劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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碌な事考えねぇな……


つかさの謀略

 兄が出席している横浜ベイヒルズタワーの会議室で、自分が生贄にされそうになっていたとは露知らず、詩奈は自主トレの為、第三研を訪れていた。

 第三研――魔法師開発第三研究所は、十箇所あった魔法師開発研究所の内、今も元の看板のままで稼働している五つの研究所の一つである。第三研は閉鎖されずに残った五箇所の魔法師開発研究所の中で、最も活発に動いていると言えるだろう。

 第三研の研究テーマは、マルチキャストの技術の向上。同時に発動可能な魔法数の限界を極める事。それは十師族以外の魔法師にも有効な技術だ。特に軍の魔法師にとっては、千葉家の白兵戦術と並び、個々の兵士の戦闘力を向上させる技術として重要視されている。

 その当然の帰結として、第三研には多くの軍人魔法師が出入りしている。軍の研究者も少なくないが、やはり多いのは現役の戦闘魔法師だ。

 そんな環境で子供の頃から訓練を積んでいるので、詩奈はおっとりした外見に反して戦闘力もかなり高い。耳に原因不明のハンディを抱えていなければ、三矢家でも随一の戦闘魔法師になれるだろう――というのは、父親の三矢元が残念そうな、ではなくホッとした表情で語っている事だ。何故残念がっていないかというと、詩奈が戦闘魔法師の道に進む心配が減ったからである。

 また詩奈は、第三研に足繁く通っている軍人と知り合う機会も多い。特に同じ二十八家の彼女は、親しい知り合いの一人と言えた。

 

「あっ、つかささん」

 

「あら、詩奈ちゃん。今日もトレーニングですか?」

 

 

 国防陸軍情報部所属。遠山つかさ曹長。ここでは「遠山」を名乗っているが、つかさが「十山」であることを詩奈は早い時期から知っていた。

 

「侍朗くんは一緒じゃないんですね」

 

 

 つかさの何気ない一言に、詩奈が拗ねた表情を浮かべる。

 

「侍朗くんは千葉家の道場に行きました」

 

「千葉家に?」

 

「はい。入門するつもりじゃないかしらと思います」

 

 

 つかさは失笑を抑えて、誠実そうに見える表情で詩奈と改めて目を合わせた。

 

「侍朗くんの特性を考えれば、千葉家の剣術は彼の為になると思います。入門ではなく、武者修行と考えてあげれば良いじゃないでしょうか」

 

「……それ、どう違うんですか」

 

「あら、余り違いませんね」

 

 

 つかさが片目を閉じてお茶目な笑みを浮かべると、詩奈もつられて笑顔になった。

 

「ところで詩奈ちゃん。魔法科高校はどうですか? いろいろ大変ではありませんか」

 

「思ったほどではありません。これから大変になるのかもしれませんけど」

 

「生徒会長があの四葉家の縁者なのでしょう?」

 

「あっ、そっちも大丈夫です。それは、すっごく綺麗な人で緊張しちゃいますけど、最初に想像していたような『怖い』って感じはありませんでした」

 

「そうですか。だったら、少し私の仕事を手伝ってもらえませんか」

 

 

 つかさは打ち解けた雰囲気になったところで、さりげなく頼み事を切り出した。

 

「えっ、つかささんのって……情報部のお仕事ですよね?」

 

「ええ。ですが、そんなに難しくはありませんよ。要人救出の訓練の、人質役を探しているのです」

 

「……そういうのって情報部のお仕事なんですか?」

 

「私がいる部署は防諜が任務ですからね。情報流出を防ぐために、誘拐された要人の奪還なんかも担当していますよ」

 

「私に務まるでしょうか?」

 

 

 詩奈は迷った素振りを見せているが、本音ではかなり乗り気になっていた。実はかなり好奇心が強い質なのだ。そして、詩奈が乗り気になっている事はつかさには筒抜けだった。

 

「大丈夫ですよ。拘束時間も、半日程度ですし」

 

「うーん……少し考えさせてください」

 

「ええ、良いですよ。では、詳しい事は決心がついてからという事で」

 

「えーっ、先に教えてもらえないんですか?」

 

「一応、決まりですから」

 

 

 既に詩奈は、好奇心に負けそうになっている。これなら引き受けるのは確実だろう。同じ一高の、しかも同じ生徒会の一年生が人質になったと聞けば「彼」も無視する事は出来ないはずだ。

 

「(『彼』をテストする良い駒が手に入ったわね)」

 

 

 つかさは優しげな笑顔の下で、妹分とも可愛がっているはずの詩奈の事を、そんな風に考えていた。

 

「ちなみに、家の人とかには話しても良いですか?」

 

「詩奈ちゃんが決心したら、こちらからお家の方には話を通しておくので、詩奈ちゃんからは何も言わないでくれるかしら。もちろん、侍朗くんにも内緒よ」

 

「でも、私が侍朗くんに黙っていなくなると、彼凄く心配するんですが」

 

「三矢家の人から矢車家にも話してもらいますし、その流れで侍朗くんにも情報は行くはずですよ」

 

「なら、安心かな……ちなみに、人質役って大人しく捕まってるだけで良いんですか?」

 

「そういう事も、詩奈ちゃんが参加してくれればお話しします」

 

「ちぇ。少しは情報が聞き出せるかなと思ったんだですけどね」

 

「腹の探り合いは私の領分ですもの。詩奈ちゃんに負けたりはしないわよ」

 

「難しいですね」

 

 

 騙し合いや腹の探り合いなど、詩奈の性格を考えれば向いていないのだが、彼女はそっち方面でも頑張ってみようと思うだけの向上心があった。つかさは笑顔の裏で、詩奈が執拗に内容を探ってくることに対して面倒だと思い始め、訓練を適当な所で切り上げて第三研から去るのだった。




普通なら騙されないだろうに……人を疑う事をしないんだろうな……

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