている状態こそが、私の心のあるべき姿だというように」

 

 

 心が揺れているといいながらも、深雪の表情は穏やかだった。自分の手を包み込んでいる達也の指にそっと顔を乗せる。そんな深雪を目を細めて見つめていた達也だったが、ふと空気の揺れを感じて顔を上げた。彼が目を向けた先には、髪の隙間から見える耳まで赤くしてキッチンへ逃げ込む水波の姿があった。

 

「水波には刺激が強すぎたようだな、今の告白は」

 

「もう、お兄様ったら」

 

 

 気まずそうに自分を見上げていた深雪に冗談めかしたセリフを向けると、深雪も冗談めかしたセリフを返してきた為、二人の間に気まずさは訪れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四月十三日、土曜日。座学の授業中に達也の授業用端末に学校からの緊急メッセージが表示された。

 

「達也さん、どうかされたのですか?」

 

「来客のようだ。悪いが美月、エリカたちには昼は一緒出来そうにないと伝えておいてくれ」

 

「分かりました」

 

 

 急に立ち上がった達也に声を掛けてきた美月に軽く挨拶してから、達也はメッセージに書かれていた指示に従い教室を後にした。十三束や千秋は何か聞きたげな表情をしていたが、達也が首を横に振った為にすぐに自分の端末に眼を戻した。

 達也が向かった先は応接室。そこにはスーツ姿の真田が待っていた。達也は敬礼ではなく一礼して真田の前に進み、それを見た真田が学校の職員に目配せする。職員は渋々ではあるが応接室から退出した。それを合図に、応接室が真田の魔法により遮音フィールドに包まれる。それを確認して、先に達也が口を開いた。

 

「真田少佐、北海道に出動中ではなかったのですか?」

 

「急遽、戻ってきました。君の力が必要です」

 

「分かりました。状況は基地で伺います」

 

 

 いつもと変わらぬ表情だが、真田は焦っているのか、話し方が要領を得なかった。しかし達也は、ここで問答をして時間を無駄にするという愚は犯さなかった。それに、いくら音を遮断しているといっても学校内で作戦の詳しい話など出来ないのだ。

 

「霞ヶ浦ですか?」

 

「そうです。すぐに出られますか?」

 

「大丈夫です」

 

 

 真田の性急な問いかけにも、達也は短くそう答えた。生徒会役員の達也はCADを事務室に預ける必要が無いし、女子生徒と違って情報端末以外には持ち歩く私物もない。

 

「ではすぐに行きましょう」

 

「分かりました。早退届を出してきますので、ここで待っていてください」

 

「あ、あぁ……そうだね。分かった、待っているよ」

 

 

 達也は真田の焦りをたしなめるような口調でそう言って、応接室から出ていった。

 

「失礼します」

 

「あら、司波君……今は授業中のはずですが?」

 

 

 三年E組担当のジェニファー・スミスに早退届を提出し、達也は急ぎ応接室に戻る。といっても、廊下を走ったりはせずに、『彼の早足程度』の速度で応接室に戻り、真田と二人で学校を後にしたのだった。




美月の出番が大幅に減ってますよね……戦闘要員じゃない事も関係してるんでしょうが

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