劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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また余計な事を……


スターダスト襲撃

 魔法科高校で課せられている魔法師となる為の教育とは別に、深雪には淑女教育として様々な習い事がある。和洋のマナー講座以外にダンス、生け花、茶の湯とやっている事の種類は多いが、物覚えが良い深雪は中学卒業の時点で大体の事をマスターしているので、今は週一回、上流階級の女子向けの総合スクールに通っているだけだ。

 曜日は限定されていない。あらかじめ一ヶ月前にはスケジュールを決めているのであまり意味は無いかもしれないが、誘拐などのターゲットになるのを避けるためだ。これは深雪の為の特別措置というより、どちらかと言えば魔法師でない他の無力な生徒の為の措置だった。

 

「水波、頼むぞ」

 

「はい、達也さま。深雪様の御身はこの命に替えましても」

 

 

 スクールは男子禁制だ。護衛という名目でも、達也は入れない。以前はこの入り口でスクールの警備員に護衛を引き継いでいたが、水波が来てからは彼女に任せていた。このスクール通いも、夏になる前には終える予定にしている。魔法大学受験を理由に以前からそうするつもりだったが、身の回りがきな臭さを増している現状で、スケジュールの繰り上げも検討しているところだ。

 達也はいつも通り深雪のレッスンが終わるまでの時間を潰す為、適当な喫茶店に入った。吸血鬼騒動の最中に迷惑を掛けそうになった家族向けレストランには自主的に近づかないようにしているが、他にも待ち時間を消化するのに適した店はある。だが、この調子ではこの地域に利用できる店がなくなりそうだ。

 達也はコーヒーをまだ半分以上残した状態で、自動機で会計を済ませ店を出た。喫茶店を巻き添えにしないためだ。前回もガラスが割れるとか、他の客が怪我をしたとか、そういう実害は生じていない。今回も達也は、当事者だけで終わらせるつもりだった。

 彼の感覚に引っ掛かった気配も、前回とよく似ている。事前に八雲から話を聞いていなければ、達也は当惑に足を取られていたかもしれない。何故、自分をまた、米軍の魔法師が襲うのか、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『脱走兵がターゲットAを捕捉しました』

 

「モニター続行。民間人の誘導に抜かりはないな?」

 

『作戦エリア内に民間人の姿はありません』

 

 

 現場と上司の会話を聞きながら、遠山つかさは静かに微笑んでいた。今のところ作戦は順調に進んでいる。

 

「(『人形』のコントロールも今のところ問題なし。衛星級に傀儡がかけられなかったのは残念ですが、結果的にこちらの方が再現度は高くなりましたから良しとしましょう)」

 

 

 この作戦を立案したのはつかさだった。この場で指揮を執っている上司の階級は少尉だが、実質的な権限を握っているのは階級上曹長でしかないつかさの方だった。彼女は国防軍と十山家の密約により、情報部の部長に対して強い影響力を持っている。つかさは意図的に、一年前の二月、ブリオネイクを携えたリーナに襲われた時の状況を再現していた。達也にあの時の焼き直しだと誤認させるためだ。それは今のところ、上手くいっているように思われた。

 

「(今回は千葉修次という助っ人がいない代わりにアンジー・シリウスという大駒も盤面に存在しませんから、この局面の結果は同じでしょうけど……四葉家の若様、期待していますよ)」

 

 

 つかさは貼り付けたような微笑と同じ、凪いだ心で事態の進展を待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也は情報次元イデアを経由して、自分を包囲している敵の情報を閲覧していた。

 

「(敵は十二人。銃は持っていない、か。不自然な話だ。去年と同じ『スターダスト』のようだが、情報体に妙なノイズが混じっているな)」

 

 

 見覚えのある、壊れかけの肉体のエイドス。しかしそこに、外部から想子情報体を撃ち込んだ痕跡と思われるノイズがあった。

 

「(顧傑の死体操作魔法に似ているが……こいつらは死体ではない。マインドコントロールというより外科手術か薬物で大脳を壊して意識を奪い、代わりに行動を制御する古式魔法のコマンドを埋め込んだ……というところか? 今後の為、無事に帰らせてやりたかったんだが)」

 

 

 残念だ、と達也は声に出さず呟く。彼が八雲から教えられていた情報は二つ。一つは、東京近郊に潜入したUSNA軍の工作部隊を国防軍の情報部が襲撃しようとしているということ。もう一つは、捕らえた米軍兵士を使って達也と深雪にちょっかいを掛けようと情報部が計画しているということ。

 達也は人通りの多い方へ向かって歩く。無関係の人間を巻き込みたいと考えているわけではなく、この状況を作り出している相手に対する嫌がらせだ。店を出てすぐ、通行人がいなくなっているのに達也は気づいていた。工事や事故をでっちあげて人通りを規制しているのだろう。いくら情報部でも国民を巻き込むことには躊躇を覚えるということか。

 だから達也の方から無関係の市民が多くいる所へ足を向ければ、人混みに近づく前に仕掛けてくるだろう。達也は衝突のタイミングを早める事で、「敵」の計画を狂わせるつもりだった。

 果たして敵は、八雲が言った通り国防軍情報部か。それとも、八雲が嘘を教えたのか。戦闘それ自体より、こちらの方が達也にとって重要だった。




雑魚キャラなんだから大人しくしてればいいものを……

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