劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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相手にならないな……


達也VSパペット兵

 現場から送られてくる情報を分析していたスタッフが、指揮官の少尉に慌てて進言する。

 

「ターゲットAの進行方向に人影有り。隊長、このままでは民間人の隔離が十分になし得ない可能性があります」

 

「……やむを得ん。パペットに仕掛けさせろ!」

 

 

 不本意だ、という表情で隊長が命令を下す。作戦の推移をただ観察しているつかさも、小さな不満を覚えていた。事態が予定のルートから外れつつある。これまで自分の掌の上で転がっていた状況が、手の中から転がり出そうとしている。

 もっとも、だからこそ試してみる価値がある、という思いも同時に生まれていた。少なくとも司波達也という少年が、「なにがなんでも民間人を保護しなければならない」という理想主義者でないことは分かった。

 

「パペットがターゲットAに接触。作戦をフェーズ2に移行します」

 

 

 計画的に脱走させた米軍兵士がターゲットA、すなわち達也に攻撃を仕掛けた。古式魔法『傀儡法』により自由意思を奪われ、つかさの作戦の駒となったUSNA軍統括参謀本部直属魔法師部隊『スターダスト』の隊員たち。スターズに選ばれず、志願して強化措置を受け『普通の人間』であることを捨てた魔法兵士が、その意思までも作り変えられて命じられるままに達也へ襲いかかる。

 

「(「飛び道具」は使わないんですか)」

 

 

 その光景を、正規のバックドアを通じて街路カメラで観察していたつかさは、達也が遠隔魔法による迎撃を行わなかったことに軽い驚きを覚えた。達也も日本人にしては体格が良いとはいえ、今彼に襲いかかっているのは米軍の兵士たちは上背も筋肉の量も達也と同等、またはそれ以上だ。しかも多勢に無勢、例えそのつもりが無くても反射的に遠距離からの攻撃で相手を寄せ付けまいとするのが普通だ。

 

「(観察されている事に気付いている……?)」

 

 

 その可能性は、無視し得る程には低くない。市街地で非合法に魔法を使い慣れている魔法師は、魔法の行使に当たって監視の目を感知する直観力が磨かれていく。科学的な根拠は無いが、そういう傾向があると信じられている。つかさもこの迷信を支持している一人だ。

 

「(情報部のデータベースには記録が残っていませんでしたが、司波達也は既に四葉家の非合法活動に携わっている可能性が高いと判断するべきですね)」

 

 

 つかさがそう考えている内に、人払いをした路上で達也とパペット化したスターダストの間に、実際の戦闘が始まっていた。パペットが大型のナイフを鋭く振って、達也の腕の腱を狙う。情報部はパペットに銃器を与えていない。流れ弾による被害を恐れてのことだった。

 双方が魔法という攻撃手段をもたなければ、戦闘は必然的にナイフや鈍器、手足を使った白兵戦になる。しかし達也もスターダストも魔法師だ。手が届かない間合いから魔法を撃ち合うという展開もあり得たし、むしろつかさや他の情報部員もそうなると予想していた。

 しかし蓋を開けてみると、最初に加えられた攻撃は、魔法で加速されたナイフによる一閃だった。その攻撃は達也に当たらなかった。街路カメラで第三者の視点で見ていたつかさにも、達也がどうやってパペットの背後に回り込んだのか、はっきりとは分からなかった。

 達也がパペットの首筋に手刀を打つ。パペットの身体が前のめりに崩れ落ち、つかさは素早く街路カメラに併設された想子センサーのモニターに目を走らせる。魔法の使用は検出されていない。

 

「(……想子センサーに検知されずに魔法を使う技術があるようですね)」

 

 

 仲間がやられた光景に怯まず、脱走兵が達也に襲いかかる。パペットだから恐れを知らないのではなく、スターダストとして身体だけでなく精神も改造されていたからだ。

 つかさはそれを非道だと思わない。彼女もまた人間を操り人形にする魔法を使っているし、人を洗脳して思い通りに動かすなんてことは、彼女の業界では誰でもやっている。彼女がこの時、眉を顰めたのは別の理由によるものだった。

 ディスプレイの中で、達也が一対十二、いや既に一対九になっているが、一人で多数に囲まれているという圧倒的に不利な状況であるにも拘わらず、洗脳魔法によって人形化した兵士を次々と地に這わせている。

 

「隊長。このままでは別動隊がターゲットBに接触する前に、ターゲットAがフリーハンドになってしまいます!」

 

 

 彼女とほぼ同時に、他のスタッフも気が付いたようだ。一年前の二月、米軍はスターダストにアンジー・シリウスと推定される魔法師を加えた陣容で達也を捕らえようとして失敗している。それを知っている情報部は、つかさだけでなく他の誰もが、スターダストだけで達也を仕留められると考えていなかった。この局面におけるパペットの役目は達也の足止めだ。本命は別にある。つかさの目的は達也の情報を集める事だが、その本番は、ここではない。前座として、達也の戦闘能力に関するデータを取るという意味合いはありそうだが、つかさが本当に知りたいのはもっと別の事だ。

 

「ターゲットBに対するアタックを急がせろ」

 

「パペット、全滅しました。ターゲットAはステージを離脱」

 

 

 隊長が作戦の繰り上げを命じた直後、まだ四人残っていた米軍兵士が一斉に沈黙した。つかさは達也の格闘能力についての評価を、事前の予想から二ランク引き上げた。想子センサーは、最後まで達也の魔法行使を検知しなかった。




これくらい達也なら楽勝

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