劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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小者の企みなど、達也にはお見通し……


琢磨への説明

 一高は放課後を迎えていた。達也は一度生徒会室に顔を出した後、深雪に断ってロボ研のガレージ横に来ていた。見回りではない、ピクシーのメンテナンスでもない。達也は後輩から呼び出されてここに来たのだ。

 

「先輩、こんな所にわざわざすみません。一色さんも」

 

「私は構いませんわ。どうせ放課後は暇ですので」

 

「何か内密の話があるのだろう?」

 

「内密と言いますか……会長のお耳に入れたくない事でしたので……」

 

「聞かせてくれ」

 

 

 言い淀む琢磨に、達也は言葉で続きを促し、愛梨は頷いて続きを促した。

 

「昨日、先輩たちがお帰りになった後の事です」

 

「まだ七草さんが何かを企んでいるのですか?」

 

「会食の席での事か。察するところ、俺の悪口で盛り上がったんだろう」

 

「いえ、決して盛り上がってなど……一条さんも六塚さんもいらっしゃいましたし」

 

 

 つまり、達也を悪し様に言う向きはあったという事だ。

 

「先輩は、ご自身の発言が七草さんの不興を招くと分かっていて、あえて発言したんですよね? 何故そんなことを? 下手をすれば他の二十五家も敵に回す事になりかねなかったんですよ?」

 

 

 琢磨が言う二十五家とは、一色と四葉、そして七草を抜いた残りの家の事だ。彼は間違っても愛梨が達也の敵に回るとは思っていないようだ。

 

「強者が弱者に媚びても、弱者を脅かす力自体を捨てない限り弱者の恐怖は消えない」

 

「……我々が魔法師である限り、一般市民から恐れられ妬まれるのは避けられないということですか?」

 

「魔法師でない人々が、魔法師を必ず妬むとは限らない。だが、恐れられる事は避けられないだろう。俺たちは丸腰の人々の中で、常に銃をぶら下げているようなものだからな」

 

「……だから、社会に向けたアピールに反対したんですか? 効果が無いから?」

 

「あの時も言ったが、警察や消防、それに軍にだって既に社会に貢献している魔法師は大勢いる。それを横から出てきた大して実績もない魔法師が社会にアピールしたところで今更であるし、何より『同じ魔法師』からも不興を買う恐れがあった。そして、深雪を矢面に立たせて四葉家にダメージを与えようとする思惑が見え透いていたからな」

 

「……確かに、議論の誘導の仕方があからさまでした。先輩が言ったように、七草家の真由美さんでも一定の効果は得られたかもしれないのに、最初から会長を神輿に仕立て上げようとも感じましたが」

 

 

 以前の経緯もあってか、琢磨は智一の考え方に些か批判的な事を口にする。

 

「七宝。お前にも分かっていると思うが、こちらが善意を向けても、相手から善意が返ってくるとは限らない」

 

「それは……そうでしょうね。理解出来ます」

 

「魔法師が魔法師でない人々に善意で奉仕したとしても、全員がそれに感謝するとは限らない。嫉妬が積み重なり、敵意となって燃え上がる可能性は、ペシミストの悪夢で無いと思う」

 

「悲観的過ぎる思い込みでは無いと? しかし、そんなことが……」

 

「宣伝効果が高ければ高い程、それを疎ましく思う頑固な者たちが存在する。この場合は狂信者と言ってもいいだろう。もし七草家の思惑通りに事が運べば、狂信者のターゲットになるのは深雪だ。そんな見え透いた計略を認める事は出来ない。論議に応じる事すら論外だ。魔法師が社会に対して自らの貢献をアピールすること自体に反対しているわけじゃないが、それに伴うリスクを見据えるべきだと考えているだけだ。過激派は自分たちが社会に支持されないと自覚したとき、破滅的な行動にでる。自爆してでも、自分たちにとっての悪を抹消しようとする」

 

「悪……ですか?」

 

「ここに異質な強者がいたとする。異質であるが故に、自分たちの庇護者に祭り上げる事も出来ない強者だ。何時危害を加えられるか分からない。それに対して、自分たちは抵抗出来ない。その相手が、自分たちを実際に害そうと考えているのかどうかは関係ない。ただ自分たちを危うくする可能性があるというだけで、人はその存在を排除したいと願うのではないか? その存在に名を付けるとすれば『悪』になると思うが」

 

「その『悪』が……反魔法主義者にとっての魔法師ということですか?」

 

「俺にはそう思われる。魔法師が絶対的な強者と言うつもりはないが、暴力において優れているという点では確かに強者だろう。弱者は強者を信用しない。それはおそらく正しい。強者は弱者を、何時でも蹂躙できるのだから」

 

「だから弱者は、強者を悪として否定しようとしたがる……? 何時蹂躙されるか分からないという恐怖から逃れる為に?」

 

 

 そして深雪がその「悪」の象徴にされることを達也は忌避した、ということだろう。ここまで説明されて、琢磨はようやく達也が何を懸念したのか理解出来たような気がした。

 

「弱者の横暴に迎合しても事態の解決にはならない。こちらが強者である限りは。対立を解消するために、こちらが強者であることを辞めるのも無理だ。魔法は魔法師に生来備わった力。魔法師は、魔法という力を捨てられない」

 

「先輩は……魔法師と魔法師でない人々が共存する事は、不可能だと考えているのですか?」

 

「共存を望まない相手との共存は、困難を極める」

 

 

 トートロジーじみた答えを残して去っていく達也を、琢磨と愛梨は見送った。

 

「……一色さんは、今の司波先輩の考えについて、どう思いましたか?」

 

「少し悲観し過ぎではないかと思いますが、ある意味では正しいのでしょうね。七草家が四葉家の人間を悪に仕立て上げようとしていたことも含めて」

 

 

 愛梨もそれだけを言い残してこの場を去っていく。琢磨は達也と愛梨に誤魔化されたとは感じなかった。




琢磨も丸くなったな……

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