会議は智一の狙い通り、具体的な対策に移っていた。
「……つまり七草さんは、大衆に対する積極的な人気取りが必要だとお考えなのですね?」
「人気取りと言うと語弊があるかもしれませんが、趣旨としては仰る通りです」
三矢家次期当主・三矢元治の突っ込んだ質問に、七草智一は父親の弘一に少し似ている笑顔で答えた。
「テレビにでも出演するんですか? 生憎私は、歌も踊りも出来ませんが」
「六塚さんがテレビで歌われれば、大人気だと思いますがね。私たちはもっと、私たちが社会の役に立っているという事を、分かりやすく示す必要があると考えています」
「魔法協会に広報部門でも作りますか」
この発言は師補十八家の一之倉家から出たものだ。会議は七草智一の意見を支持する方向に傾いていた。
「それも有効だと思います。ただ、宣伝するだけでなく実際に活躍しているシーンを映像で配信する事も必要ではありませんか」
「映像配信ですか。地上波は難しいかもしれませんが、衛星チャンネルやケーブルなら私たちに協力的なメディアを見つけられるかもしれませんね」
「メディアへの露出を意図的に増やすとなると、見栄えも重要になって来ませんか? 映像メディアに出演させるなら、容姿は優れている方が良い」
「凶悪事件や大規模災害に出動するとなると、実力の方も疎かに出来ないでしょう」
「容姿と実力を兼ね備えた魔法師ですか……そうだ! 七草さん、貴方の妹さんなんてまさにピッタリじゃありませんか?」
この発言に、克人と将輝の眉がピクリと動いた。
「真由美ですか? どうでしょう、魔法師としての実力はそれなりだと思いますが……」
「いえいえ。なんといっても『妖精姫』ですからね。真由美嬢はとてもテレビ映えすると思いますよ」
「本人が聞いたら喜ぶと思いますが、身内の欲目を捨てて客観的に評価すれば、もっと容姿にも魔法にも優れた方がいらっしゃると思いますよ」
「しかし真由美嬢以上に容姿に優れた方ですか……では、四葉家の深雪嬢などは如何でしょうか? 我々が象徴と頂くのにふさわしい姫君だと思いますが」
その言葉に、智一の目が強い光を宿す。彼は待ってましたとばかり、会議の体勢を決するセリフを放とうとしたが、一瞬早く達也が智一の機先を制して発言する。
「十文字さん」
「何でしょう」
「最初に、この会議は『何かを決めるものではない』と伺いました」
「その通りです」
「それは、この会議で何が決まろうと『我が四葉家』はそれに従う必要は無い、という意味だと理解してもよろしいですね」
「それで結構です」
控えめに言っても喧嘩を売っているセリフだったが、いいがかりではない。ルールを覆そうとしているのは他のメンバーの方だ。
「四葉殿、それは……」
「失礼。私は、司波達也です」
鼻白んだ表情で、五輪洋史が躊躇いがちに達也へ声を掛けたが、達也は取り付く島もない応えを返した。その態度に、六塚温子と八代隆雷は「面白い」という視線を達也に向けた。将輝も呆れながら共感の篭った目で達也を見た。
克人が達也に向けた目は、多分に非難を含んでいた。和やかに形成されつつあった合意を台無しにしたことに対してではなく、この凍り付いた空気を何とかしろ、と克人は無言で詰っていた。
「例えば三矢殿。お宅の詩奈嬢にこの話題の矛先が向けられたとして、貴方はそれを喜んで受け入れますか?」
「それは……」
「容姿や実力が優れているのであれば、別に男でも構わないわけですし、それこそ一条殿や、九島殿。お宅の末子である光宣でも構わないわけですよね?」
「おい、司波!?」
急に自分に矛先が向けられ、将輝が慌てて口を挿むが、達也に一睨みされ大人しく口を噤んだ。
「『クリムゾン・プリンス』の異名を持つ一条殿と比べれば、深雪はまだ実戦経験のないただの高校生です。それに七草殿」
「な、なんでしょうか」
「貴家の真由美さんも十分『我々が象徴と頂くのにふさわしい姫君』だと思いますが。婚約者の欲目を差し引いたとしても、真由美さんでも十分に役割を果たせると思いますが? それとも、貴方は『最初から深雪を生贄にする』為にこの会議を企画したのでしょうか?」
達也の鋭い視線と、言葉に込められた怒りの感情に圧され、智一はただ無言で冷や汗を流していた。
「失礼します。私は一色愛梨です」
そこに愛梨が初めて口を開いた。
「私も司波殿の考えに同意します。十文字殿が『この会議は何かを決めるものではない』と仰っておいででしたのに、七草殿は明らかにこの会議を扇動し、司波深雪さんを矢面に立たせようとしている風に感じました」
「自分もそう思いました」
愛梨の考えに将輝が同意を示す。高校生三人の勢いに気圧され、先ほどまで智一の考えに同意していた他の参加者は冷静さを取り戻し、智一の意見は見直した方が良いという流れになって来ていた。
「積極的に社会貢献し、積極的にアピールする。結構な事です。しかし警察にも消防にも、多くの魔法師が勤めています。国防軍でも、多数の魔法師が軍務に服しています。彼らの仕事に横からしゃしゃり出て、まるで自分の功績のような顔をするのは如何なものかと思いますが」
達也に止め言葉を言われ、智一は無言で頷いた。ここで無理を通せば孤立するのは七草家だという事が分からない程智一も無能ではない。智一の隣では、克人が一度だけ眉を上下して、智一の意見を棄却した。
将輝だろうが光宣だろうが使えるものは何でも使う……