劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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四葉の人間は好戦的だな……


報告 後編

 沖縄の件は一段落と考えたのか、紅茶をゆっくりと一口飲んで、真夜は話題を変えた。

 

「さて……それでは、今日の会議の顛末を聞かせてもらえる?」

 

「はい」

 

 

 社会に対する魔法師の貢献を世論に訴える為、深雪を広告塔にしようとした件に達也が言及したところで、文弥と亜夜子から憤慨している雰囲気が伝わってきた。

 

「私たちも随分と親しみを持たれるようになったんですね。そろそろ世間に対して本気を欠片でも見せた方が良いのではないでしょうか」

 

「好き好んで警戒されることもあるまい。迎合する必要は尚更ないが」

 

 

 皮肉っぽく夕歌が言い、彼女のセリフに素っ気なく応じたのは勝成だ。彼も方向性は違うが、気分を害しているようだった。

 

「達也さん、四葉家は貴方の判断を支持します。深雪さんを利用しようとする企みは今後も全て、無視していただいて結構よ」

 

 

 真夜の声には苛立ちも怒りも存在していないが、誤解の余地も無かった。

 

「無視するだけで構わないのですか?」

 

 

 真夜の言葉に、文弥が過激な質問を口にする。実力で反撃しなくても良いのか、という意味である。

 

「攻撃を受けたら大人しくしている必要はありませんよ。ただ、油断はしないように。分かっているとは思いますが、私たちは無敵ではありません。四葉の魔法師が他家の魔法師に対して絶対的に勝っているという事は無いのです」

 

 

 表情にこそ出さないものの、全員が「今更言われるまでもない」と考えたことは想像に難くない。ただ「自分たちが負けるはずがない」という驕りが誰の心の中にも全くなかったとは言い切れないだろう。

 

「特に十文字家と十山家には要注意です。それと九島光宣には」

 

「九島光宣……第二高校の二年生ですね。それ程に手ごわい相手なのですか?」

 

「去年の秋、周公瑾を仕留める際に手を借りましたが、確かに警戒を要する相手です」

 

 

 夕歌の疑問に達也が答える。それに強く意外感を示したのは、夕歌ではなく勝成だった。

 

「(文弥くんや夕歌さんならともかく、あの達也くんが『警戒を要するレベル』と明言するほどなのか?)」

 

 

 自分を手玉に取った達也がそう考える程なのかと疑問を懐いたが、それを呈する事は無い。光宣の実力を疑う事は、真夜の言葉を疑う事と同義だからだ。ただ、だからこそ疑問は解消されないまま、彼の中でくすぶっている。

 

「十文字家の実力は横浜事変で拝見しましたが、十山家も同等の力を持っているのですか?」

 

 

 深雪が話題を変えたのは、余計なことを口走りそうになっている勝成を制止する側面もあったのかもしれない。

 

「第十研の表向きの研究方針は『仮想構造物を生成する領域魔法』ですが、真の目的は中央政府の最終防壁となる魔法師を創り出す事でしたからね。その製品である十文字家と十山家は、他の二十五家とは一線を画する戦闘力を保有しています」

 

 

 二十五家というのは、真夜の初歩的な計算ミスではなく、二十八家の内、十文字家、十山家、そして四葉家は別格という認識が自然に表現されたセリフだった。

 

「中央政府、ですか? 『首都の最終防壁』ではなくて?」

 

「ええ。深雪さんは知らなかったかしら。十山家の魔法は人間を守るものなの」

 

「私も存じませんでした。十山家の魔法は、個人用なのですか?」

 

 

 夕歌の問い掛けに、真夜は悠然と首を左右に振った。

 

「個人用ではなく、複数の人間に対して、個々に防壁を形成する。それが十山家の魔法です」

 

「同時照準ですか? それともマルチキャストでしょうか?」

 

「そこまでは分かっていないわ」

 

 

 性急な感もある文弥の質問にも、真夜は笑顔で答える。しかし、これ以上真夜に甘えるのは危険だと、横で聞いていた達也は感じた。

 

「分かりました。十文字家、十山家、そして九島光宣には特に注意して対応します」

 

 

 彼は従順に頭を下げてみせることで、会話の流れを断ち切る。達也と同じ危うさを覚えていたのか、勝成も十山家の魔法について話を蒸し返したりはしなかった。

 

「しかし、対決姿勢一本槍でよろしいのですか? 深雪さんを広告塔に、などというたくらみを認めるわけにはいきませんが、反魔法主義運動に対して他家との協調を放棄してしまうのも得策とは思えません」

 

「あちらがこれ以上何もしてこなければ、対決も起こらないと思いますけど……同時に、向こうから頭を下げてこない限り、協調などありえないのでは? 相手は本家次期当主の婚約者を利用しようとしたんですから。それがけじめというものでしょう」

 

「夕歌さん……どうして君はそうも好戦的なんだ。けじめを求めるのは結構だが、それで孤立するような事になれば、収支は赤字だろう」

 

 

 夕歌のセリフに、呆れた表情を浮かべながら勝成が意見に異議を唱えたのは、夕歌ではなく文弥だった。

 

「そうでしょうか? 社会から孤立するのは致命的だと思いますが、魔法師の社会で孤立したからといって我々に実害は無いのでは? しかも今問題になっているのは二十八家という、魔法師コミュニティの中のごく一部に過ぎない部分の、更にその内部における話でしょう。尚更孤立を恐れる必要はありません。いざという時は他のナンバーズと全面戦争になっても、本家と分家の総力を挙げて達也さんと深雪さんを全面的にバックアップすべきです」

 

「私の指示は変わらないわ。四葉家の人間を御神輿に仕立て上げようとする企みは、全て無視しなさい。攻撃を受けた場合、自分の判断で反撃して構いません」

 

 

 文弥の意見を支持したからかどうかは分からないが、真夜はそう言ってこの問題に関する議論を終わらせた。




光宣は敵にはなら無さそうだが……

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