劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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光宣の憤慨

 七草家に招待された光宣は、遅めの昼食に加えて晩餐にも招かれることになった。

 

「お兄さんにはご連絡しておいたから」

 

「ありがとうございます、真由美さん」

 

「帰りはヘリで送らせるね」

 

「ありがとう、香澄さん。お言葉に甘えさせてもらうよ」

 

 

 そう言って光宣は、少し不安げに視線を彷徨わせた。

 

「どうかしました、光宣くん。気を遣わなくて良いんですよ」

 

「いや、そういうわけじゃ……泉美さん、その、お父様は?」

 

 

 既にカトラリーのセッティングは完了している。光宣、真由美、香澄、泉美の四人分。弘一の席は用意されていない。昼食のテーブルにも弘一はいなかった。光宣としては、ゆっくり話したいとは思わないが、きちんと挨拶しておきたかった。

 

「それが、いつの間にか出かけてしまったみたいなの。晩御飯は兄と一緒に外で済ませるらしいわ。ご挨拶もせずに、ゴメンなさいね」

 

「いえ、僕の方こそ。お邪魔してすぐ、ご挨拶すべきでした」

 

「泉美ちゃんも言ったけど、そんなに気を遣わなくて良いのよ。光宣君は私たちのお客様なんだから」

 

「はは……ありがとうございます」

 

 

 光宣が気を抜いた笑いを漏らす。彼がこんなふうに肩の力を抜いているのは珍しい事だった。光宣は普段、気を張って生活しているのだ。

 卓越した魔法力と、すぐに寝込んでしまう病弱な身体は、期待に応えられない辛さを光宣に植え付けてきた。人並み外れた頭脳も、他人の目を無理矢理釘付けにする暴力的な美貌でさえも、彼にとっては重圧だった。

 才能はあるのに、実力はあるのに、健康な身体だけが無いせいで、担うべき責任を果たせない。光宣はそういう風に自分を追い詰めていた。果たすべき役割を、果たせない。その後ろめたさが、周囲に遠慮する生き方を光宣に刷り込んでいた。

 七草三姉妹といてリラックス出来るのは、まず何より、光宣の美貌に無関心だからだろう。久しぶりに会って、彼を単なる知り合いと見てくれる眼差しに、光宣は驚きながらも感謝していた。以前からこの傾向はあったが、ここまで自然では無かった。それが何故か、光宣には分からない。彼と同質で、より完成された深雪の美貌を見慣れているからだという理由は、彼には分からないことだった。

 それは仕方ない事で、光宣が深雪に持っている印象は、あくまで「卓越した魔法師」であってその美しさは二の次だった。

 

「光宣君……そういえば二月にあった暴行事件の被害者――怪我をした生徒は治ったの?」

 

 

 当たり障りのない話題だった流れを変え、真由美が以前から気になっていて、どうしても確認したかった事を切り出した。

 

「幸い、全員後遺症も残らず、完治しました」

 

「良かった……」

 

 

 泉美が大きく胸をなでおろす。彼女も、怪我をするような事にはならなかったとはいえ、反魔法主義の狂信者に襲われている。二高生の怪我も、他人事では無かった。

 

「人間主義者の方はどうなの? こちらが罪に問われることはなかったんでしょ?」

 

 香澄の質問に、光宣は躊躇いを含んだ微笑を浮かべた。

 

「それは大丈夫。怪我の具合を見て、魔法の行使も正当防衛に当たると判断してもらえた」

 

「まぁ、当然と言えば当然か。それで、向こうは捕まったんだよね?」

 

「襲撃犯人は……薬物による心神喪失状態だったという診断が下りて、結局不起訴になった」

 

「何それ! 二高生は下手したら命に関わる怪我だったんだよ! 凶悪犯罪には心神喪失による免責が適用されないんじゃなかったの!?」

 

「……僕も人伝に聞いた話だけど、二高生は魔法師だから一般人に襲われても、普通なら大した怪我にならないだろうって。実際に後遺症も残らなかったし、凶悪犯罪には当たらない……そうだよ」

 

「被害者が魔法師だから、加害者は罪にならないって事!?」

 

「私たち魔法師と一般国民との間では、法は平等に適用されないという事ですか」

 

 

 憤慨する香澄に続いて、泉美が皮肉気に言い捨てる。妹の過激な物言いを、香澄だけではなく真由美も窘めなかった。

 

「そうですね」

 

 

 光宣も同感だった。いや、この件に関しては彼の方が、泉美より強い憤りを覚えていた。

 

「やはり司波先輩が仰られた通りなのかしら……」

 

「達也さんが何か言ってたんですか?」

 

「私も同じ時期に襲われたのは光宣くんも知っていますよね?」

 

「ええ、大事なかったと聞いています」

 

「司波先輩が来てくださったから無事でしたが、もう少し遅かったらどうなっていたか……」

 

 

 泉美が心配していたのは、狂信者たちではなく深雪が彼らに『何らかの魔法を使ってしまうのではないか』という事だった。もし深雪が魔法を使っていたら、間違いなく罪に問われたのは深雪だっただろうからだ。

 

「今の世論は魔法師に厳しく、婦女暴行だろうが相手が魔法師だったら不問にされる恐れがある、と」

 

「……達也君が言いそうな事ね」

 

「ですから司波先輩は、魔法は一切使わず狂信者たちを沈めておりました」

 

「達也君らしいわね……あの男がただの狂信者に負けるとは思えないけど、大勢相手によくやるわよ」

 

「それで、達也さんは無事だったんですか?」

 

「一撃も喰らう事なく終わらせてましたわ。まぁ、私は人伝に聞いただけですが……」

 

 

 そこで泉美は、あの時達也が放っていた殺気を思い出し震えだす。それに気づいた真由美は不思議そうに眉を顰めたが、すぐに震えが収まったので何も言わずにこの話題を終わらせたのだった。




全然実感が無いのは何故だ……

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