千葉家の本家道場は東京と川崎の境界付近にある。門下生には勤め人の方が多いので、道場は日曜の方が賑やかだ。この正午前後の時間だと、平日は学生もいない。魔法科高校に通っているエリカがこの時間帯に姿を見せているのも、休日ならではの景色と言えよう。
「やれやれ、エリカは相変わらずだねぇ」
「下手をすれば自分たちが殺されていたと考えると、今のままではいけないと思ったのでは?」
「あれは俺の不注意だっただけで、エリカには責任は無いんだけどな」
エリカが見せる気迫に、総領息子である寿和と稲垣は自分たちがあの気迫に一枚かんでいると思うと、苦笑いしか出来なかった。
「それにしても、あの少年は可哀想に」
「エリカさんに稽古を付けてもらっているだけでは?」
「俺がエリカに稽古を付けてもらう立場だったら、真っ先に逃げ出しただろうな」
「警部が逃げ出すような感じには見えませんが」
「じゃあ稲垣君はエリカに稽古を付けてもらいたいのかい?」
「そ、それは……」
稲垣も相当な使い手ではあるが、エリカの相手となると力不足なのだ。稲垣の反応を見て、寿和の表情はさらに苦笑で歪む。
「稲垣君ですらその表情なんだから、あの子はよっぽどだろうね」
「ですが、あの子の相手はエリカさん本人ではないので、まだマシなのではないでしょうか」
「だが、稽古相手のあの子も、前にエリカに稽古を付けられた子だろ? 体格もだいぶ違うし、エリカを相手にするよりもきついかもしれないぞ」
「確かに、あの男の子もかなりの使い手のようですね」
寿和と稲垣は、エリカが初めて連れてきた弟子――レオの動きを見ながら稽古相手に同情的な視線を向ける。
「しかしまぁ、何故またエリカが学校の後輩になんて目をかけたんだか」
「エリカさん本人は何て言っているんですか」
「『ただの気まぐれ』としか言ってなかったが、まだ何かあると思う」
「警部が聞き出せないのなら、ここにいる誰も聞き出せないでしょうね」
「修次なら聞き出せるかもしれなかったが、今のアイツは俺よりエリカと疎遠だからな」
「婚約者との事でエリカさんとは難しい距離感ですからね」
「その八つ当たりも含んでるんじゃないかな」
もう一度同情的な視線を向けてから、寿和はエリカに睨まれている事に気付き視線を逸らした。
「おー怖い怖い」
「あんまりサボっているとエリカさんの稽古相手に指名されそうですね」
「俺は良いが、稲垣君は困るんじゃないか?」
「自分より警部を指名するでしょうから」
内心びくびくしているが、エリカが指名するなら自分より寿和だろうと心の何処かで思っているので、稲垣は平常心を保つことが出来た。その後は二人とも真面目にリハビリを再開し、エリカの稽古相手に指名されることは無かったのだった。
レオと少年――侍朗との稽古は、レオの力任せの一撃が侍朗にヒットし、侍朗を床に沈めた。治癒魔法をかけてもらったため見た目に変化はないが、エリカはそこで稽古を止め侍郎に向き直った。
「矢車、今日はここまでよ。これ以上は後遺症のリスクを無視できない」
「……分かりました」
十師族の護衛役として魔法力に恵まれなかった侍朗だが、魔法に関する知識は三矢家の側近となるべき教育の結果、十分に備わっている。治癒魔法の限界も、彼は弁えていた。
「――ありがとうございました」
「待ちなさい。なんで帰ろうとしてるのよ。気が早すぎよ」
立ち上がりレオに一礼し、続けてエリカにも礼をしようとした侍郎だったが、彼の意図はエリカによって完全に読まれていた。エリカの叱責によって動けなくなった侍郎を軽く小突いて、エリカは座るように指示する。門弟の邪魔にならないよう壁際まで下がり、侍郎は膝を折る。その正面にエリカが、側面にレオが、正座と胡坐で腰を下ろした。
「最後の攻撃、念動力の制御を手放さなかったら矢車が勝ってたわね」
「相打ちのタイミングだったぜ?」
「タイミングはね」
いきなり結論を出したエリカにレオが反論する。エリカはそれを頭ごなしに否定する事はしなかった。
「でもあんたの打ち込みを矢車は脇差で受けていた。一方、あんたの方が矢車の小柄にノーガードだったでしょ? 確実にやられていたのはあんたの方よ」
レオは反論こそしなかったが、まだ完全には納得していない様子だ。しかしエリカはそれに構わず、侍郎に顔を向けた。
「矢車は重いものが動かせないからって理由で、自分の念動力を大したことないと思っているみたいだけど。百グラムくらいの小さな刃でも、急所に刺されば人は簡単に死ぬ。魔法防壁を全方位に展開できる魔法師は少ないし、防御魔法をずっと使い続けられる魔法師はもっと少ない。矢車のPKは牽制の手段として効果的なだけじゃない。敵に止めをさせる、使える武器なのよ。あんたはまず、そこを理解しなさい」
「理解しています」
「じゃあ、理解するんじゃなくて信じてあげなさい。自分の、力を」
エリカの言葉に間髪を入れずに答えた侍郎だったが、続けざまに言われた言葉に、今度は何も言えずに奥歯を噛みしめた。彼女に言われるまでもなく、侍郎は自分の力を、自分自身を信じていた。自分には詩奈の盾になる力があると信じて修練を積んできた。だが彼に突き付けられた現実は、力不足。一度裏切られたものを、もう一度信じる。それは容易な事ではなかった。
エリカが師匠ってしっくりくる