劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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この女は何時か痛い目を見た方が良いと思う


三矢家の来訪者

 二十八家の若手を集めた会議の翌日、三矢家は厄介な客を迎えた。来訪者の名は、十山つかさ。国防陸軍の女性士官で、軍の名簿には『遠山つかさ』で登録されている。対外的に『遠山』を名乗っているのではなく、本名として届けられているのだ。

 つかさは同じ二十八家の魔法師だが、十山家は一度も十師族に選ばれた事が無いから、二十八家内の序列では三矢家より下になる。だが国防軍の中枢と深くつながっている遠山つかさを、三矢家は疎かに扱う事ができない。それどころか、多少の無理なら聞き入れなければならないのが、三矢家と国防軍とつかさの関係だ。詩奈がつかさと顔見知りというのも実のところ、三矢家が十山家に便宜を図らなければいけないという関係性の副産物だった。

 当然の心情だろうが、十山家との関係の実情を知っている三矢家の大人たちは、つかさに対して好意的ではない。それはつかさ本人にも分かっていたが、彼女は自分が好かれていないことを全く気にしていなかった。

 

「お忙しいところすみません」

 

「いえ、お気になさらず。それで本日はどのようなご用件ですか」

 

 

 つかさの形式的な挨拶に対し、当主の三矢元が性急に用件を尋ねる。「早く用事を済ませて帰れ」と言わんばかりの態度に、同席している長男の元治が父親を咎めるような視線を向けるが、元は気づいていない。彼は意識をつかさに集中していた。

 

「昨日の会議のこと、伺いました」

 

「……そうですか」

 

 

 しかしつかさには、話を手早く終わらせるつもりはないようで、元が仕方なく、という声音で相槌を打った。

 

「十山さんもいらっしゃるかと思っていたのですが」

 

「家の事は弟に任せていますので」

 

 

 このまま父親に任せていると喧嘩になる。そう感じた元治が横から、多少は愛想のいい声で口を挿んだが、つかさが型通りの愛想笑いで、答えになっていない答えを返したのを受けて、元治は取り繕うのを止めた。

 

「それで、昨日の会議が何か?」

 

「たいそう和やかな雰囲気の中で、皆さん親睦を深められたそうですね」

 

「ええ、おかげさまで」

 

「ただ残念な事に、最後の方で協調ムードを乱された方がいらっしゃったとか」

 

「……そんなに深刻な雰囲気ではなかったですよ」

 

「そうですか?」

 

 

 元治が返した無難な答えに、つかさは冷ややかな眼差しで応じた。

 

「四葉家の方は会食にも参加されなかったとか」

 

「先約のご用事があったようです。それに、一色家の愛梨さんも参加されなかったですし。さらに言うなら、協調ムードと十山さんは仰られましたが、あれは七草家が我々を扇動して四葉家の方を御神輿として祭り上げ、反魔法主義者の標的としようとしたのを、四葉の次期殿が正論を返したまで。危うく我々は、魔法師からも疎まれる存在になりかけたのです」

 

 

 元治が達也を弁護しているのは、十山家と四葉家の争いに巻き込まれるのを避けるためと、智一やつかさのように自分たちに都合よく物事が進むものだと考えている態度が気に食わないからだ。達也が魔法師の結束を乱しているという結論になれば、三矢家としてもそれに対処するつかさに協力しなければならなくなる。だから元治は結束を乱そうとしているのではなく、もっと考えるべきだと注意しただけだと主張した。

 だがそれは無駄な努力で、つかさの結論は最初から決まっていた。

 

「司波達也さんの非協調的な態度については、我々も懸念しております」

 

「我々というのは、国防軍ですか?」

 

「そうです。私どものセクションとしましては、司波達也さんが治安維持の妨げにならないかどうか、テストしてみる必要を感じています」

 

「司波達也殿は軍人ではありません。国防軍に、そんな権限はないでしょう。無論十師族にも、十山家にも四葉家の人間をテストする権限など無いはずだ」

 

 

 聞き捨てならないと感じたのか、それまで息子に話を任せていた元が口を挿んだ。しかしその程度の正論で、つかさは畏れ入らなかった。

 

「権限はありませんが、テストはできますでしょう?」

 

「……それで十山さんは、我々に何をお求めなんですか」

 

 

 つかさが元に、ニッコリと笑い掛けるが、その笑顔には少しも心が篭っていなかった。どうやらつかさの悪巧みの片棒を担がされるのは決定事項なようだと諦めを含んだ元の問い掛けにも、つかさは愛想だけの笑いを崩さないまま答えた。

 

「私たちの演習に詩奈ちゃんを貸していただきたいんですよ」

 

 

 顔色を変えた元の機先を制するように、つかさが話を続ける。

 

「演習といっても、なにも危ない事はありません。それに、詩奈ちゃんの同意はもらってあります」

 

「何時の間に……」

 

 

 元治が呆然と呟く横で、元が忌々しげに舌打ちをする。その程度の無礼はどうでも良いという気分に、元はなっていた。

 

「どうせ私に拒否権は無いんでしょう」

 

「そんな事はありません。私は三矢さんに、快く協力していただきたいと思っています」

 

 

 白々しいという以外に表現のしようがないつかさの言い草に、元はもう一度舌打ちした。それは、屈服の表明に他ならなかった。

 

「では、私はこれで失礼させていただきます」

 

 

 元の態度を快諾と受け取ったつかさは、ますます白々しい笑みを浮かべ元と元治に一礼し三矢家を去っていった。

 

「詩奈は十山家の事を知らないからな……」

 

「本人が同意してる以上、我々が何を言っても意味はなさないか……」

 

 

 つかさが去っていったのを無言で見送っていた親子は、詩奈につかさの事を話しておけばよかったと軽く後悔していたのだった。




どうしても達也を悪者にしたいようだ……

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