十師族の次期当主クラスを集めた会議から二日後の朝。早朝鍛錬を終えた達也に、珍しく八雲から声を掛けた。
「ちょっといいかな」
「何でしょうか、師匠」
「達也くん、本格的にきな臭い事が起こりそうだ」
「きな臭い事、ですか?」
「軍の情報部が動き出した」
「情報部が?」
達也が驚きを隠しきれない口調で問い返す。情報部云々に驚いたのではなく、達也が驚きを隠せなかったのは、八雲が自分から具体的な警告をしてくれたことに対してだった。
「今回は君たちを直接狙ったものじゃない。だけどいずれその影響が、厄介ごととなって達也くんたちに降りかかってくるだろう」
「何が起こるのかは……教えていただけないんでしょうね」
「君が動けば事態が余計に悪化――いや、事件自体は阻止できるかもしれないが、君にとっては都合が悪い事になる」
「分かりました。手は出しません」
「じゃあ、教えてあげよう」
「はっ?」
あっさりとした口調で薄情な答えを返した達也に、八雲はニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「心構えは早いうちに済ませておいた方が良い。今後の対策を立てる為にもね」
八雲はそう言って、達也を本堂の奥の間に引っ張り込んだ。
事件はその日の夜に起こった。場所は幕張新都心。USNAの魔法科学機器メーカー『マクシミリアン・デバイス』の日本工場が、深夜襲撃を受けたのである。
工場は無人ではない。そもそも工場として稼働しているのは敷地内の建物の、ほんの一部でしかない。この工場はUSNAの工作拠点として、米軍の強い要望を受けて建設されたものだった。
その米軍の秘密拠点で、USNA軍統合参謀本部直属魔法師『スターズ』の惑星級魔法師、シルヴィア・マーキュリー准尉は、心を侵食しようとする絶望と懸命に戦っていた。
「監視カメラ、完全に沈黙しました」
「ダメです。ジャミングが強すぎて、本国と通信できません」
「これほど市街地に近いところで、そんなに強力なジャミングを使っているだと? まさか、日本軍が攻めてきたのか!?」
この拠点のコマンダーと拠点スタッフの会話を横で聞きながら、シルヴィアは自分の異能とも言える得意魔法を駆使して状況の把握に努めていた。
『こちらチャーリー・リーダー! 既に分隊の半数がやられた! 応援を請う!』
「本部了解。ブラボー・リーダー、チャーリーの救援は可能ですか?」
『ブラボー・リーダー、了解。ただしこちらも苦戦中だ。チャーリーと合流できるかは不明!』
「了解。デルタ・リーダー、チャーリーが応援を求めています」
『こちらデルタ・リーダー! ここに応援が欲しいくらいだ。いったい何だ、こいつらは……うわぁっ!』
「デルタ・リーダー、どうしました!? デルタ・リーダー!」
状況はよくは無い。元々今回の任務に選ばれた魔法師は、戦闘の精鋭と言うには程遠い。スターズの中で戦闘要員に分類される衛星級も、今回参加している隊員は都市部におけるゲリラ戦を想定したメンバーで、敵の攻勢を正面から受け止めなければならない防衛戦に向いているとは言えない。
惑星級はシルヴィアを含めて後方支援や破壊工作任務むきで、恒星級や衛星級に比べて、直接戦闘は苦手としている。
「――総員、脱出準備」
コマンダーが苦渋を含んだ声で拠点放棄の決断を伝えたが、この決断は遅きに失したかもしれない。
拠点放棄の手順として定められたデータ消去のスイッチを押した直後、ロックされていたはずのドアが騒々しい音とともにこじ開けられた。指揮所を守る兵士が対魔法師用の高威力携行火器、ハイパワーライフルを入り口に向かってぶっ放したが、その銃弾は悉く敵兵が展開した対物障壁に食い止められた。
「馬鹿な!?」
日本軍の魔法師戦力が充実しているということは世界の軍事関係者の間で共通認識になっているが、それでもハイパワーライフルを確実に防御できる実力を有しているのは、スターズの中でも一等星級のみなので、意外感を禁じ得なかった。
「(工作任務中とはいえ同盟国の部隊に、特別な精鋭部隊を投入してきた? それとも、これが日本軍では普通なの……?)」
シルヴィアが立ち竦んでいた短い時間に、護衛部隊は全滅した。迎撃に出ていた部隊も、全て沈黙している。
「私は国防陸軍情報部首都方面防諜部隊所属、遠山つかさ曹長です。指揮官は何方ですか?」
「私だ。USNA特殊作戦軍魔法師部隊スターズ所属、ゲイリー・ジュピター中尉」
「ジュピターのコードをお持ちの中尉殿には既にお分かりだと思いますが、これ以上の戦闘行為は無意味です。投降してください」
「……部下の安全は保証してもらえるか?」
「皆さんは謂わば、非合法活動の現行犯です。捕虜としての保護を要求出来るお立場ではない事は理解されていると思います。しかし我々には、同盟国の軍人である皆さんを傷つけるつもりはありません。使用した銃弾も、全て特殊な麻痺弾です」
「……確認しても?」
「どうぞ」
ゲイリーの指示により、指揮所のスタッフが手近な護衛兵の状態を確かめる。シルヴィアも一番近い所に倒れている兵士の脈を取り、傷を確かめた。確かにつかさが言ったように、着弾箇所が打撲で腫れている以上の負傷兵はいなかった。
「中尉殿、ご納得いただけましたか?」
「――ああ」
「皆さんは取り合えず拘束させていただきますが、脱走などの敵対行為を取らない限り、近日中に本国へお帰しする事を約束します」
「人道的な対応に感謝する」
何故当然の保留条件を付けたのか、ゲイリーは引っ掛かりを覚えたが、結局藪蛇になりそうなことは言わずに武装解除に応じたのだった。
USNA軍も悪いっちゃ悪いんですが……