劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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目立つ三姉妹ですしね……


ロビーでの一幕

 朝早くからの思わぬ寸劇は達也の精神的なスタミナを削ったが、チェイン・キャスト対策をいったん棚上げにするという効果もあった。達也は気分を変えて、横浜にある魔法協会関東支部に向かった。支部がある横浜ベイヒルズタワーの入口で、達也はたまたまよく知っている三姉妹の姿を目にした。先方も達也にすぐ気が付いたようで、声を掛けてきたのは向こうが早かった。

 

「あら、達也くん。十日ぶりくらいかしら?」

 

 

 明るい色のスーツを着た真由美が、フォーマルな恰好に似つかわしくないラフな仕草で手を振る。タイトなスーツが小柄ながらメリハリの利いた体型を強調して「大人の女性」を演出しているだけに、少々残念に思える態度だが、それも真由美らしいと言えるかもしれない。

 

「新学期前に会ってますからね。ところで、七草先輩たちも参加されるんですか?」

 

 

 七草家から今日の会議に出席するのは長男の智一だと、達也は考えていた。だが参加人数は限定されていない。五人も十人も押しかけるのは顰蹙を買うかもしれないが、二人や三人程度なら常識的な範囲に収まるだろうと考えた達也だったが、どうやら考え違いだったようだ。

 

「ううん、私たちはお手伝いなの」

 

 

 真由美だけでなく、香澄や泉美まで少し大人っぽいドレスアップをしているのは、受付や案内を手伝う為らしい。

 

「しかし何故先輩たちが? 今日の会議は十文字家主催だと思っていましたが」

 

「今日の会議はウチの兄が十文字くんに提案したものだから。私たちが手伝うのは当然よ」

 

 

 達也は軽い牽制のジャブのつもりで尋ねたのだが、真由美は内情をあっさりと白状したため、達也は少し肩透かしの気分を味わった。

 

「……良いですか? そんなことを暴露して」

 

「構わないんじゃない? 父も私たちがお手伝いする事を止めなかったし」

 

「その結論は乱暴すぎると思いますが……」

 

 

 会議の参加者でもない真由美が妹と共に表に出て主催者みたいな真似をしていれば、いろいろと詮索を受けて裏事情がバレる恐れがある。それを認めたのだから、バレても構わないと思っているんでしょ、という理屈だ。

 真由美と七草家当主・弘一の間に確執があることは薄々分かっていたが、これはちょっと真由美らしくないと達也は感じた。彼女は父親に対する感情とは別に、七草家の利益は大事にしているはずだった。

 

「先輩はもしかして、十文字先輩を利用した形になっている事が気に食わないんですか?」

 

「そ、そんなことあるわけないじゃない! 無関係よ!」

 

 

 達也の、というより目を丸くした妹たちの視線に狼狽えて、真由美は舌をもつれさせてしまう。その慌てようは、質問した達也の方がビックリしてしまうものだった。

 

「………」

 

「何よ、その目は! 私と十文字くんはそんな関係じゃないわよ!」

 

「……それは知ってますが」

 

「が、って何よ、『ますが』って! そんなんじゃないんだからね!」

 

「先輩、注目されていますよ」

 

 

 そこまで動揺する事ではないように思われたが、達也はそれ以上余計な事は言わないでおこうと考えたが、この一言は必要なものだと考えた。その証拠に、達也の指摘に真由美は絶句し、硬直した。

 

「俺はもう行きます。場所は知っていますので」

 

 

 案内は不要、を省略して、エレベーターホールへ足を向ける。達也はこれ以上真由美に迷惑をかけない為に、会場となるフロアへ向かった。

 その背中を見送ってから、二人もの妹は絶句している姉に視線を戻した。

 

「お姉ちゃん、達也先輩にからかわれたんだよ」

 

「相変わらず司波先輩はお姉さまの事をからかうんですね」

 

「……達也くんをからかおうとしても、私がからかわれるのは昔からだけど、せめて妹の前でからかうのは止めてもらいたいわよ」

 

「ところで、本当に克人さんを利用した事を気にしてるの?」

 

「違うって言ってるでしょ! というか、私が十文字くんに持ち掛けたわけじゃないわよ!」

 

「それは知っています。智一兄さまが克人さんに持ち掛けた事ですし、お姉さまが気にする事ではないという事も。ですが、お姉さまは気になっているのですよね?」

 

「……まぁ、ちょっとはね」

 

 

 兄が何の企みも無く克人にこの話を持ち掛けたとは真由美も思っていない。父親程ではなくても、兄も裏工作とかが得意な人間なので、何かしらの考えがあるのだろうと疑っている。その時、少しでも克人に不利益を被らせない為に手伝いに来たのだが、達也にその事を見透かされて恥ずかしくなってしまったのだ。

 

「というか、香澄ちゃん」

 

「なに?」

 

「何時の間に『達也先輩』って呼ぶようになってるの?」

 

「別にいいじゃん。ボクだって婚約者なんだし、生徒会には『司波先輩』は二人いるんだし」

 

「深雪さんの事は会長って呼んでるんじゃないの?」

 

「……もしかしてお姉ちゃん。ボクたちだけ名前で呼ばれてる事に嫉妬してるの?」

 

「そういえば司波先輩は、お姉さまの事『七草先輩』と呼んでいますものね」

 

「何度もお願いしてるんだけどね……」

 

 

 いつまで経っても先輩扱いなので何度も名前で呼ぶようにお願いしているのだが、未だにそのお願いは受け入れられていない。そんなことも関係してさっきのように大声を出してしまったのだと、真由美は妹たちに指摘されてから気づいたのだった。




妹にからかわれる姉……

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