劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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誰も知らない場所で戦略級魔法師対決が……


超遠距離狙撃

 立川基地を経由して、ヘリで霞ヶ浦へ。学校を後にして一時間後、達也は一○一旅団司令部ビルの指揮指令室にいた。この部屋には対馬要塞の観測室と同じく、偵察衛星や成層圏カメラの情報を三次元処理して、あたかも現場にいるような視界を作り出す設備が備わっている。達也はその装置の中に小銃形態特化型CAD『サード・アイ』を手にして椅子に座っていた。

 彼が着けているゴーグルは、ムーバル・スーツのヘルメットと同様、サード・アイに接続されている。封印を解いていないのでマテリアル・バーストは使えないが、何時でも超遠距離狙撃が出来る状態だ。

 サード・アイはマテリアル・バーストを運用する為に作られたCADではあるが、マテリアル・バーストにしか使えないわけではない。サード・アイの機能は超遠隔精密照準狙撃で、他の魔法の照準にも適用できる。もちろん、術者が使いこなせなければ無用の長物だが、達也にはその技術がある。サード・アイを使用する事で、何百キロも離れた場所へ雲散霧消や術式解散を届かせることが彼には出来る。

 

「大黒特尉、作戦に変更はありません」

 

 

 その声に達也が立ち上がる。今日この場で達也に指示を出すものは風間ではない。銀色に見える総白髪の髪から『銀狐』の異名を取る女性将官、旅団長・佐伯広海少将だ。

 

「第一目標は敵魔法の無効化。それが不可能な場合は、侵攻艦艇の航行阻害です。撃沈は可能な限り避けるように」

 

「了解」

 

「特尉、準備は良いですか」

 

「準備完了。既に敵魔法の発動を監視中です」

 

「よろしい。では、席に戻ってください」

 

 

 スクリーンには、樺太から南下する多数の小型舟艇が映っていた。一見しただけでは漁船に見えるが、成層圏カメラに附属している各種センサーは殆どの船が戦闘艦艇であることを示している。本物の漁船らしきものが混ざっているのは、偽装の為とわざと撃沈させてから言いがかりを付ける材料にする為か。撃沈せずに足を止めるというのは、この言いがかりを避けるための方策で、達也はそれを可能とする魔法師として駆り出されたようなものだった。

 座ったままスクリーンを見詰める達也。銃床を床につけて建てた状態でも、サード・アイはこの部屋の情報機器とリンクしている。達也のゴーグルには大型スクリーンに映っていない複数の数値データが表示されている。その内、想子波の振動を示す値が不自然に変動し始めた。達也が立ち上がり、サード・アイを構えた。

 

「想子波の活性化を確認!」

 

 

 オペレーターの声が室内に響き渡る。スクリーンの映像がスクロールし、想子波の高まりが認められた地点が中央に表示される。迎撃に出ている日本艦艇の進路上、目と鼻の先とも言って良い場所だ。

 達也はサード・アイの補助を受けてエレメンタル・サイトを当該座標に向けた。小規模な魔法式が生まれようとしている。

 事象改変の対象となる範囲が狭いというだけでなく、予測される完成後の魔法式の情報量も少ない。既に投射された内容から判断して、水を水素と酸素に分解し点火する魔法だが、これでは対人地雷程度の威力しか出せない。彼は読み取った情報を元に術式解散の魔法式を敵の魔法式に放とうとしたが、その射出を中断した。敵の魔法式に未知の要素が書き込まれたからだ。

 追加された要素は二つ。そのうちの一つ、遅延発動は多少アレンジが加わっているが解読に苦労しなかったが、もう一つの要素が達也の注意を釘付けにした。

 

「(魔法式の複写? ……いや、単なるコピーではない。まったく同じ魔法式複製するのではなく、投射座標と発動時点を変化させながら新しい魔法式を自動的に構築している?)」

 

 

 彼が一瞬の思考に沈んでいる隙に、敵の魔法式は一気に増殖し海面を覆った。

 

「(遅延発動はこのためか!)」

 

 

 魔法式が複写される僅かなタイムラグを調節し、全ての魔法式を同時に作動させて一斉に酸水素ガスを生成・点火する。

 

「(これがトゥマーン・ボンバ!?)」

 

 

 これが戦略級魔法トゥマーン・ボンバの全容だという確信は持てなかったが、迷っている暇もなかったのだ。達也は術式解散を破棄し、雲散霧消の魔法式に切り替えた。

 

「敵魔法の無効化を確認」

 

「(厄介な魔法だ)」

 

 

 真田の声に振り向きもせず、達也は敵の舟艇に照準を合わせた。すぐには決定的な対応策を考え出せない。その代わり彼は、敵を航行不能に追い込むことに決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウラジオストク、新ソビエト科学アカデミー極東本部。その一角にある窓のない建物の中で、縦横高さ三メートルの筐体の中から、近代の宮殿で使われていた玉座のような椅子がゆっくりと迫り出した。その椅子に座っていたのは新ソ連の公認戦略級魔法師、イゴール・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフ。彼は鼻のあたりまで覆っているヘルメットをゆっくり外し、軽く頭を振って立ち上がった。

 

「あの魔法は『分解』か……?」

 

 

 今回の作戦は、本気で日本侵攻を目論んでいたのではなく、下級軍人のガス抜きの為に実施された演習みたいなものだ。大亜連合と大規模紛争を終えたばかりの日本に、逆侵攻の余裕は無い。そう計算した上での作戦だった。

 

「(まぁ、この読みが外れる事は無いでしょうけど……)」

 

 

 彼が見ていた限り、日本軍の追撃に樺太まで届く勢いはなかった。そこは計算通りだったが、唯一の計算外があったとすれば、自分の魔法を無効化した魔法師の存在だった。

 

「(いったい何者なんですかね……? もしや大亜連合艦隊を殲滅した、質量・エネルギー変換の戦略級魔法師でしょうか……)」

 

 

 ベゾブラゾフは独り、心の中で呟く。彼はたった一度の交錯で、真実に大きく迫っていたのだった。




ただし達也の魔法は戦略級魔法ではないですがね……

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