劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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明らかに何か企んでるよ……


若者会議 前編

 七草三姉妹が受付の手伝いを打ち切り、光宣と旧交を温めようとしている時、会議室で光宣の兄、蒼司がテロ事件の顛末について追及していた。そして、その追及に答えたのは克人だった。

 

「箱根テロ事件の顛末を皆さんにお知らせしなかったのは、それが芳しくない結果に終わったからです。不名誉な、と申し上げても良い」

 

「芳しくないと仰ると、テロリストを逃がしてしまったのですか?」

 

「テロ首謀者は、間違いなく捕まりました」

 

「だったら問題ないのでは……」

 

「ただし、首謀者の身柄はUSNA軍が持って行ってしまいました」

 

 

 克人の答えに、将輝がギリッと歯を鳴らし、達也はそれを他人事のように聞いていた。

 

「我々が追い詰める直前に、USNA軍スターズのナンバーツーと言われているベンジャミン・カノープスが介入し、身柄を米軍が確保すると言ってきたのです。その場ではテロリスト確保に、我々日本の魔法師が力を貸したことを認め、世間に公表すると約束してもらった代わりに、こちらから積極的にテロリスト確保に関して情報を出さないよう要求されたため、我々から公表する事は出来なかったのです」

 

「……警察が何も言わない理由が分かりました。しかし、我々にまで秘密にしておく必要は無かったのではありませんか」

 

「秘密にしていたつもりはありません。その点、配慮が足りなかったことは認めますが、今はこれからの事を話し合いませんか」

 

「分かりました。ですがこういう重要な情報は、出来る限り早く教えてください」

 

「善処しましょう」

 

 

 蒼司の負け惜しみに近いセリフを、智一はさらりと流した。

 

「テロリストに限った事ではありませんが、社会に潜んだ危険分子を探し出す為にはそこに住む人々の協力が不可欠です。しかし私たちの捜索は、住民の皆さんの協力を得られませんでした。住民全員が魔法師に対して敵意を懐いているわけではありません。本当は私たちの事を理解してくださっている。そんな態度を匂わせる方も少なからずいらっしゃいました」

 

「本当は? ……失礼しました。私は五輪家の五輪洋史です」

 

 

 思わずと言った感じで口を挿み、会議の礼儀として、初対面の参加者に向けて元真由美の婚約者である五輪洋史が再び質問を投げ掛ける。

 

「本当は、とはどういう意味でしょうか」

 

「魔法師に理解ある人々は、怯えていたのだと思います」

 

「魔法師排斥派の暴力に怯えていたという事ですか」

 

「そうです。私は反魔法師主義者が市民の多数派を占めているとは考えていません。ですが、彼らの活動は過激で、目立っています。魔法師に同情的な言動をしようものなら、今度は自分が理不尽な暴力の標的になってしまうのではないか……そう思わせるほどに。反魔法主義者はノイジー・マイノリティであり、サイレント・マジョリティは魔法師に理解がある、少なくとも同情的であると私は考えています。しかし実際には、テロリストを追っていた私たちは住民の協力を得られず、テロリストの確保という目的を果たせませんでした」

 

「すみません、八代隆雷です。住民の協力があったとしても、テロの首謀者を捕らえられたとは限らないと思いますが」

 

「確かにその通りです。しかし逆に、住民の協力が得られればもっと早くテロリストの行方を突き止められた可能性があります。その結果、USNA軍人の介入を防げたかもしれません」

 

「仮定の話ですね」

 

「可能性の話です」

 

 

 八代隆雷が一礼して引き下がる。論破されたのではなく、これ以上は水掛け論になると判断して自ら引いたのだ。

 

「魔法師に同情的な人々が、魔法師を敵視する人々を恐れて声を上げられない状況にあるというのは、あくまでも私が感じた事です。しかし個人的な印象であることを承知の上で、私は皆さんに考えていただきたいのです。魔法師を敵視する声ばかりが溢れ、魔法師を支持する声が上がらないのは、私たち魔法師の側が反魔法主義に、消極的にしか対応していなかった所為ではないでしょうが」

 

「失礼だが、魔法師を支持する声が無いというのは極論ではないでしょうか。現に、魔法師を擁護してくださる政治家の方々もいらっしゃる。例えば上野議員とは、七草家の方が親しくしておいでだと思うが」

 

 

 この発言は六塚温子のもの。彼女が名乗らなかったことに対して、不満を抱いたものはいなかった。

 

「そうですね、言い過ぎでした。しかしその声が少なく、反対勢力に圧されているのは紛れもない事実でしょう」

 

「確かに仰る通りでしょう。しかしその事と、この会議の参加資格を三十歳以下に限定した事に、いったいどのような関係があるのです?」

 

「当主の意見は、行動に直結します。ですから当主同士の話し合いは慎重なものにならざるを得ない。そうではありませんか」

 

「……確かにそのような傾向はありますね」

 

「ですからまず私たち若い世代が自由な立場で、何が出来るのか意見を出し合えば良い知恵も生まれるのではないかと考えたのです」

 

 

 ここで頃合いと見たのか、ここまで黙って会議を聞いていた克人が口を開いた。

 

「この会議はなにかを決める種類のものではありません。私自身は十文字家の当主ですが、それでも私の一存だけで一族の行動は決められません。ここで何らかの合意が得られても、いざ実行に移そうとして結果不可能だったという事は十分にあり得ます。しかしここで意見を交換する事は、全くの無駄にはならないでしょう」

 

「つまりこの会議は、反魔法主義に対してどうあるべきかの理念を語らう場所ということですか?」

 

「理念という程、立派なものである必要は無いと思います。方針を出し合って、もし何らかの合意に至れば、それを今度は師族会議に掛けるなりすると言う事で良いのではないでしょうか」

 

 

 口を挿んだ隆雷はそれで納得した様子だし、将輝や洋史、蒼司や温子も異存は無いように見えたが、達也は「おやっ?」っと違和感を覚えた。何かを決める場所ではないと言いながら、克人は「合意」に至ることを前提にしているように聞こえたからだ。達也はこれからの会議の展開に、警戒感を覚えたのだった。




もう少し隠そうとすればいいものを……

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